3 王宮へ
王宮の門が開き、私達が乗っている馬車が入っていく。
……つい人と目が合うのが怖くなり、腰を引いて隠れてしまう。チラッと窓から見えた衛兵の顔は馬車の様子を興味深そうに覗いていた。
逆にそこまでリベラ家の令嬢に関心が寄せられていると思うと笑いがこみ上げてきた。私も皆と変わらない同じ人間なのにな……。
もし、私が本当にバケモノって呼ばれるぐらい醜かったら、クロエ・リベラの鑑賞会でも開いてじ自分の容姿を使って儲けるわよ。
「お嬢様、着きましたよ」
ナターシャの声に反応して、私はいつの間にか止まっていた馬車から降りる。
これが王家の住む家か……。
初めてお城に足を運んだけど……、ちょっとでかすぎない?
こんなに大きいなんて想像していなかった。王宮に行くんだ! っていう今朝の心意気がすっかりなくなってしまう。
絶対迷子になる自信しかない。迷子になったらどうすればいいんだろう。王宮案内図とか渡してくれたら助かるのだけど……。
「お嬢様、マント被って下さい」
半ば強引にナターシャに群青色のマントを被せられる。私の姿を公の場では晒さないって約束をナターシャとした。私はもう一度顔が隠れるように深くマントをかぶり直す。
それと同時に目の間にある鷹の紋章が入った大きな扉が開く。
一体いくらしたんだろう、この扉。鷹の紋章を掘ってるなんて、やっぱり王家は財力が違うな。
「こんにちは。クロエ様でいらっしゃいますか?」
人良さそうな白いひげを生やしたベテラン執事が私達を快く迎え入れてくれる。
「ええ」と私は短く返事をする。
私が名乗る前に私のことが分かるなんて、流石王家の執事だ。
「私の名はマックスです。よろしくお願い致します」
「マックス、よろしくね」
「クロエ様はとても澄んだ素敵な声ですね」
彼は柔らかな笑みを浮かべる。
そんなことを言われたのは初めてで、反応に困ってしまう。
小さな声で「ありがとう」と呟き、マックスの後をついて行く。私の家の倍の幅がある廊下をコツコツと足音を立てながら進んで行く。
たかが廊下を歩くだけなのにこんなにも緊張するなんて……。埃一つ落ちていないピカピカな廊下を常に維持しているって凄いわよね。
埃もびっくりよ、この廊下に来ても仲間が誰一人いないんだもの。
「レオナルド様にお会いになられますか?」
父の名前を出されて体がビクッと反応する。今ここで父と遭遇なんてしたら、一瞬で家まで連行される。
私は首を振って「いえ、今日は……婚約者に会いに来ただけなので」と咄嗟に嘘をつく。
眩しい王子を私も生で拝んでみたい。優しいのなら、私が会いに来ても歓迎いてくれる……、って信じたい。
「ノア様は……、今外出中です」
マックスが外出中と答えるまで妙な間があった。私が変な所に敏感なだけかもしれないが、彼は何か隠しているような気がする。
もしかして、ノアも私みたいなバケモノと会いたくなんてないって言っていたのかしら。……そりゃ、私の噂を聞いていたら会いたくないか。
ノアを欲しがる女性はごまんといる。たとえ政略結婚だとしても私を相手にしたくないはずだ。
「執事長! 少し来ていただけないでしょうか?」
若々しい男性の声が後ろから聞こえた。振り返ると、新人だと思われる執事が息を切らしながら走って来る。
「常に冷静でありなさい」
マックスが静かに厳しく新人に注意する。彼は「すみません」と反省した様子で謝り、マックスの耳元で要件を伝えていた。
何を伝えていたのか分からなかったが、少しマックスの表情が強張った。新人が全て話し終えると、マックスは私達の方を向いて、頭を下げる。
「申し訳ございません。緊急の用事が出来てしまったので」
「大丈夫よ。大人しくここで待っているわ」
彼の言葉を遮るように私はそう言った。
「ありがとうございます。少しの間失礼致します」
マックスと新人はその場から颯爽と去って行った。私とナターシャが見ず知らずの場所に取り残される。
「広いですね」と呟くナターシャに「広いわね~」と返す。
一呼吸した後に、私はナターシャを満面の笑みで見つめた。
「ナターシャ、分かっているわよね?」




