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食欲に負ける女


王城の裏手にある丘までは、クオン様と馬に二人乗りで向かった。

思わぬ密着状態にドキドキしてしまったのは不可抗力だ。


目的地につくと、先に降りたクオン様がそっと手を差し出してくれて私はそれを掴む。

ぴょんと飛び降りると、彼は驚いていた。もしかして、抱きかかえて下ろしてくれるつもりだったのか。


そんな恥ずかしい思いはしたくない。


「この丘は初めて来ました!」


白や黄、紫の花が咲き乱れる美しい風景を見て私は感動を口にする。


「私も初めてだよ。鞍の紐で髪をしばる女性は」


だって仕方ないじゃない。

馬に乗ると風で長い黒髪が揺れて邪魔になる。ぐしゃぐしゃになったら世話役の人に申し訳ないから、鞍にひっかけてあった紐の三本のうち一本を借りて、それで髪をしばったのだ。


「髪が乱れると、世話役のエナが叱られるんです。聖女って身だしなみにうるさく言われて、それはすべて世話役の責任になっちゃうから……」


私の身体は、私のものであって私のものではない。

村から王都の教会に来てまっさきに思い知ったのがそれだ。


ケガでもしようものなら、世話役の女性が叱責を受ける。


「王族も聖女も、面倒なものだな」


「そうですね」


まぁ、クオン様を取り巻く環境に比べればそうでもないんだろうけれど。


「あとで足を洗うことってできますか?」


しばらく歩いてそう聞くと、クオン様は厩舎場に水場があると教えてくれた。


私は靴を脱ぎ、素足で土を踏みしめる。

スカートの裾を両手でちょっとだけ持ち上げて、久しぶりの土の感触を楽しんだ。


一人でうきうきしながら歩いていると、クオン様は何も言わずに少し離れてついてきてくれた。


子どもと保護者みたいで、ちょっとだけ気まずくなる。


「クオン様は、いつもここに来て何を?」


振り向いてそう尋ねると、少しだけ驚かれた。


「ようやく私に興味が出たのか?」


「いえ、気まずかったので何か話そうかと」


「だろうな」


クオン様は怒るでもなく、苦笑する。わりと寛容な方らしい。


「ここに来て、何をするでもない。何もしないことは贅沢だろう?」


確かに。


「ここに来て、少しばかり休むことが私に許された自由で、わがままだ」


城下町を見下ろして彼は言う。


「いいですね」


ぽろっとそんな感想を漏らすと、彼は小首を傾げる。


「さみしいやつだ、とは思わないのか?まぁ、サラが世辞を言うとも思えないが」


「ふふっ。お世辞なんて言いません。クオン様の時間はクオン様のものです。どう過ごそうか、それが贅沢だと思うのも自由だと思います」


「……そうか」


「はい、そうですよ」


微笑み合うと、この時間がとても穏やかな空気になった。


くるくる回りながら歩いていると、ふいにクオン様が私を呼び止める。


「サラ」


「はい」


心地よい風が、私たちの間を吹き抜ける。


「教会を出たら何がしたい?」


「そうですね」


何がしたいだろう。

結婚しても護衛は付くから、庶民のように自由にはなれないだろうことはわかっている。でも……


「料理をしたり、洗濯したり、畑で野菜を作ったり。あぁ、こんな風に散歩をしたり!」


そして野草を摘みたい。

スープやパイを作り、朝昼晩3食なんならおやつにも野草を入れて、飽きるまで食べたいなと思う。


「山の麓に住めればいいんですが」


「山?」


クオン様が不思議そうに声をあげた。

ええ、わからなくていいのです。

山の麓は山菜や野草がいっぱいありますから……。


またしばらく裸足で進むと、クオン様が言った。


「ここの花は摘んでもいいぞ。敷地内だからと言って、罪に問われることはない」


「ほんと!?」


ここは王城の直轄地だから、てっきり罪に問われると思っていた。

クオン様の言葉を受けて、私は嬉々として地面にしゃがみこむ。


そこにはタンポポとカタバミがあった。

私は遠慮なく、葉と茎をいただく。


花?

そんなものに用はない!愛でるより食だ!


籠を持って来なかったのが悔やまれる。


「ふふっ……食材がいっぱい……!」


いそいそと葉を千切る私。クオン様は何も言わず、近くに座っていた。


ふと彼の方を見ると、足元に紫色の花が咲いていた。

私はそれを何気なく取りに行ってしまう。


「この花、クオン様によく似合いそうです」


「ん?」


悪気はなかった。

ただ、薄青色の髪によく映えると思って。


「おい、やめろ」


「ほら、かわいいです」


アサガオに似たその花は、なんていう名前だったか。雑草にしてはきれいだ。


彼の耳の横にかけると、一瞬で振り払われてしまった。21歳王子は、花をつける趣味はないのか。

わかってたけれども。


「残念」


「サラがつければいいだろう」


そう言って彼は自分が払い落とした花を拾い、私の髪にそれを添えた。


「かわいいですか?」


「あぁ、それなりだな」


もっと褒めようはなかったのかしら!?

二人して座り込んだまま、じっと見つめ合う。


クオン様は私がゆるく編んだ黒髪に触れ、柔らかな笑みを浮かべた。


美形の微笑み、怖すぎる。

聖女が対魔物生物兵器なら、王子は対人の顔面兵器だと思った。


いたたまれなくなりそっと腰を浮かすと、なぜか左手首を掴まれる。


「……何か?」


返事はない。

動くなとでもいうように、手は捕らえられたままだ。


沈黙が流れ、どうしたものかと視線を動かせば、クオン様の近くの岩に私の好きな野草を発見してしまう。


「あぁっ!!」


「どうした!?」


思わず叫んだ私に、クオン様が驚いて立ち上がった。


「きゃあああっ!サルシフィだわ!」


ごぼうみたいな味がするのだ。村でこれは朝ごはんの定番だった。


懐かしい~!


岩がせり出しているところには、サルシフィがたくさんあった。


「ふぉっ!!イラクサも……!」


思わず手を伸ばしたら、背後から大きな手がパッと私のそれを掴む。


「危ない!トゲがあるだろう!」


クオン様の顔が近くにあり、驚いて息を呑む。

ぎゅうっと握り閉められた手に、その大きさの違いを実感して急に心臓がドキドキと鳴り始めた。


「あの……」


気まずさのあまり目を逸らす。

けれど彼はその手を取ったまま、何も言わなかった。


そして、羞恥でおかしくなった私はつい言ってはいけないことを言ってしまった。


「これ、おいしいんです」


「は?」


「イラクサ、おいしい」


「……んん!?」


ひぇぇぇぇ!!!!

言ってしまった!!聖女が野草好きなんて知られたら、世話役が叱責を……!!


いや、大丈夫。

むしり取って食べたわけじゃない。


って大丈夫なわけあるかー!


そっと解放された右手。私はそれを左手で包むように握り閉める。


地面に座り込んだまま、無言のときが過ぎた。


「これが?」


クオン様はじっとイラクサを見つめ、そしてなぜかポケットを探り始める。


――ザクッ


「え」


その手にはナイフが握られていて、彼はイラクサのトゲに触れないように茎を切った。


「持って帰りたいんだろう。ハンカチにでも包んで持って帰れ」


そう言うと、ご丁寧にハンカチまで貸してくれて、そこにイラクサを乗せてくれる。


「これもか?」


「はい……」


「こっちは?」


「あ、それも……」


彼は手際よく、私が欲しかった野草をナイフで切っていってくれた。


「クオン様」


茫然とする私を見て、その黒い瞳はうれしそうに揺れる。


「花より草がいいとは、サラはやっぱりおかしい」


まぁ、花はそんなにおいしくないですからね。

村育ちの常識です。


「他にもまだ必要か?」


クオン様の隣にしゃがんだ私は、意を決して訴えた。


「もっと地面すれすれの茎の部分がおいしいんです」


「……あ、そう」


すぐにハンカチはいっぱいになった。





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