2 外出
「私を王宮に連れて行って欲しいの」
「えええ! 王宮ですか!?」
ナターシャは声を上げて、すぐに「ダメですよ! 旦那様に怒られます!」と付け足す。
この屋敷の者達はそんなに父が怖いのだろうか。ただの野菜オタクなのに……。
「責任は全部私が持つから。お願い!」
外に出れるかもしれない機会を逃すわけにはいかない。
王宮に行って、自分の婚約者を拝見してみたかったのって可愛く言えば父も許してくれるだろうし。
「で、ですが……」
「怒られるのは私だけだから!」
ナターシャは困った表情を浮かべながら、考え込む。
あと一押しでいける。私はナターシャに顔を近づけて、じっと彼女の鳶色の瞳を見つめる。
「お願い、ナターシャ」
「……うう、わ、分かりました! 今回だけですからね」
勝った!
「ありがとう」
私は満面の笑みを彼女に向ける。彼女も少し呆れた様子で笑い返してくれた。
ナターシャだけに出かける準備を手伝ってもらった。
外出用のドレスなんていつぶりに着ただろう。それにメイクも……。
私は自分の姿を鏡で見つめる。私の髪と同じ色の真っ赤なドレス。フリルはなく、シンプルなシフォンドレス。デコルテが見えて、女性らしさが強調される。
首元がスッキリするように長い髪を一つにまとめてもらい、その上に髪飾りを差し込む。小さなイヤリングを耳に付けて、完成。
これで王宮にいけるわ!
「とてもお綺麗です、お嬢様」
とろけた目でナターシャは私を見つめる。そんな目を向けられると少し恥ずかしくなってしまう。
考えてみれば、いつも腑抜けた姿を晒し過ぎていたのかもしれない。
「……それで、どうやって屋敷を出ましょう」
それは考えていなかった。
簡単に屋敷を出ることなんて出来ないってことを忘れていた。父はもう王宮に向かっているだろうから安心していたけれど、周りの使用人たちが私を止めるに違いない。
「婚約者に会いに行くって言って、逆に堂々と出ればいいんじゃないかしら。お父様から許可を得てるって言えば大丈夫よ」
「嘘をつくんですか?」
「嘘はつくためにあるのよ」
私はそう言って、勢いよく部屋の扉を開けた。ナターシャは少し怯えた様子だったけど、私の後をついてきてくれた。
……無事に馬車に乗れちゃった。
私は馬車に揺られながら、目をパチクリさせているナターシャに声を掛ける。
「楽勝だったわね」
「はい。こんなに簡単に出れるなんてびっくりしています」
私が外出できることに皆喜んでくれたぐらいだった。幸い母と顔を合わせることはなかったから、より簡単に屋敷を出ることが出来た。
あんなに快く外に出してくれるなんて、父がいかに異常だったかってよく分かった。
「皆、騙されやすいのね。詐欺に遭わないように気をつけないと」
「お嬢様が信用されているんですよ」
ナターシャはさらっと嬉しいことを言ってくれる。彼女はいつも私の味方をしてくれる。
……侍女って言うよりも友達に近いかもしれない。
私は新鮮な気持ちで窓の外へと眺める。久々に庭以外の景色を見た。
いつもと違う景色に思わず心が躍る。今まで外出したいなんて強く思ったことないけれど、これからはこっそり抜け出すのも悪くないかもしれない。
父は何不自由ないように、私が欲しがるものを大体与えてくれた。本とか楽器とか色々……。
だから、家にいても退屈しなかった。
「いいね、外って」
私の言葉に、ナターシャは眉を八の字にして「そうですね」と呟いた。