53 父、暗殺報告
私は朝一番に父親の書斎へと向かった。
ドレスをまくり上げて、廊下を猛スピードで走る。ナターシャは私の活発な動きに驚きつつも付いてきてくれる。
他の使用人たちは「またお嬢様がおかしくなった」みたいな目で私を見つめている。ナターシャも内心はそう思っているに違いない。
あながち間違いではない。確かに私はおかしくなったと思う。
だって昨日の夜に本当に暗殺されかけたんだよ? 平常心を保てって言う方が難しい。
「大変です!」
お父様、と言う前に、私は大変だということを伝える。
思い切り扉を開けたせいか、父はビクッと体を揺らし、手に持っていたティーカップからコーヒーが少しこぼれ落ちる。
幸いなことに服にはこぼれなかった。コーヒーの染みは取れにくいからね。
「な、なんだ?」
父は目を見開いたまま私の言葉を待っている。ナターシャは外に声が漏れないようにそっと部屋の扉を閉めた。
「私、昨日殺されかけました!」
元気ある私の声に父はむせる。さっきのコーヒーが出てきそうだ。後ろからナターシャの「え!?」と驚いた声が聞こえる。
二人ともナイスリアクション!
「ど、ど、どいう、どいうことだ!?」
焦る父を真っすぐ見つめながら、私は淡々と答えた。
「昨日の夜に、窓の外で何かピカって光ったんですよね。それで、警戒しつつもじっと見つめてたらそれが矢だったんです。そんな感じで暗殺されて……あ、燃やしちゃったんで、その矢は跡形もなく消えちゃったんですけどね」
「まてまてまて」
「はい、まちます」
「本当に死にかけたんだよな?」
「はい」と、即座に返す。
「なんでそんなに平然としてられるんだ?」
ごもっともな感想だ。
「怯えたり、泣いたりした方が良かったですか? 演技力身につけないといけないので、必要なら今からか弱い女の演技しますけど」
「……いや、大丈夫だ」
チェッ、折角私の演技力を披露しようと思ったのに、父に拒否られてしまった。
「状況を把握するのに時間がかかっているのは俺だけか?」
父はナターシャの方に視線を向けながらそう尋ねた。
「ご安心ください。私も全く理解出来てません」
「不審な人物はいたか?」
父は私に視線を戻して、眉間に皺を寄せながら質問する。
公爵令嬢が殺されかけるって結構深刻な問題よね。
「むしろいて欲しかったですよ。怪しい人は見つけられませんでした。矢も燃やしちゃったし」
「そうだった、矢が燃えたってどういうことだ?」
まずい、つい魔法を使ったことを言ってしまった。でも、正当防衛だから許されるはず!
「魔法をちょっと使ってしまって、えへへ」
適当に笑って誤魔化す。もっと可愛く「えへへ」って言えれば良かった。
私もあざとさの修行がまだまだ足りないな。
「……とにかく、クロエが無事ならそれで良かった」
父が深く安堵のため息をつく。




