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王子様は激ギレです


日没を迎えてすぐ、私のいる小屋に身なりのいい男がやってきた。

30代半ばに見え、庶民が着る茶色の上着や黒いズボンを履いている。


私を一瞥してにやりと笑ったその者は、雇われた犯人にお金を渡し、契約は完了したようだった。


「ついてこい」


「……」


拒否権のない私は、小屋から外に連れ出される。手枷も拘束具も何もないけれど、殺されたくないので男の後ろを歩くしかなかった。


このまま脱走したとしてもここがどこだかわからないので、逃げた先で暴漢に襲われるのは避けたい。

教会でも、万が一こういう事態になったら逆らわずにおとなしくしているよう教わった。


実際に捕まるまでは「私なら絶対に逃げるのに」って思っていたけれど、怖くて逃げるなんて無理だ。あっさり拉致されてしまった自分の運の悪さを嘆きつつ、静かに歩く。


「今度はどこへ行くの?」


「別邸だ」


「別邸?」


見回すと、ここはどこかの貴族のお邸みたい。

すぐ近くには、煌々と灯りのついた本邸がどーんと建っている。


私はどこかの貴族が持っている敷地内にいたのだと、ようやくわかった。


そして、心の中で「まずいな」と思う。


だって高位貴族が絡んでいたら、いくら王宮騎士隊が捜索に乗り出していても証拠もないのに踏み込めない。クオン様の権力を使っても、伯爵家以上の爵位を持つ者の邸に侵入するのは無理だろう。


私が普段いる教会にすら踏み込めないはず。


これは本格的にまずい。


悩んでいるうちに別邸に到着し、大きな扉を開くとまばゆいシャンデリアの光に目が眩んだ。


これが本邸と言われても信じてしまうほどに広い邸。おいてある花瓶や骨とう品、絵画なども見るからに高そうで豪華絢爛、ものすごく金のニオイがしますよー!!


悪いことしてそうな人が住んでますね!?


私は別邸の一階にある客室に案内され、ふかふかのソファーに座るよう促された。

人質とは思えない待遇ですが、例の野草スープは一体何だったのか……。落差がありすぎないかな……!?


「あの、私はこれからどうなるのですか?」


案内役の男に尋ねたが、彼は無表情で何もしゃべってくれなかった。

それでもめげずにじぃっと見つめていると、彼の方が根負けしたかのように口を開く。


「あなたがクオン様の妃になるのは困るお方がいらっしゃるのです」


思い当たる節が多すぎる。

もっと具体的に名前を上げてくれないか。

首を傾げると、男は私が意味を分かっていないと思ったのか補足してくれた。


「ただの聖女ではなく、ワンズリー公爵家の隠し子など……これでは影響が大きすぎるのですよ」


「どうしてそれを」


私だってつい5日前に知ったばかりなのに。

それにこの人は大きな勘違いをしている。私はクオン様と結婚しないのだ。


顔合わせして数分で破談にしようという約束は生きている。

国王陛下や王妃様が望んでいても、聖女に無理強いはできないはず。


私の気持ちがクオン様に傾いてしまっているのは切ないけれど、国を乱すことと恋を天秤にかけるほど愚かにはなれない。


「私とクオン様は、婚約も結婚もしません」


きっぱり言い放つと、じくじくと胸が痛んだ。

恋なんてするものじゃない。


「聖女に強制はできないはず。私がクオン様と結婚しないと言っている以上、それは覆りません」


ホント、ばかばかしい。

結婚なんてできるわけないのに、なんで誘拐までされて脅されなければいけないんだろう。


首謀者出てこい!

ブラックジンジャーを生のまま口に詰め込んで、ニンニク臭の強いベアラオホを目と鼻に突っ込んでやりたい!!


だんだん怒りが湧いてきて、握った拳が震えはじめた。


「そう怯えずとも大丈夫ですよ」


「はぃ?」


怒り狂ってるんですよ!!

睨みつけると、男はかすかに薄ら笑いを浮かべた。


「あなたを引き取ってくれる金持ちがいますから、妾として生活と安全は保証されます」


まったく保証されていないですよね!?売り払われてますよね!?

嫌ぁぁぁ!!聖女を闇取引するような人の妾は嫌ぁぁぁ!!


顔面蒼白で口をパクパクさせていると、別の部屋でガラスが割れる大きな破裂音がした。


「なんだ!?」


男は扉を振り返る。

もしかして今が逃げるチャンス!?


私はソファーから立ち上がり、窓際に駆け寄る。

ふぬぬぬぬぬ、窓が開かないー!!

ガラスはあるけれど、嵌め殺しだった。


「おいっ、おとなしくしろっ!」


逃げ道を探す私を見て、男がこちらに近づこうとしたそのとき。

ドタバタとたくさんの足音が聞こえて、思わず壁に手をついて縋る。


――バァァァン!!


吹き飛んでいく大きな扉。木屑や蝶番が無残に飛び散り、大勢の騎士たちが乗り込んできた。


「まずはサラを探せ!抵抗する者はその場で斬り捨てて構わん!!」


「「「はい!!」」」


そして二手に割れた騎士らの中央から現れたのは、黒い詰襟の隊服に緑のマントをなびかせたクオン様だった。


バチッと視線がかち合うと、彼も私も目を丸くする。


「ク、クオン様……?」


今、斬り捨てていいって普通に命令していましたね?

顔がものすごく怖いですよ!?


本人かと疑うくらい悪魔のような形相になっていて、私は壁にめり込む勢いで引いている。


え、それだけ心配してくれたってことよね???

理屈でわかっていても、殺気がすごすぎて身体がまったく動かなくなってしまった。


「サラ……!」


「きゃああああ!!」


走り寄ってきたクオン様に対し、反射的に悲鳴を上げる私。

騎士らは皆ホッとした顔つきになり、私を連れてきた男はすでに捕縛済み。


「サラ!無事か!」


「は、はい」


長い脚で一瞬にして近づいた彼は、両手を伸ばして私を抱き締めてきた。肌がびりびりするような殺気はもうなくなっていて、抱き締める腕の力はとても優しい。


「よかった……よかった……」


うわごとのように繰り返すクオン様に、私はどうしていいかわからずおそるおそる手を伸ばす。そっと抱き締め返して背を撫でると、クオン様の薄青の髪がはらりと私の頬にかかった。


「あ、ありがとうございます、助けに来てくださって」


剣の手入れに使う亜鉛の混ざった粉の匂い。ほんのり甘いそれは、クオン様の隊服からする香りだった。

心臓がドキドキとうるさく鳴っているけれど、温かい腕の中はとても居心地がいい。


あぁ、こんな風に優しく扱われてしまうと離れたくなくなってしまうから困る。


クオン様は私の頭を撫でたり頬を摺り寄せたり、まるで恋人にするようなことを……


あれ、この人もしかして私のこと好きなの?


ふと胸に湧いた疑問に、自分が真っ赤に染まっていくのがわかった。


「サラ」


「ひぃっ!!」


耳元で名を呼ばれると、全身がぞわっとした。

嫌なんじゃなくて、得体の知れない何かくすぐったいものがこみ上げてきてぞわっとした!


そっと腕を離したクオン様は、私の頬に手をかけると指の腹でするりと撫でる。


「あの……」


離れてくれませんか。

目で訴えかけるも、要望は通らなかった。


「いくぞ」


「へっ、え!?きゃあっ!」


いきなり横抱きにされ、部屋から運び出される。

茫然とする私を見て、騎士の皆さんは「がんばって」という目を向けてきた。


助けろ。

クオン様はあなたたちの上司でしょう!?


上司に運ばせてどうするの!?


心の中で訴えるけれど、誰も助けてはくれなかった。


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