入院
父親は、僕を本当の子供ではないと言った。
「他の男の子供だと知らずに育てた。俺の子ではないと分かったときには、お前は9歳になっていた。それから今まで、この家に置いてやったんだ。ありがたいと思え! 施設に入れても良いと思ったけれど、お前の母親があんなだし、お前がいた方が、あいつもお前に構うからな。都合が良いと思ったんだ」
僕には、さっぱり言っている意味が分からなかった。父の子でなくて良かったし、父が10年近く母が居なくなっても、
育ててくれたのはうれしい。例え母が、病気だからだとしても。ありがたいと思う。僕はやっぱりな父の血は受け継いでいなかった事を嬉しく思った。
その事を話してくれたのは、入院前日だった。入院の用意も一切いらなかった。
僕は入院した。午後の7時にパトカーに乗って強制入院だった。僕は暴れなかったのに、警察官を呼ばれ、病院についた。
担当の先生がヒステリックにイライラしていた。その男性の担当の医師は、とても高圧的な態度で、話してくる。後ろを振り返ると警察官が座っていた。
父親は、とても穏やかな声で話し出した。時々涙を流し拭き取り、母の事も話していた。その力の抜けた話し方が、いかにも世間体を気にして演技をしているように見えた。見えたのではなくて、演技をしているのだ。父は何時も他人が来るとがらりと、立ち振舞いを変える。僕は、父の外面の良さに嫌気がさしていた。
僕は耐えられなくなって、
「何時ものように怒鳴れよ! その気色の悪い猫なで声はやめろよ!」
と立ち上がって怒鳴っていた。暴れだすのかと思ったらしく警察官が押さえに来た。僕は、また父親の言うなりになってしまう、父の考えていることにはまってしまうと思って、その場に倒れた。
僕は暴れないし、抵抗しないと言う意味だった。警察官も、僕の腕を取って起き上がらせようとした。立ち上がり、服のほこりをはらった。
父は、息子が真面になるようにお願いします。といって、ニタリと笑みを浮かべて帰っていった。
僕は、少しあの家から離れて、祖母に会えないのは寂しいが、もう病院生活の事を考えていた。
看護師さんが、僕の服を脱がせて紐やゴムが使われていないか念入りに探した。
「自殺予防なんだよ」
と看護師は言った。危ないからねと言う看護師は、大丈夫みたいだね。といって何処かに行った。
僕は、入院している人がいる所に連れていかれ、
「ここで待っていて」
と言ってイスに座らされ待っていた。その時、患者がいて僕を物珍しく見ていた。僕は、目を合わせないようにしていた。落ち着かない思いで、待っていると看護師が、
「ついてきて」
と言うのでついていくと、広い部屋に布団が敷いてあるだけの、隣にトイレがあるだけの部屋に入れられた。そして、鍵を閉められた。10畳はあるような広い部屋に、薄暗い明かりがついていて、僕はこの部屋を気に入った。そこは、冷たく自分の部屋を思い浮かべることが出来たからだ。
僕は、布団の中に横になって眠った。蛾が飛んでいたが気にしなかった。それさえ、いとおしく感じた。
時計を探したらあった。掛け時計だ。9時を過ぎている。今日は、このまま寝て明日も寝て過ごすのだなと思った。そして、その通りになった。
食事は運んできてくれた。鍵を明け入っていて置いていった。質素な食事だった。ご飯に味噌汁とフリカケだけの簡単な物だった。それを食べて置いておくと取りに来た。
看護師は、歯を磨くから出てと言った。
3人の看護師さんがついてきた。体格のいい人ばかりだった。鏡のない水道で歯を磨いて戻ったら薬を10錠飲まされた。
その後は、お昼まで寝た。昼食も同じように食べて歯を磨かなかった。薬を10錠飲んで、寝たきりの状態になった。夜が来て部屋が暗くなり電気がついて、夕食を食べた。ここの料理は不味かった。薬を飲んだ後、歯を磨かなかった。朝に磨くのに何故夜は磨かないのか不思議に思ったが、まあ良いやと思い直した。
次の日、お風呂に入ると看護師は言った。お昼ご飯が終わってしばらくしてから、
「お風呂よ、来なさい」と言われた。
僕は、お風呂に他人と入ることになると思うと嫌だったので、
「お風呂はいいよ。入りたくない」
と言うと、看護師は、怒鳴り声で、
「入らないとダメだろ! 次に入るの2日先になるんだ。汚い入りなさい」
「皆と入るのは嫌だ。僕は1人で今まで入ってきた」
と言ったが、無駄だった。入らせられた。服やタオルや洗面用具は、家から届けられていた。
裸になり、見知らね人と銭湯のようにして入るのは、生きてきて初めてと言っても良いぐらいだった。
僕は、目の前が霞んで見えて、スッ転んだ。誰も気にする人はいない。恥ずかしく立ち上がると、体を洗っていた。
湯船に浸かって直ぐに出ると、ある男性の背中に和物の入れ墨を見てしまった。僕は綺麗だなと思いながら見ていると、目が合ってしまって、睨まれた。その男性の顔は特徴のあるヤクザ顔で、その日から食事の度に睨まれていたが気にしなかった。