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複雑な事情とか、いらん!


あぁ、私の穏やかな日々。

何もない暇な日々は、最高に贅沢だったのかもと私は思い始めている。


衝撃の告白から数分後。

いったん座ろうということで、私とクオン様は長椅子に、ワンズリー公爵は正面の一人がけの椅子に座っていた。


え、え、え?

この渋いおじさまが私の親?


どういうこと?

私は王都から遠く離れた小さな村の出身のはず。


戸惑っていると、クオン様がなぜか私の右手を握った。


「サラ」


「は、はい」


「公爵の言っていることに心当たりは?」


んなもん、あるがや。(そんなものありません)

つい村の言葉が出そうになった。


「ありません……。私の父は、五歳のときに亡くなりました」


村を守る騎士であり農夫であり、たまに町との間の商隊を護衛する仕事をしていた。

いうならば、普通の村人である。それ以上でもそれ以下でもない。


母親は生まれたときに死んだと聞かされていた。


「五歳からは村の教会でお世話になって、十歳のときに王都へ来ましたから……家族はいません」


聖女は、聖女を生みやすい。

けれど例外もある。親戚に聖女がいなくても、ある日突然ぽっと出の聖女が生まれることもあるのだ。


私はそっちだと思っていたのだが……


ワンズリー公爵によれば、自分の娘だと言う。そして、妻はかつて聖女だったのだとか。


「娘は1歳のときに攫われた。そのときはもちろん、聖女かどうか判明していない。妻の実家に出かけた帰りに馬車が襲われ、妻は別の護衛と逃れたが、娘と乳母、護衛の男はそのまま行方知れずだ」


「その娘が私?ということは、亡くなったお父さんは」


その護衛?

ワンズリー公爵が並べた護衛の男の特徴に、私の父は見事に当てはまっていた。


左手の甲から腕についていた大きな傷痕。私はそれをよく触っていた。添うようにしてついていたヤケドの痕も一致してしまって言葉が出ない。


「ずっと娘を探していた。妻のように聖女として能力が現れるかもしれないと。けれど聖女をヴェールなしの状態で見ることは叶わない」


「それなのに、どうしてサラが娘だと?」


クオン様が疑いの目を向けている。信じられない、という気持ちがひしひしと伝わってきた。


公爵は彼を一瞥して、私に視線を戻す。


「年明けの祝賀会で、休憩室で寛ぐサラ様を見てしまった。妻の若いときにあまりに似ていて……」


あれかー!!

祝賀会の衣装が思いのほか暑くて重くて、休憩室でヴェールを取って寛いでしまったのだ。


誰か来るかもしれないと思ったけれど、だらっとした姿の女が聖女だとは思わないだろうって油断して。


クオン様に素顔を見られたのも私が迂闊だったせいだし、まさか公爵にまで見られているなんて!!


「わが目を疑う余地もないほど、サラ様は妻にそっくりだったのだ」


口ごもる公爵は、嘘を言っているようには見えない。


私は奥様似と?


でも黒髪はこの国にいくらでもいるし、緑色の目も多い。


娘さんを探しているこの人には悪いけれど、私でなかった、間違いだったという可能性を探してしまう。


私の知らない私のことが出てくるのが、ただただ怖かったのだ。


無意識で右手に力を込めると、クオン様がさらに強く握り返した。


「なぜその護衛は隠れたのだ?公爵の言うようにサラの父親だった男がその護衛と同一人物なら、助かった時点で公爵家にお嬢さんを返すのが筋だろう」


うん、私もそう思う。

なぜ連れて逃げることになってしまったのか。


疑問の目を向けると、公爵は私を見て少し言いよどむ。言いにくい事情があるのだと、空気で察した。


聞きたくない。

本能的にそう思ったけれど、遅かった。


「襲撃者を手引きしたのが、その護衛の男だったからだ」


「っ……!」


「あの男は家族を人質に取られ、襲撃者を手引きした。が、結果は失敗。戻るに戻れず、サラ様を連れて逃げるしかなかったのです。乳母は王都の外れで、遺体で見つかっています。襲撃時にケガをして、逃げた先で力尽きていて……。彼女は襲撃に関与していなかったことがわかっています」


「そんなことって」


「法に従えば、貴族を襲撃した者は一族郎党処刑です。護衛の男は家族を守るために身を隠すしかなく、しかもサラ様を殺すこともできなかった。もとより、赤子を手にかけられるような人物ではなかったのです。全員が生き残るためには、娘として育てるしかなかったんだと私は推測しています」


優しかったお父さん。

自分が捕まれば家族が同罪で裁かれてしまう。

けれど、私という人質を連れて逃げ続けていられる間は、家族が殺されることはない。


部屋に落ちる沈黙が重い。


私の人生に、そんなドラマティックな背景はいらなかった。


村育ちの聖女。

それでよかったのに。


突然現れた本当の家族。お父さんのこと。

もう何も考えられない。


頭痛がして眠気に襲われる。


「……サラ様。大丈夫ですか?」


「は、はい」


座った状態でふらふらと上半身が揺れ始める私を見て、公爵が心配そうな目を向ける。


「サラ、少し休むか?」


「クオン様、いらっしゃったんですね」


「おまえはとことん失礼だな」


パニックすぎて存在を忘れていた。

右手はクオン様の手を握っているけれど、自分以外の人の存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。


目を回しかけていると、クオン様が私の腰に手をやってぐいっと引き寄せる。


「しっかりしろ。何も心配いらない。サラはサラだ」


「っ……」


頭を撫でられ、私は無心で目を閉じた。

現実逃避。

この表現が一番しっくりくる。


「殿下。嫁入り前の娘にそのようなことは」


「貴殿はどの立場でそれを?現時点でサラは教会の預かりだ。貴殿の娘ではない」


「いえ、どう見ても私の……」


不穏な空気が漂っている。

やめて。

私のそばで喧嘩しないで。


だいたいそれを言うなら、殿下も一体どの立場でってなるから。寄りかかっている私が言うのもなんだけれど、婚約していないし恋人でもないし……なんだろうこの状況は。


混乱する要素がさらに増えた。


ところがここで、なぜか私たちの結婚の話題へと変わる。


「クオン様には、予定通りサラ様を娶っていただきたい」


「だめだ、サラを巻き込みたくない」


クオン様、やっぱりいい人だったー!!

うれしいような、悲しいような、私の心は複雑に揺れる。


しかし公爵は引かなかった。


「私がクオン様に娘を嫁に出すことで、互いの陣営によき交わりになればと思うのです」


「やめてくれ。サラを(まつりごと)の道具にしたくないんだ。貴殿こそ、父親としてその気持ちはないのか!」


怒りを露わにするクオン様は、私のために怒ってくれているような気がした。


公爵は私を見て少し怯んだけれど、気持ちは変わらないようだ。


「道具にするかどうかは、殿下次第です。そのように大事そうになさる様子を見れば、親心としては安寧ですが?」


「っ!」


クオン様は眉間にシワを寄せて黙り込む。


私はどうすればいいのか。

聖女という立場にありながら、私に決定権がないように話が進んでいる。


もう何が何だか。


時間が経ったことで少し落ち着いてきた私は、そっとクオン様の胸を手で押して身を起こす。


「失礼をいたしました。取り乱しまして」


「無理するな、客間を用意しようか?横になりたいなら遠慮なく言え」


「大丈夫です。多分」


深呼吸をして座りなおしたところ、突然に大きな音を立てて扉が開く。


――バァァァン!!


「奥様!落ち着いてください!」


「サラッ!サラはどこ!!」


ぎょっと目を瞠ると、そこには黒髪の女性がいた。緑色の目は少したれ目がちで、とても弱々しい印象である。


「あぁっ!サラァァァ!」


目が合った瞬間、まわりが制するのも振り切って私に突進してくる。

クオン様が止めようとしたけれど、あまりに切羽詰まった空気に彼は動きを止めた。


「よく、よく生きていてくれたわね……!サラ、あなたがサラね……」


抱き締められて茫然となった。

一瞬しか見えなかったけれど、この人は私の母親だと言っても信じるに足るほど似ている。


母娘でここまで似るのかと、父親の遺伝子どこ行ったって聞きたくなるくらいそっくりなのだ。


私を抱き締めて号泣するその人を、無意識にそっと抱き締め返す。


感動の再会、というシーンのはずなんだけれど、私の方は残念ながら頭が追い付いていかない。


ただ、とても温かくて柔らかくて、お母さんはいい匂いがした。



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