9 初参加
盗賊や猪に襲われることなく、無事に王宮までたどり着けた。
……裏門ってこれか。
私は馬車から降りるなり、苦笑する。
煌びやかな雰囲気は一切なく、蜘蛛の巣が張られており、錆が見える門。随分廃れている。
夜と昼というか、表から見るか裏から見るかでこんなにも王宮の見え方って変わるものなのね。
「待っていたぞ」
イアンが暗闇から出てきて、ギギギと音を立てながら門を開けてくれた。彼の口調から、まだ私が公爵令嬢だとばれていないようだ。
……どこから私がここに着いたところを見ていたの? なんだか不気味だわ。
「お嬢様、こちらで待っております」
耳元で若い青年の声が囁かれる。初めて御者の声を聞いた。
私は「ありがとう」と呟いたのと同時に、ハッと馬車の方を振り向く。馬車の家紋で私の身元が知られてしまう。
……あれ? 消えている。
家紋が見えないように黒い布で覆われていた。文句なしに優秀な御者だ。むしろ、御者にしておくのが勿体ないぐらい。
「こっちだ」とイアンは私の不安など気付かず、大股で歩いていく。
この男、私がレディだってこと忘れていない?
私は少しムッとしながら彼の後を追う。王宮とは思えないぐらい道が整っていない。雑草の処理などずっと忘れ去られており、地面がごつごつとしていて歩きにくい。
ハイヒールで来なくて良かった。
レンガで出来た壁の前で私達はイアンは足を止める。
まさか、これを登れなんて言わないわよね?
私は恐る恐るイアンの方へと視線を向ける。彼は慣れた手つきで、レンガを数個奥へと押し込んだ。秘密の扉がゴッと音を立てて開く。
え、かっこいい!
声を出したかったが、イアンに睨まれるのが嫌で心の中で興奮する。
黙ってイアンについて行き、石の階段を上っていく。ガタンッと下の方で物音が聞こえた。その音に驚き、その場に立ち止まる。
「扉が閉まった音だ」とイアンは足を止めることなく教えてくれた。
……不審者の私にこんな秘密の道を教えて大丈夫なの?
王宮のセキュリティ面が心配になってきた。いやでも、もう既に秘密の計画を知っているからいいのか。
このまま薄暗い部屋に連れていかれて、首を切られたらどうしよう。遺書を書いておくべきだった。
まだノア達のことを信じきることが出来ず、心配事が頭の中に沢山浮かんでくる。
「着いたぞ」
イアンの言葉に私はハッと我に返る。気付けば昨日来たあの会議室の前に来ていた。
部屋の中へと入ったのと同時に、私はマントを取る。大きな窓から夜風が吹いてきて心地いい。薄いカーテンがゆっくりと揺れた。
ノアは机の上に豪快に座りながら真っ赤な林檎を食べていた。少し先の尖った鋭い歯が林檎に噛みつく。その姿があまりにも幻想的で美しいと思った。
時が止まったように、彼に見惚れてしまう。
まるで物語の中から出てきたみたい。
「おお、逃げずに来たか」
ノアは私を見るなり、口角を上げる。新しいおもちゃを手に入れた子どもの反応だ。
「殺されたくないので」と冷静に答える。
「……お前の声は夜が似合うな」
「どういうことですか?」
「艶のある声だ」
もしかして、ノアは私の声を気に入って生かしてくれているのだろうか。……そんなわけないか。
「早く本題に入りましょう。とりあえず、今から今まで立ててきたクロエ・リベラの暗殺計画を知らせるからこれを見ろ」
ジャックが進行する。私は机の上に広げられた計画書にざっくりと目を通す。
毒殺が一番良い、という文字を見て複雑な気分になる。
……本気で私を殺そうとしているんだ。
しっかりと計画を理解して、自分が殺されることを回避してやる!