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誘拐の結末は


私がクオン様に連れて来られたのは、二階にある一室。

どうやらこの邸の主人の部屋のようだ。


クオン様は廊下を歩きながら、ここがリーベン公爵家であることを教えてくれた。


「なぜリーベン公爵家……?クオン様の派閥ですよね?」


王妃様は私とクオン様の結婚を猛烈に後押ししていた。後押しというか、先導して道筋を作って私たちを放り込む勢いだったはず。


それなのになぜ、王妃様のご実家であるリーベン公爵家が私を攫って結婚させないようにするの?


頭に疑問符を浮かべて目をぱちぱちする私に、クオン様は何も言わなかった。

私を抱き上げたまま二階に上がり、ひと際豪華な部屋にやってきたのだった。


「陛下、王妃様も」


そこには、国のトップが集結していた。

国王陛下に、クオン様の母上である正妃様、そして王太子殿下。私の父親であるワンズリー公爵もいる。


縄をかけられたおじさまが床に座り込んでいることをのぞけば、王城での謁見と変わりないような状況だ。


このおじさまこそがリーベン公爵当主であり、副宰相の地位にある人物なのだが……今はまったく威厳がない。


しょぼくれたおじさまである。


クオン様は私をそっと床に立たせ、私の手を引いて長椅子に座った。


正面には国王様と王妃様、斜め前に王太子殿下。彼のそばにワンズリー公爵が立っている。


私がここにいるのは場違いな気がしてならない。


「サラ、無事でよかった」


陛下が私に声をかける。


「はい、クオン様に助けていただきました」


「ケガや不調はないか?」


「はい。気分的には帰りたいですが、それ以外は特に」


「そうか」


医師もここに来ていたが、私は必要ないと言って診察を断る。かすり傷すらつけられていないので、診てもらうまでもなかった。


「クオン、サラが座りにくそうだ。少し離れなさい。もう危険はないだろう」


陛下に促され、クオン様は私からほんの少しだけ離れた。あんまり変わっていない気がする。


「揃ったところで、今回の一件について話をさせてもらおう」


陛下はいつになく険しい顔つきをしていた。私との謁見は、いつも優しいおじさんみたいな感じだったからちょっと戸惑う。


「サラにはすまないことをした。巻き込んでしまい、許してくれとは言えん」


いきなり謝罪された。


「いえ、まぁ、はい。そうですね。巻き込まれました」


「ぷっ……」


王太子殿下が吹いた。クオン様に睨まれて、彼は一言「すまない、サラがあまりにいつも通りすぎるから」と言い訳をした。


「サラが無事でよかったよ。私たちの派閥争いに君を巻き込んでしまってすまなかった」


にこやかな笑みでそう話す王太子殿下は、顔とは裏腹に冷たい目でリーベン公爵を見た。


「この者たちは、厳罰に処すことを約束する」


床に座った彼は、もう何も言うことはないという風におとなしくしている。


王太子殿下によると、王妃様の実家はリーベン公爵家だけれど、公爵は私とクオン様の結婚に反対だったらしい。


それは、私が嫁ぐことでワンズリー公爵家がクオン様の勢力下に入れば、リーベン公爵家が権力の筆頭でなくなってしまうから……。


ワンズリー公爵家は国内随一の力を持つ家。そこが組することは自分たちの権力を弱めることになると思っていたらしい。


自分より下位の者が増えるのはいいけれど、上位の者に入って来られては困るということか。


かなりの権力志向の持ち主だったんだなと思った。


「リーベン公爵は、サラではなく自分たちの派閥の縁戚にあたる聖女・ミリディをクオンの妃にしたかったんだ」


「え、でもミリディはまだ15歳ですよね」


彼女が結婚できるまであと5年もある。クオン様とは6歳差で夫婦としてはよくある年齢差だけれど、それまでに私という邪魔者が現れてしまった。


「第二王子派の中で、自分たちの権力を保持したくて私を始末しようとした……」


「そういうことだ」


クオン様が申し訳なさそうに眉根を寄せて言った。


「この件に関しては母上は関係ない。母上は私とサラを結婚させようとしていたから。リーベン公爵の独断だ。兄上はそれに気づき、サラ誘拐の実行犯と取引をして情報を得ていたんだ」


「え!?」


つまり、私に野草スープをくれた人は味方だったってこと!?

どうりで酷い扱いはされないと思った!


「サラを危険に晒してすまない。けれど、言い逃れできないようにするには、これしかなかったんだ」


王太子殿下は私に謝罪してくれたが、すべて予定通りなら私としても怒る必要はないと思う。

だって事前に教えられていたら、上手に嘘がつけなかったと思うし、挙動不審になっていただろうし。


説明が終わると、クオン様は私を見て淡々と言った。


「今回のことは、すべて私の力不足が原因だ。よって責任は私にある」


「クオン様、何を……」


「派閥の筆頭がこの状態だからな。リーベン公爵家は解体し、分家の侯爵家にそのすべての権限を置く。私は責を負い、王都から離れてウィストア領へと移る」


「ウィストア領って国境の?」


王都から馬車で二十日ほどかかる辺境の地だ。

温暖な気候で資源が豊富なせいか、隣国との小競り合いが絶えない地でもある。


どう考えても左遷。

追い出されたようにしか思えない。


「陛下と兄上は王都に残れと言ってくれたが、私がここにいる限り大小(いさか)いは起こる。これでいいんだ、むしろこれしか方法はない」


「そんな……」


「だから」


ふいにクオン様が言葉を区切る。

その唇が動くのを、私は止めたかった。


彼の左手を両手でぎゅっと握る。

言わないで、と願う私に向かい、クオン様は残酷な言葉を告げた。


「サラとの結婚は白紙に戻る。どうか良き相手と巡り合えることを、祈る」


頭上から、強烈な一撃を見舞われたような感覚になった。

雷が落ちるってこういうことなんだろう。


ポタポタと零れ落ちる涙。

私がなぜ泣いているのか、クオン様にも皆にもわかってしまったと思う。


嗚咽を漏らす私を見て、国王陛下たちは静かに部屋を出て行った。二人きりになった空間に、私のすすり泣く声だけが響く。


長椅子に座ったまま向かい合い、クオン様は私の頬を指で拭う。


「サラ」


「うっ……ええ……ひっ……」


何か言いたいのに、何も出てこない。

クオン様は私を見つめて優しい笑みを浮かべていた。


「たった数回、会って共に過ごしただけなのにな。こんなにも離れがたいとは、ままならぬ身の上を恨むよ」


離れがたいなら離れずにいてくれればいいのに。

顔合わせの日に、挨拶だけしてすぐに帰ればよかったのだ。そうすればこんなことにならなかった。


とめどなく流れる涙は、私の心を救ってはくれない。


クオン様はそんな私の頬を両手で挟み、顔を寄せて言った。


「笑って見送ってくれないか。きっとこれから、良き人生を送れると思えるように」


私がこんなに苦しいのに、クオン様はもう未来のことを見据えている。そう思ったら余計に泣けてきた。


今すぐに忘れてしまいたいのに、こんなにも求めている。それが悔しくて、苦しくて、無意識のうちに口から願望が漏れた。


「ついていっちゃ、いけないの?」


その言葉に、彼がはっと息を呑んだことに気づく。白くぼやけたクオン様の顔は、困った顔で笑っていた。


「聖女が王都を出たという記録はない。それに、同情はいらない」


「同情?」


王都を追われるクオン様に、私が同情していると思っているの?

見つめると、凛々しい目が優しく眇められた。


「どこにいても、サラの幸せを願ってるから」


「……クオン様」


幼い子供を諭すように、少し強めに、乱暴に頭を撫でられる。


「元気で、サラ」


しばらく沈黙が流れた後、私は深呼吸していった。


「クオン様ってバカですね」


「ん?」


彼の手を離し、しゃんと背筋を伸ばして見上げる。


「同情かも、だなんて。そう言われてみれば、そうかもしれません。よく考えてみます」


「えーっと、サラ?そこを考えなくても、自分のためにこれからの人生を」


「はい、そうします。私がどうしたいのか考えます。では」


「サラ!」


長椅子から立ち上がった私は、クオン様を置いてとっとと部屋を出た。

するとそこには、神妙な面持ちの父・ワンズリー公爵が待っていた。


私と話をするために、待っていてくれたんだろう。

歩み寄って笑顔を向けると、その厳つい顔がふっと緩む。


親子の実感はないけれど、私のことを娘として愛情を持ってくれているのだと実感した。


「お父様、とお呼びしても?」


そう尋ねると、声を詰まらせて「もちろんだ」と言ってくれた。


うん。これからのことを話し合わなくては。

そっと差し出された腕に、無言で手を絡ませる。


大丈夫。

きっと何とかなるはず。


私は明るい人生計画について考え始めていた。


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