35 学園長モーガン・アボット
「ほう、クロエ・リベラか……」
学園長は意味深長な表情を浮かべる。
何その表情! もしかして、学園長も私の噂信じていたの? ……いや、でも私がリベラ家の令嬢ってことは見抜いていたし。
まさか魔法が使えるとは思わなかったとか? もしくは、思っていたよりも美人だったとか!
「考えていることが表情に出過ぎですよ」
マシュー先生が私の方に声を掛ける。私はハッとして、無になる。
学園長は穴が空くほど私を見つめる。
……こういう時ってどういう表情したらいいのだろう。私の観察日記でも書くのかってぐらい見られている。
思わず息を止めてしまって、苦しくなってきた。暫く見つめた後、学園長は私から目を逸らした。その瞬間、私は思い切り息を吐く。
「……もっと卑屈な性格になっていると思ったんだが、違ったようじゃ」
一体今ので私の何が分かったの!?
そんなしょぼしょぼの目で私の何を見たのか教えて欲しい。
「マシュー、今日からこの子の面倒を頼んだ」
嗄れ声が低く部屋に響いた。
マシュー先生は「はい」と軽く頭を下げる。
こんなにあっさり入学出来るんだ。魔法のテストとか受けさせられると思っていたけれど……。
「クロエ・リベラ、ようこそ魔法学園へ」
学園長はそう言って、口角をクッと上げた。少し不気味だったが、悪意のない笑みだ。
「ありがとうございます」
私は丁寧にお辞儀をして、その場を後にした。
部屋を出ると、扉の隣に学園長室と書かれた札がぶら下がっていることに気付く。
……今にも落ちそう。どうしてこんなにボロボロなの。
私はそんなことを思いながら、札をじっと見つめる。よく見ると、学園長室という文字の下に何かがと彫られていることが分かった。
小さな文字で読みにくいが、目を凝らしそれを声に出す。
「モーガン・アボット」
これがあの人の名前?
とてもしっくりくる。なんなら、この名前以外に学園長に似合う名前なんてないぐらいだ。
これから学園長にお世話になることなんてあんまりないだろうし、名前なんて呼ぶことはないよね。
クロエが学園長室を去り、暫くしてからマシューが口を開く。
「魔力をは測定しなくて良かったのですか?」
「あの子の魔力は隠しておいた方が良いじゃろう」
「そうですね」と、マシューはモーガンの言葉に納得したように頷く。
マシューはクロエのことを考える。久しぶりに出会ったクロエは見惚れるぐらい美しい女性に成長していた。あの不思議な髪の毛は今も変わらず綺麗だった。
彼は幼少期の頃のクロエを思い出す。マシューを見かける度、「マシュー先生」と無邪気な笑顔を浮かべながら彼の元へと駆け寄っていた。
マシューは懐かしい思い出を胸の中で噛み締める。
「あの子はいいものを持っている」
静かな部屋で、モーガンは確かな声でそう呟いた。




