1話
目が覚めるとどこか分からないところにいた。
周りを見渡しても暗くて状況が分からないけど一体どこなのか、というよりも私は一体誰なのだろうか
足に何か枷のような物があって歩くことが出来なそうだというのは分かる。
体もあまり力が入らなくて、喉もひどく乾いている。
「ぁ――」
声を出してみようとすると掠れた声と喉に激痛が走って喋ることもできそうにない。
せめて何か飲み物がないだろうかと手探りで周りを触ってみると、窪みがあって『ぴちゃ』っと水たまりのような感触が指に伝わる。
どうにか飲んでみようと試みてみるけど足枷が邪魔して上手く窪みのある方まで頭が届きそうにない。
ちょっと無理して力を入れると足枷がかかっている足首が凄く痛く、動くのは諦めたほうがいいかもしれない‥
それでも喉は乾いているから、指に水たまりを触って舌で舐めるように飲んでみると鉄のような味わいが口の中に広がる。
これって‥
いや、余計なことは考えないようにしよう。
無心で喉を潤わしていると、大分マシになって落ち着いてきた。
どうしようか、どうしたものだろうか。
こういうときは冷静になることが肝心だと言うが下手に冷静になってしまえば絶望して諦めてしまうのではという先の見えない恐怖もある。
とりあえず目が覚めてからよりも前のことを思い出して、どうしてこの状況になってるか少しだけ考えてみよう。
あれはたしか‥
―――――――――――――――――――
多分、私は学生だった気がする。
年齢は思い出せないけど、学校に通っていて、私は友達と学校から帰ろうとしている時に友達が私のことを突き飛ばして、車に轢かれた。
車に轢かれた友達はまだ意識があるのか何かを言っていて、私は焦った様子で友達の元へ行くと痛みがあるのか、悲痛な顔を私に向けて
「よか‥った‥」
そう言ってゆっくりと瞼を閉じていった。
周りもがやがやと騒ぎが広まり、私は何もできずにその友達の手を取って何かを言っていた気がする。
私はなんと言っていたのだろうか、私は何故生きているのだろう。何故‥私じゃなくて彼女が轢かれたのだろう。
やがて救急車が来て彼女を搬送に付き添い、手術待合になり彼女の家族、私の家族が集まり
私も搬送中にもらった絆創膏などで擦り傷を消毒しながら張った程度の軽傷
その中、私の家族が私に小声で無事で良かったと言ってくれて友達に向けては挨拶をしてみんなで待つことに
何時間経ったのだろうか、30分?1時間?5時間?時間間隔が狂ってしまう程、時間の流れがバラバラになってしばらくしたころ手術室のランプが消灯してドアが開く。
「一命は取り留めました‥」
一命?生きているの?
「彼女は幸か不幸か、上半身においては打撲傷で済んでいまして、ですが下半身の方は切断するしかなく、彼女の体力で出来る限りのことはしたのですが‥」
その言葉を聞いて私は医者の横をすり抜けて、友達の元へと行くと腰から下はふくらみがなく、腕も傷だらけで見るだけでも痛々しい状態、顔は目に光は智ってないくすんだ瞳が上を見上げていた。
周りの家族も追いついてきて私の周りに来ては涙を流し目を背けて声を押し殺して泣いていた。
「――」
何かを言われて、多分私のお母さんに抱き着かれた。
どうしたことだろう、友達の顔をまだ見ていたかったけど、友達の家族に気を遣い、私たちはここで席を外すことになり、状況を知るのはまた後ということになる。
―――――――――――――――――
この状況になる前よりも前の記憶のような気がする。
今の私と関係ないのだとしても、私には友達がいて、その友達は、下半身が無くなっていた友達がいたんだということが分かった。
どこにいるのかは分からないけど、もしかしたらその友達も私と同じこのような状況になっているのだろうか
体力的にも休んだし、そろそろ動ける間にできることもしておこうと思う。
とりあえずはまた指先に水分を付けて口に含みつつ周りまた手探りで探してみる。
手の範囲が届くところは触って確かめたけど、恐らく石作り?の建物で周りは暗い、足枷はどこに繋がってるのか触って確かめていった結果は鉄球のようなものに繋がられており、鎖も短く鉄球か鎖をどうにかしないと動くことは困難だというのは分かる。
何もできないとしか言えない状況、せめて食べるものがなければ飢え死にするのは間違いない。
運が良いのか食欲は失せており、今すぐに食べたいというわけではないから大丈夫なのだろうけど、これがもう極限に空きすぎての錯覚か、空腹の慣れなのかまともな判断ができない。
寝転がって上を見ても天井は恐らく高いのだろうと伝わるくらいに空間があるのだろうけど、どこまでが天井なのかまでは分からない。
左右の壁も私の動ける範囲は側面ではあるけど、対面の壁までの距離は暗さも相まって測ることが難しい。
また冷静になって考えてみようと思ったとき、そういえば寒いとか暑いとかはあまりないんだなということに気づいて、身体を触ってみる、すると何にも衣服を着てないことに今更ながらに気づいた。
身体を触っていて違和感を感じるけど、それが何なのかはわからないけど、現状をどうにかできる程のことではないだろうし、どこか明るいところに出ることが出来たらその時は改めて確認をしようと思う。
仕方ないのでもう一度休んで、体力をつけてから探索の続きをしようと思い寝転び目を瞑る。
――――――とっとかりっとっと――――
意識を記憶に落とそうとしていると何かが近づいてくる音が聞こえて、身体が警戒して強張っている。
視線を音の方に向けるも暗くて何も分からない、足音的にはまだ近くにはいないはずだけれど、一瞬シーンと静かになった後にまた『とっとかりっとっと』と音が聞こえて、先ほどよりも近づいてくる音が聞こえる。
「ちゅんっ」
ネズミ?くしゃみをするかのような鳴き声を上げてまた『とっとかりっとっと』と爪と足の混ざりあう足音を奏でてこちらに近づいてきている。
あともう二歩くらいだろうか、ネズミからしたら私が死んでるか分からないから食料を探して臭いを嗅いでここまで来たのかもしれない、しかしこんな暗闇の中で私のところまで来てくれるこの子が羨ましい。私も夜目で暗闇を自由に見聞きできるようになったらそれは便利だろうなと思ってしまう。
私はできる限り息を殺しながら、音に集中していると、ネズミはしばらく遠ざかったり近づいたりを数回程繰り返しているとき、ついに私の手の届く範囲にまで近づいてくれた。
バッっと起き上がりすぐに音のした方角へ手を開いて伸ばして、叩くように下に叩きつける。
左手は何もなくて床石に当たり痛かったけど、右手にはネズミ悲鳴を上げた後「チィーチィー」と威嚇のような声をあげもがいている。
ついに大事な肉が手に入った。肉が‥にく‥
そもそもなんで私はネズミを捕まえようと思っていたのだろうか(食べるためだ)
動物の鳴き声が聞こえて息を殺してネズミが来るのを待ってたのは何故(食べるためだ)
けど(食べるためだ)このネズミで助けを呼ぶこと(食べるためだ)できるかも(食べるためだ)
ネズミはまだ生きている、非力な私が叩いたと言っても逃げないために力強く掴むためにやった程度の力しか出ていなかった。
両手でネズミを抱え込もうとすると指をかじろうとしたり、爪で引っかいたりとしてきて危ない
私にはこのネズミを食べることなんてできないんだ。
そもそもどうやって食べるというのか、ここにはナイフも火も無いのだ。
このまま逃がしてあげよう。逃がして‥逃が――――――チュッ、ゥゥゥ
両手が真っ赤だ。口からは指先で舐めてたときよりも濃厚な鉄の味が広がっている。
口の中にチクチクしたものがあって、それを出してみるとこれは‥ひげ?
案外食べ辛かったので次からはもっと食べる場所を見てから食べよう、頭の方は特に食べ辛かった、けど頭の中は比較的好みだったかもしれない、骨を取り外してから食べよう。
お腹が満たされたことでようやく少しリラックスできることができた。
食べたけど水分も含んでいたからか、渇きも予想よりは少ない感じで助かった。
実際ちゃんとした水を飲めることができるのかはわからないからどんなものもとても貴重なんだということが身に染みる。
さぁ、今度こそ休むとしよう、そしてついで思い出せることを思い出してこの状況を何とかするために必要なことを少しでも思い出そう。
――――――――――――――――――
これは、この時はそう、学校の修学旅行ね。
遊園地に行ってみんなで楽しく笑いあってる。
後ろの方では私を突き飛ばして助けた友達が車いすを進めて追いついては、友達がまた次の見世物を見に進んでいく、友達は車いすの友達にペースを合わせることなく進んでいく。
私は車いすの友達に近づいて「―――」何かを言って車いすの友達は笑顔になって私に顔を向ける。
「ありがとうね―――」
私は車いすを押して、どこに行きたいか聞きながら、その友達の行きたいところへ進んでいく。
すると遠くまで行ってた友達が私のことを呼ぶけど、私は首を振り、そのまま別行動をとった。
「―――のおかげで私、今日はとっても楽しい日になりそう」
どこか申し訳ないというような、笑顔というような、いろんな感情が混ざった表情をして、それがどこかおかしく感じて、私は笑いながら大したことはしてないよ、私がこうしたいからしてるんだよ
そう言って、いろんなアトラクションを楽しんだ。
足が危ないものは入れなかったりしたけど、それでも美味しいものを食べて、お土産を選んで
二人でおそろいのアクセサリーなんかも買ったりした。
二人で笑って、二人で楽しんで、二人で二人で二人で
それでも時間は迫ってきて日も暮れていく
「もう時間だね…」
その横顔は今にも泣きそうだったから、私はいつかまた必ず一緒に遊びに来ようよと言うと、めをきょとんとさせて、その後に予想してた、蕾が花開く笑顔が
「ぜったい!ぜったい来ようね!」
私は心の中に暖かいものを感じて、車いすの友達を押して進む。
「ねぇ―――知ってる?」
このまま日常的な記憶だったなと終わるかなと思ったら車いすの友達がふと横に目をやっていてそれを追うとおもちゃの手錠が売ってあるコーナーがあった。
「とあるホラー映画で、鍵を体の中に埋め込んでいるんだって」
体の中に?それじゃあ鍵は取れないんじゃないの?
それとも、とれるようなところに埋め込んでいる?
「それなら、痛いだけだしさ、グロイのが好きならいいんだろうけど、もっと別のところに埋め込むのが良いと思わない?」
たしかに無理やり体の中の鍵を取るのはえぐったり、切ったりしなければいけなくなる。
そういえばこの車いすの友達はミステリーが好きだったのを思い出した。だからなのだろう。ただ理不尽な分かりやすい謎ではなくちゃんと仕掛けを用意したミステリーにしたいのだろう。
「私なら‥ふふ。やっぱり灯台下暗しって最初に仕掛けるに最適だなって思うかな」
灯台下暗し?それって案外近くに正解、鍵はあるとか?
「そうそう、ポケットに実は入ってましたとか、そんなうっかりな感じの方がゲームならうわぁって思うし、映画ならみんな推理してる中、なんでそこなのよって最初にちょっと軽めを用意してクッション置いてからのミステリーの方が緩急聞いていいかなって」
私はそもそもミステリーを好きじゃないから共感はできないけど、この子は目を輝かせて私に熱弁してくる。
そんな風に案外なところに鍵があるなら私の今の状況もなんとかしてほしい
「え?何か言った?」
――――――――――――――――――――
目が覚めると、窪みに指をやり口の中に含む。
うん、不味い
思い出したからと言ってこの状況がまさに当てはまるなんて保証はどこにもない、けれど私は足枷の方に手を伸ばして触って確かめてみる。
めぼしいものはないかな‥鎖の方も短くて私をろくに動かせない意図しかない長さが憎らしさを覚える。
鉄球の方を確かめてみると、何か縦線?のような跡がある、それをなぞっていくと急に少しの力でカチッとボタンを押すような感触と音がして鉄球が分解した‥
なるほど、これが灯台下暗し‥鉄球が外れると足首についてる足枷と鎖だけになって鉄球が完全に取り外されてる感じになった。
できれば鉄球の残骸も拾ってみたい気もするけど、暗くて全部拾える気がしないのでできる限り踏まないような位置に集めておいて、手探りで探索を始めるところから今日の私は始まりそうだ。