4 暗殺計画
「何も言わないでください。私は何も知りません!」
私の言葉にナターシャは目を瞑って声を上げる。問い詰められている罪人みたいだ。
「適当に誤魔化してね!」
「……早く帰って来てくださいよ」
ナターシャはボソッと小さく呟いた。私はその声を聞いた瞬間、その場から駆け出した。
私が大人しくここで待っているなんて、天と地がひっくり返ってもあり得ない。絶対第一王子はこの王宮のどこかにいるはず!
私の細胞が「オウジ、ココニイル!」って叫んでいるのだから間違いない。
早く彼の顔を見てから、元の場所に戻ろう。
全然王宮の仕組みを理解していないけど、来た道を覚えておけばなんとかなるだろうし。……なんとかなるっていうような大きさじゃないけど。
使用人に訝しげに見られながらも、私は足を進めた。
私は公爵令嬢なんだから、何か指摘されても堂々としていればいい。マントが外れないように、フードを少しだけ摘み早歩きで階段を上る。
第一王子の部屋なんて検討もつかないけれど、適当に歩き回っていたら会えるはず。だって、ここは王子の家の中! 小さな町かって言いたくなるぐらいの家だけどね!
耳を澄ませて、王子らしき発言をしている声を探した。むやみやたらに部屋に突入したいところだけど、部屋が多すぎてそんな気力は一瞬で消え失せた。
高価な絵画や壺、各場所に置かれてい美しい花たちが生けられている花瓶。これが王宮なのかと実感する。
暫く歩いていると、他とは比べ物にならないぐらい立派な扉が目に入る。分厚くて決して音を外に漏らさない扉。
私は思わずその扉の前で足を止めた。
……この扉に挟まれたら、私死ぬんじゃない?
扉が凶器になるなんて聞いたことがないけど、絶対この扉で何人か死んでると思う。
好奇心が勝ち、腕に力を込めながら、恐る恐る扉を押してみる。
「……開いた」
引いて開く仕組みだったら、私の力じゃ無理だった。
私はゆっくり息を潜めながら部屋の中へと足を踏み入れる。不法侵入で罪に問われるかもしれないっていう不安もあったけど、そんなことより部屋の中が気になった。
用心深く「あの~」と声を出す。
扉がガタンッと音を立てて閉まる。その音にビクッと驚いてしまう。
この部屋に私しかいないことが確認できたのと同時に安堵の息を漏らす。呼吸を落ち着かせてから、部屋を見渡す。
大人数が座れる長い机。一体何人の人が座ることが出来るのかしら……。
私は苦笑を浮かべながら、格式ばった椅子を触りながら部屋の中を探検する。
家の中を探検するって言葉は聞いたことあるけど、部屋の中を探検ってまず聞かない。王宮ってやっぱりレベル違いなのね。
大きな窓をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、ガタンッと扉が開く音が聞こえた。咄嗟に私は机の下に隠れる。
自分の反射神経に驚く。こんなにも早く隠れることが出来るなんて、将来スパイになれるかもしれない。
部屋に入ってきた人たちを机の下から確認する。三人いる。
一番最初に入ってきた男に私は思わず釘付けになる。見惚れるというのはこういうことを言うのだろう。
……なんて綺麗な人なんだろう。透き通るような金色の長髪をピチッとまとめあげており、美しい顔がよく見える。
その後に金髪の男とは違う種類の黒髪美形男子と眼鏡をかけた可愛らしい少年が入って来る。
この部屋には色男しか入ってはいけないっていうルールがあるの? それなら、私は重罪だ。
一気に美形を摂取し過ぎて、胸焼けしそう。
金髪の美男子は眉間に皺を寄せて苛立った表情を浮かべながら乱暴に一番端の椅子に座った。それと同時に彼がこの中で一番偉いのだと認識する。
何をそんなに怒っているのだろう。麗しい顔が台無しだ。
「あの馬鹿親父ッ! なんて婚約してくれたんだ」
突然荒々しい声が耳に響いた。
……彼、多分王子よね? ……どこが甘くて優しいキラキラ王子?
ナターシャは一体誰を見たの?
頭の中で色々な疑問を浮かべながら、彼らの会話に耳を傾ける。
「早く消してしまわないとな」
ナターシャが言っていた王子とは程遠い発言。
暗殺計画? もしかして、これから誰かを殺すの? 暗殺計画の会議に私に紛れ込んじゃった?
混乱のあまり私の脳は爆発寸前だ。
少し幼い声が聞こえる。さっきの眼鏡少年が喋り始めた。
「性格が傲慢でひねくれていて野性的、見た目は女とは思えないぐらい醜いらしいです。口が閉じれないぐらい出っ歯で、目はゴマの大きさ、頬はニキビだらけ、眉毛は太く繋がっており、鼻は大きく低いという情報を得ました」
それは相当酷いわね。
「さらに」と黒髪の方が付け足す。
「昔、魔法が全く使えず腹が立ち、魔法を教えてくれた師を殺したことがあるとも聞きました」
それは早く殺してしまった方が良いかもしれない。
彼らが暗殺計画を立てるのも理解出来る。
そんな自己中な女はこの世の為に消した方が良い! 安心安全な未来の為にも!
緊迫した空気の中、第一王子の声が静かに響く。
「早く始末しないと、クロエ・リベラ」
…………ワ・タ・シ!!
え、私!? 今の特徴って全部私のこと?
叫びたい気持ちをグッと押し込める。
「どうして親父はそんな奴を俺の婚約者にしたんだよ」と、ノアは舌打ちする。
舌打ちしたいのは私よ! オールバックポニーテルめ! 口をもぎ取るわよ!
私は興奮のあまりその場に思い切り立ち上がろうとして、机に頭をぶつける。「イッッ」と頭に痛みが走り、思わず声を漏らしてしまう。
やってしまった……。
「誰かいるのか?」と黒髪の男の声が聞こえる。
ここから全力疾走しても、一瞬で捕まりそうだし……。というか、王家相手に逃げられるわけない。
ゆっくりと目を閉じる。私の人生短かったな。……ナターシャ、ごめん。私、元の場所に戻れそうにない。