56 天井裏
ナターシャは私の勢いに負けたのか「はぁ」と小さくため息をつく。呆れながら私の提案を承諾した。
「分かりました。……もうお嬢様に合わせます」
「これぞ英断」とがっくりと肩を落とすナターシャに言葉を掛けた。
この天井の造りは数十枚のタイルで出来ているから、非常に他の部屋へと移動しやすい。
天井を突き破る! なんて馬鹿なことをしなくてすむ。ただ、ちょっとタイルを一枚ずらせばいいだけ。
まるで天井裏を這うために造られたような仕組みね。私の先祖も私と同じ考えを持っていたのかしら。
……血は争えないってこと?
「まず、天井まで上らないといけませんよね……。梯子を持って来るのは少し目立ちすぎますし」
「何言ってんの、ナターシャ。これがあるじゃない」
私はそう言って、コンコンとベッドの柱を叩く。
このベッドが四柱式で良かったわ。そうじゃないと、私の魔法で天井を燃やすことになっていたもの。
「えっと……、え!?」
ナターシャは頑張って私の言葉を理解しようとしたが無理だったようだ。
彼女は目を見開いて、ベッドの柱を見つめる。
「これに登れば天井に手が付くんじゃない?」
この屋敷は、全体的に無駄に天井高く造られている。
広々とした空間で窮屈さは一切感じないけど、天井裏から侵入する時のことを考えてよね! めっちゃ不便じゃん!
私は戸惑うナターシャを置いて、ベッドの柱へと足を掛けて登っていく。
流石公爵令嬢のベッドだ。かなり頑丈に造られている。私の体重ではそう簡単に折れないと思われる。
こんな姿、ナターシャにしか見せられない。
今ここで誰か部屋に入ってきたら、壺で頭を殴って記憶喪失にさせてやるんだから!
「お、お嬢様、落ちないでくださいね」
「大丈夫! 死にさえしなければ、なんでもオッケーだよ」
こっちは暗殺される身だからね。少し高い所から落ちても平気平気。
私はあっという間にベッドの上へと到達する。休憩することなく、一枚のタイルをグッと力を込めて上へと押し込む。
嘘でしょ、こんなにあっさり外れていいの? この家の老朽化が進み過ぎてる?
私にとっては好都合だけど、敵から襲撃されたらすぐに終わっちゃうよ。
「よっこいしょ」
おばあさんみたいな言葉を呟きながら、天井の裏へと入っていく。中は真っ暗で何も見えない。
…………埃が一切ない。
誰かが掃除してくれてるの? ……天井裏を? どんな物好きなのよ。
私は掌に小さな炎を付けて、視界を良好にする。
天井裏に死体とかあるかなって期待したけど、何もない。鼠一匹さえいない。
なんか逆に不気味だわ。せめて虫ぐらいはいてほしかった。天井裏で生きた人間と遭遇するのが一番怖いわよ。
焦って魔力が暴走したら、自分の家を丸焦げにしちゃうかもしれないじゃない。
…………そんなの笑えない。何があっても冷静でいとかないと。
「シアラお嬢様~? 大丈夫ですか?」
「ええ。ナターシャは部屋に残っていていいわよ」
彼女にそれだけ伝えると、私は頭をぶつけないようにかがみながら前へと進んだ。




