いっそ旅にでも出ようか
どうにかワンズリー公爵夫人を宥めた後、私は近いうちにゆっくり話をする時間を取ると約束して(させられて?)解放された。
私は、聖女サラであり、ワンズリー公爵家の娘だということらしい。
実感はなくても、そういうことだと状況や生い立ちが証明してしまっている。
今は帰りの馬車の中。
クオン様がわざわざ送ってくれると言って、強制的に馬車に乗せられて現在に至る。
「「………………」」
とにかく疲れた。
クオン様と顔合わせをした日から、急激に運命が動き出したような気がしてならない。
誰のせいって……全部国王陛下のせいだ!
現実逃避だと責任転嫁だと言われようが、私は混乱しているのだ。お願い、もう放っておいて欲しい。
クオン様はというと、ずっと私の右手を握っていて不自然なこと極まりない。これは友人として、慰めてくれているんだろうか。よくわからない。
あっちもこっちもわからないことだらけである。
隣に座るその美しい人をちらりと見上げると、視線に気づいた彼は「ん?」と眉を上げた。
やめて。
ムダにときめくからやめて。
視線を逸らすと、今度はコツンと頭に頭を乗せられる。
「あの様子だと、私とサラが結婚しようがしまいが、サラを娘にすることは決定だな」
「ですね」
ワンズリー公爵家の長子・サラは、1歳で亡くなったことになっている。もう手続きがなされているので、撤回はできない。
このままいくと、私は実の娘ながら養女という扱いでワンズリー公爵家の籍に入ることになるらしい。
「ぐええええ」
「悲鳴が獣だぞ」
自分が貴族、しかも最高位の公爵家の娘として組み込まれることに悲鳴が漏れる。
「七つ下の弟ができるんですよね……。突然こんな姉が現れたら困るでしょうね」
娘を失ったショックで、七年の間ずっと子ができなかったのだと聞いた。跡取りを作るか、離縁するかの二択を親戚に迫られて、諦めかけた頃に待望の跡取りが生まれたんだとか。
「弟に嫌われたらどうしましょう」
一緒に住むわけではないから、好感度なんていいのか?
「さあな。表面上は敬われる聖女様だから、意外に大丈夫なんじゃないか」
あ、そうだった。
聖女様はみんなの憧れ。国の宝。
でもその実態は野草を食べる女である。
「私はこれから、どうしたらいいのでしょうか」
「……」
私の問いかけにクオン様は答えない。
しばしの沈黙の後、私は大事なことに気が付いた。
「そういえば、私がワンズリー公爵家の娘になったら……っていうか、娘だったってことは、やっぱり本格的にまずいですよね。クオン様との結婚」
結局、陛下に会うことはできなかった。
私がパニックになっているのもあるけれど、向こうに会う気がないことも明白で。
このままでは、兄王子派のワンズリー公爵家の娘になった私が、クオン様に嫁ぐことになってしまう。
こんなに優しいクオン様や王太子殿下の足下をぐらつかせ、国を混乱に陥れるような存在にはなりたくない。
「私、さっさと誰か相手を決めて結婚した方がいいのでしょうね」
そうに違いない。
20歳まで、あと3か月しかないのだ。
「ワンズリー公爵家なら、私を辺境に送り込むくらいできますよね。どこか遠いところで、ひっそりと暮らせたら」
それがいい。
実の親とどれくらい仲良くなれるかわからないけれど、娘のおねだりを聞いてくれるかもしれない。
混乱は、ワンズリー公爵家にとってもよくないはずだ。誰か紹介してもらえるかも。
そう、そして私はひっそりと隠居し、思う存分、野草を食べよう。
決意した私は、自分一人で頷いて納得する。
そして座りなおしたタイミングで右手を引くが、クオン様はぐっと力を込めて放してはくれなかった。
「クオン様?」
「……」
何か言ってほしい。
困っていると、彼はぽつりと呟いた。
「サラが結婚ね……」
ん?
その方向でずっと進んでいましたよね?クオン様だって、私のために騎士の中からお相手を探してくれていたのに。
今さらそんなことを言い出すなんて。
「私とうまくやっていける人がいるか問題ですね。できれば、一緒にいて気楽で落ち着く人がいいなとは思うけれど、時間がなさすぎて贅沢を言っていられません」
いっそ旅にでも出ようか。
わずらわしいことは忘れて、逃げたいと思う気持ちがふつふつと湧き上がる。
まぁ、現実的じゃないな。
結局彼は、その後も一言も発しなかった。何かを考えているようで、窓の外を眺めている。
降りだした雨は、教会に着くころにはかなりの土砂降りに変わっていた。