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イチャイチャしている場合ではなかった


王宮の一角、用意された応接間で待機する私は、クオン様に付き添われて国王陛下を待っていた。


二人きりなのに誰も何も言わない。

もうこれは完全に、結婚するものとして扱われている気がする。


クオン様もその空気を感じ取っているらしく、ずっと無言だった。


一時間ほど待ったとき、私の方が痺れを切らして口を開く。


「ここにいてもよろしいので?」


忙しいだろうに。

斜め前の一人がけに座るクオン様にそう言うと、彼は長い脚を組みかえて答える。


「キールに仕事を押しつけた。君に手紙を勝手に出した罰として」


「あぁ……」


やはりあの侍従の男性が、クオン様を偽って恋文を書いていたらしい。どうせ陛下に言われて書いたんだろうけれど、主人の名をかたるのは普通に重罪である。


「ふふっ」


「どうした?」


「いえ、手紙の内容を思い出したら。君に会いたくて今すぐ駆け出したくなる、なんて絶対にクオン様は言いませんから」


「あいつそんなことを……!?」


それはそれは、どこかの小説や歌劇から抜粋したような甘い口説き文句ばかりが並んでいた。そのフレーズの出典元を探すのが、私と世話役の中でブームになってしまったほど。


「あぁ、そういえば一つだけおもしろいことが」


最初にもらった手紙には、クオン様と一緒に丘へ行ったときのことが書かれていた。


「二人で出かけて楽しかったと。笑った声をずっと聞いていたいくらい楽しかったと、そんな内容が書かれていたんです。なんだかそのセリフだけが安っぽいといいますか、劇みたいに作り込まれていなかったといいますか、それで」


本当にクオン様が書いたのかと思った、と言いかけて私は目を瞬かせる。


だって彼が薄青色の髪を頼りない所作でポリポリと掻き、気まずそうに目を伏せていたのだから。


「え?」


凝視すると、クオン様はバツの悪そうな顔をした。


「安っぽくて悪かったな」


「え」


「私は手紙など書いていない!そこは勘違いするな。ただ、あれはあいつが「どうでした?」って聞いてくるから……」


「はぃ?」


「紹介する騎士を探すために名簿を見ていたら、「どうでした?」って聞かれて……。それで俺は「サラは明るいから、楽しかった」と、「笑い声はずっと聞いていたいくらいだったのだ」と……キールにそう話してしまっただけで」


つまりは、その部分だけはご本人が出典元だったと。


あ、これは本格的にまずい。

安っぽいとか言ってしまった。


ちらりとクオン様の方を見ると、少し顔を赤くして目を伏せる姿がちょっとかわいらしい。


私といて楽しいと思ってくれていたのだと思うと、こっちまで照れくさくなってしまった。


「それにキールは、その、私が前からサラを気に入っていたと思い込んでいるんだ」


「ふふっ、そんなことあるわけないのに。顔をまともに見たことない女を気にいるとかありえ……あの、クオン様?」


ありえないはず、そう思ったのに。

なぜかどんどん赤くなるその姿は、まるで私を気に入っていたみたいに思ってしまう。


え、待ってそれ本当に?


だったらなぜ、顔合わせのときは私にまったく興味ないみたいな感じだったんだろう。


「「…………」」


うっ……!何この雰囲気。

お互いに黙ってしまって、目を合わせられない。


恥ずかしい。

逃げたい。

どこかに隠れたい。


「わたくし、ちょっと」


お手洗いにでも。

居たたまれなくなって立ち上がると、ふいに扉をノックする音が聞こえた。


「失礼いたします」


低い男の人の声。

クオン様が急に険しい顔になり、私を庇うようにして立つ。


「入れ」


ピリッとした緊張感あるクオン様のオーラに、私は驚いて固まってしまう。こんな姿は見たことがない。


扉が開き、紺色の正装を纏ったおじさまとクオン様の侍従であるキール様が入ってきた。


「何用だ」


おじさまに対して、クオン様が問う。その声は歓迎しているようには思えない。


背の高いそのおじさまは、式典では何度か見たことがあるけれど名前まではわからない。


「クオン様、まずは聖女様にご挨拶をさせてください」


私は隠れていた背から姿をのぞかせ、おじさまと対峙した。


短く整えられた黒髪、茶色い目。

見た目は40代で、口髭が威厳ある雰囲気を醸し出している。

がっしりとした体躯は年のわりに若々しさを感じるものだった。


「はじめてご挨拶させていただきます。トール・ワンズリーと申します」


「あ……」


そうだ。この人は財務大臣のワンズリー公爵だ。

私が一拍置いて我に返り、スカートの裾をつまんで礼をすると、なぜかまじまじと観察される。


「聖女のサラと申します」


「あなた様が……」


なんでこんなに見られるの?

礼儀がなってなかった?

いや、そんなことはない。村から出てきてこの10年、しっかりみっちりがっつりお行儀のレッスンは受けた。


じぃっと見つめ合うという、謎の時間が過ぎていく。


クオン様もワンズリー公爵の反応を不思議そうに見ていて、相変わらずその表情は険しい。


するとそんな空気を読んでか読まずか、侍従のキールさんが公爵に静かに尋ねる。


「奥様をお呼びしても?」


ん?なぜここで奥様?

私たちを置き去りにして、公爵は「あぁ」と頷いた。


クオン様も意味がわからないようで、また私を庇うようにして少し前に立つ。


「夫人を呼ぶとはどういうことだ?勝手な振る舞いはやめてもらおう」


その凛々しい姿に、私は思わず彼の袖を掴んだ。


「クオン様、王子様みたいです!」


「……生まれてからずっとそうなのだが」


あ、そういう意味ではなくて。

危機を救ってくれる王子様みたいにかっこいい、と言いたかったのだけれど伝わらなかった。


「お邪魔しました……続けてください」


話の腰を折ってしまった。

どうもすみません。


袖からスッと手を離す。


ワンズリー公爵は、私たちのやりとりを不思議そうに見つめていた。

クオン様は咳払いを一つすると、改めて彼に向き直った。


「いきなり何だ。まさか養子縁組の顔合わせなどと言わんだろうな」


そして、毅然とした態度で再び尋ねる。

二人はしばらく睨み合った後、ワンズリー公爵の一言で剣呑な空気は霧散した。


「養子縁組の話ではあります。しかしながら殿下。サラ様は、私どもの実の娘なのです」


「「…………は?」」



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