21 ノアの本性を知る者
「彼女一人で本当に大丈夫でしょうか」
帰り道の馬車でイアンがメイについて話し始める。
俺は途中でやめたいって言い出すとずっと思っていたが、彼女は「やめる」なんて言葉を一言も言わなかった。
肝が据わっている大した女だ。
「お前は意外と心配性だな」
「違います。何の訓練もしていない娘に耐えれるかどうか……」
俺の言葉をイアンは慌てることなく否定する。
「あいつなら大丈夫だろ。俺らに殺されなかったぐらいだ」
「……確かにそれもそうですね」
イアンが納得するように頷く。
本来誰かに暗殺計画なんて聞かれたら、そいつを即抹殺しなければならない。情報漏洩が脅威となる。
何故かあの女を殺す気にはなれなかった。
月夜に輝くあの神秘的な髪に見惚れたのか、あいつの一点の曇りもない目に魅了されたのか分からない。
ただ初めて彼女を見た時、こんなに美しい女がこの国にいたのかと驚いた。それにあの性格だ。殺すのは惜しい。
あの特別な会議室に入れたことが殺さないでおこうと決めた大きな要因だったが、何よりあの女をもっと見ていたいと思ったのだ。
「これから一生遊んでいける大金や宝石よりもたった一つの質問か」
俺の独り言に目の前に座っているイアンは驚いた表情を浮かべる。ジャックもイアンの隣で俺に視線を移すのが分かった。
「なんだ?」
「メイといらっしゃる時の殿下はとても楽しそうな表情をしていますね」
イアンの言葉に俺は思わず怪訝な表情を浮かべ「俺が?」と返す。
「ご自分で気付いていらっしゃらないのですか?」
「あいつはただの暇つぶしだ」
「……殿下が本性を見せている女性はメイだけです」
イアンはきっと、俺はカレンにさえ本性を見せていないと言いたいのだろう。彼女の前では俺は優しい王子の仮面をつけている。
俺の腹の内を知られたら、嫌われる。だから、俺は死ぬまで彼女にこの性格を隠し通そうと思っていた。
カレンの前では良い王子様を演じる。カレンに対して恋愛感情を持っていたからそれを苦だと感じたことはなかった。……けど、あの赤髪の女が現れてから少し調子が狂った。
最初から本音で話せるメイといると居心地が良いのは確かだ。
「でも、あいつを好きになることなんてねえよ」
「そうですか」
「お前こそあいつに惚れんなよ」
「……俺は結構タイプですよ。ああいう反抗的な態度をとる女性」
イアンの返答に耳を疑った。まさかそんなことを言うとは思わなかった。
少し鋭い赤紫色の瞳に俺の驚いた表情が映る。
俺をからかっているのか、それとも本気で言っているのか分からない。
「お前はあいつと正反対の女が好みだっただろ」
イアンは穏やかで柔らかい雰囲気を醸し出す従順な女性が好みだったはずだ。
「バレました?」と、イアンは口の端を上げる。
あまりに真剣な目をしていたから、本当だと思ってしまった。それにイアンがメイに惹かれる理由も理解出来る。
「あの女と関わるのは今回だけで十分だ」
「……手放せないなんてことにならないと良いですけど」
ジャックが何か言ったが、馬車の揺れる音で聞き取れなかった。




