【続】ああ、明日は月曜日。会社に行きたくないです。 と思って、嫌々会社に行ったら、なんのご褒美ですか?
後輩、出てきていなかった。
憂鬱なGW明け、声を掛けられた。
「春日井さん」
声も、美しいテノール。件の後輩から。
ささくれ立った気持ちだったのを、その一声が癒してくれる。
少し気分が上がって、作り笑いするくらいの余裕をもって振り返る。
「なに? 田辺君」
昨今、君付けは微妙だと思いつつ、後輩男子には、つい、君付けで呼んでしまう。
からの、輝く笑顔が眩しい。
「GW、旅行に行ったんです! これ、お土産です」
お菓子をいただいてしまった。
そのお土産を、おやつの時間に食べる。美味しい。
これ、会社の先輩へのお土産にしては、結構、お高そうな感じですが……。
GW明けも忙しく残業で、良いお時間の帰り道、駅までの道のりで再び
「春日井さん」
美しいテノールに呼びかけられた。
「あの、残業で、夕食食べる暇なかったんじゃないですか? 良かったら、食事して帰りませんか?」
なんだこのイケメン! ランチは一応、コンビニおにぎり、摂取したけど、そのあと、お土産おやつで、だましだましで、夕飯食べて無いの、見抜かれてる。
あれよあれよと、ナビゲートされて、雰囲気のある、飲み屋さんに連れてこられた。創作和食系の食事は、胃に優しくて、大変美味しかった。食後も、まだちびちびと日本酒を飲む。この店、日本酒の品ぞろえと店長の日本酒知識が素晴らしい。出来る後輩は違うね。先輩の好みそうなお店選びまで完璧だ。ほろ酔いで、職場や仕事に関する雑談が途切れたタイミングで、後輩はポツリとつぶやいた。
「実は、先輩に相談があるんです」
「え? 何?」
「俺、今度、人事異動だそうで」
「え? やだ、困る」
「え? ……俺が居ないと困るんですか?」
「うん」
「即答? なにこれ」
とかなんとか、ふいに反対側を向いた、後輩の声は小さ過ぎて、よく聞こえなかった。こちらから見える耳が少し赤い。後輩君もほろ酔いか~
が、こちらへ向き直って、意を決したように、急に真面目くさった顔をした。
「それって、俺に対して、何らかの好意があるってことですか?」
「えー? 好意なんて有るに決まってるよ。働き方改革、めちゃくちゃ感謝してるし」
「……合理的好意ってことですか、はー」
「いっやー、こんな、できるイケメンで懐いてくれる後輩なんて、最高ですよ? あれ、これ、セクハラ案件? 大丈夫?」
「そうじゃないです。いや、こちらがセクハラ案件かもしれないんですが……」
そう言って、後輩は数秒黙り込む。彼がセクハラって、そんな事態が存在するか? そう思ったので、発言を促した。
「珍しく、歯切れが悪いねー。まーまー、細かい事は気にせず、勇気を出して、はい、どうぞ!」
一呼吸してから、彼にしては珍しく、早口に捲し立てた。
「好きです! 異動になって離れてしまったら、こういうこと言える機会すら、無くなってしまうのが怖くて……」
「はい?」
えええええぇぇぇ? ナニコレ、なんのご褒美ですか?
いや、でも実際のところ、ご褒美か? この後輩に太刀打ちできる気がしない。肯定は地獄、かといって否定も地獄だ。詰んでる。
「……そうですよね、やっぱり。そう来ますよね。いや、分かってました」
「あの、本気で言ってる?」
がっくりと肩を落として、項垂れる後輩に、つい確かめてしまう。
だって、社内より取り見取りだよ、君。なんなら、社内に限定しなくても、お偉いさんのお嬢さんとか、取引先でも、あちこちに気に入られているし、自分の交友関係でも、不自由しなそうだし。なんで、こんな地味な先輩つかまえて、告白とか、罰ゲームか? いや、彼はそんな悪質なゲームはしないか。
観賞用として優秀でイケメンな後輩君が居てくれるのは、眼福だけど、観賞用の絵画がこっち向いたら困るでしょ? そういうの、分かるよね? 分かってよ。
現実逃避か、そんな事を考えているうちに、少しだけ顔を上げた後輩は気合を入れなおすように、自分の頬を軽く両手で叩いた。それにつられて、彼に意識が向いたこちらを真剣に見つめて、なおも続けた。
「全然意識されてないなって。俺に興味ないなって。でも、だからこそ、まずは認識して意識してもらうために、今日、勇気だしたんで」
「興味……関心……いや、感心はしてるよ。尊敬も」
「そういう好感度を、好意に変えていくんで、俺が。よろしくお願いします」
「え、よろしくお願いされても、どこを好きになってくれたのか、わかりませんし、宣言通りこっちが好きになったら、幻滅される未来しか想像できないし、お応えできるスキルを持ち合わせてないので、困ります」
「そういう感じで、引かれそうだなと分かっていたので、もう少しじっくり、良い後輩から攻めるつもりだったのですが、異動で物理的に遠くなると、俺の良い後輩っぷりで魅せるチャンスが激減するので、取り急ぎ、とても仲の良い先輩後輩になりましょう」
「あれ、さっきまで、ちょい落ち込み気味だったのに、急にぐいぐいくるね」
「このまま良い子な後輩なだけでは、ダメそうなので、手を尽くして頑張ります」
手を尽くすって、え、何されるの?
「既に、先輩も普段の良い顔した先輩じゃなくて、ちょっと素っぽいので、今日は成果ありました」
素、出ててた? それはまずい。
「という訳で今後は業務外メッセージも送りますね。無理に返信はしなくて既読スルーしていいです」
言葉を返すこともできず、狼狽えている間に、たたみかけるように宣言して笑った後輩は、さわやかな笑顔でなく、ちょっと悪い顔をしていた。
後輩君の実体、登場です。