58 衝撃
「娘は嫌われ者だと知っているでしょう?」
おい、父。否定しろ。
私は上から父を睨む。父がわざわざ私の噂を否定しなかったことは分かっているけれど、まさか自らそんな風に言うなんて……。
どれだけ私と他者を関わらせなくないのよ。
親心がいまいち分かるようで分からない。可愛い子には旅をさせよって言うじゃない?
ノアはなにも答えない。父は話を続けた。
「……もし、娘と婚約を破棄することが出来れば娘に執着するのをやめるのですか?」
そりゃそうでしょ、と私は即座に心の中でツッコミを入れる。
だって、ノアには好きな人がいるのだから。
私はノアの方へと視線を向ける。彼は父の前でも徹底的に甘いマスクを決して崩さない。
…………ノア?
どうしてすぐに言い返さないのだろう。「もちろんです」って言うところじゃないの?
勝手にノアの父が決めた婚約なのだから、婚約破棄することが出来ればノアは想い人のカレンさんと幸せになれるじゃない。
「……どうでしょう」
暫く間を置いたあとに、静かにそう言った。
わあ! カレンちゃんは!?
ノアの言葉に驚きを隠せない。彼の表情を目を凝らして見つめる。
…………私に対して恋心を抱いているとかじゃない。
さっき、父が言った質問ってよくよく考えてみればおかしくない?
娘に執着するってなんだか前々から私のことをずっと気にしていたみたいな言い方だった。もしそうだとすれば、なんとなく全てのことに対して納得いく。
だって、嫌われている女と婚約者になったから、その女を暗殺するっていくらなんでも馬鹿過ぎる。
もっと前からクロエ・リベラという存在に対して意識が向けられていた……?
……よく考えてみれば、好きな人と一緒になりたいから婚約者を暗殺しよう! っておかしな発想よね。ノアは確かにおかしいけれど、そこまでぶっ飛んでいない。
クロエを本気で暗殺するならば、私をわざわざこの家に送り込んだりなんてしないような気がする。
ノアはクロエ・リベラが本当はどんな人物かを探ろうとしているように思えてきた。
「メイ」は部外者だから、クロエを本当に殺す理由を伝えていないだけかもしれない。好きな人が出来たって口実は嘘?
彼は一体何を企んでいるのだろう。……分からない!!
「昔、クロエとよく遊んでくれていましたよね」
父の言葉に私は「え」と小さく声を漏らす。
私、ノアと幼い頃に遊んでいたの?
…………じゃあ、最近思い出す微かな記憶の中で登場する優しい金髪の男の子はノアだってこと?
なんとも衝撃的な事実。
「……そうでしたっけ? あの時の記憶はほとんどないんです」
彼はそう言って一呼吸を置いた後、「ただ」と付け足す。その瞬間、私は悪寒が走った。彼からとてつもない殺意を感じたのだ。ノアは父を冷たく鋭い目で睨んでいる。
「あの女に、母親を殺されたんだ」
なんとも衝撃的な事実!!
ついにノアの表情が崩れた。父に本性を見せる。そんな彼を見ても、父は驚く様子は少しも戸惑う様子を見せなかった。
……え、なんで驚かないの?
もしかして、私本当に人を殺したの? だから暗殺対象として狙われいるの?
盗み聞きでとんでもない情報を入手してしまった。こんな最悪な情報、知らない方が幸せだったかもしれない。
けどこの情報が本当なら、そりゃ、私、殺されるわ。




