私、聖女。ここにいるだけがお仕事です
「聖女サラ。結婚相手として希望する者はいるか?」
白亜の宮殿。
久しぶりに呼びだされた私は、豪奢な衣装に身を包んだ国王陛下にそう問われた。
私はもうすぐ20歳になる。
この国の「聖女」の職に就く女性は、20歳になると結婚することが決まっている。
なぜって、聖女のこどもは聖女になる可能性が高いから。
「20歳になったら結婚」ルールは、この国に住まう人々にとって都合のいい、聖女という生き物を絶やさないためのシステムである。
「希望、ですか」
村育ちだった私も、今では立派に聖女。
空気中に漂う瘴気や人々に蓄積した穢れを祓うことができる。
10歳のとき、村から出て王都へとやってきた。
母は出産時に亡くなり、父は5歳のときに事故で亡くなったけれど、村の教会で育ててもらったので元気にやっていた。
聖女は生まれの身分は関係なく、王国を支える者として第一階級勲章を賜る者。
いなくちゃいけない人だから、誰も私たちを害そうとはしない。
その身分は、王族と同等。
現在、王都には10~19歳まで、20人ほどの聖女がいる。
その実態は、教会の中でただ平和に暮らすだけという退屈なものである。
だって、聖女はいるだけでいいんだから。
そこに存在するだけで、瘴気を祓うことができる。
森や砂漠に住まう魔物たちも聖女がいると近づけない。
いわば虫よけ。
なんでそんな人間が生まれるかはわかっていないけれど、女神様が遣わした天の恵みとして丁重に扱われている。
個人的には、魔物が嫌う何かしらを放っている人間の変異種だと思っているんだけれど、そんなことを口にしようものなら叱られそうだ。
この国では聖女は絶対。
庇護されるべき存在で、労せずとも魔物に対抗できる唯一無二の生物兵器だから。
あぁ、生物兵器だなんて言い方も叱られるわね。
国王陛下は黙ってしまった私を見て、ご機嫌伺いを始める。
「サラが望むなら、どんな男も夫にできるぞ?」
「ふふっ、国王陛下でもですか?」
そんな冗談を言ってみると、陛下は声を上げて笑った。
「あははははは、聖女の夫がこんな老体では国中の批判を浴びそうだ」
「ですよね~」
「そんなことありませんよ、とは言えんのか」
「あら、わたくしとしたことが」
謁見の間に乾いた笑い声が響く。
不敬罪にはならない。だって私は聖女だから。
それに国王陛下は、近しい者に対してはわりとこんな感じである。
「で、結婚相手は誰がいい?」
誰がいいと言われても、教会育ちの私に知り合いはいない。
しかも年頃の青年なんて、護衛としてやってくる兜で顔の見えない人ばかり。しゃべったこともほとんどない。
「結婚しないという選択肢は?」
「残念ながら」
やはり無理らしい。
それならばせめて、価値観の合う人がいいと思った。
「そうですね、強い人がいいです。勘がよくて活動的な人」
村で育った私は、家事や畑仕事も一通りはできる。
聖女の任を下りたら、街で庶民的な暮らしがしたい。
――そして野草が食べたい。
私は野草や山菜などの苦い草が大好きなのだ!!!!
噛んだときに口の中に広がる苦み、えぐみ。
想像しただけで涎が出そう。
世の女性は甘いものが好きだけれど、私は甘味よりも断然、野草。
苦味をふんだんに味わいたい!!
結婚するなら、一緒に野草を取りに行ってくれる人でなくては。
あえて口にはしないものの、庶民的な男性を紹介してくださいと期待を込めて言ってみた。
「……貴族じゃない方がいいです」
すると陛下は、私の目を見て言った。
「騎士はどうかな?」
「騎士ですか?強そうですね」
山菜取りに行くとイノシシやシカが出る。
倒せる実力があるならそれはそれで……。
庶民出身の成り上がり騎士とかいるかな。いやいや、庶民出身とはいえ騎士が山菜取りに行ってくれるか?
しばらく考え込んだ私は、ここで悩んでいても仕方ないと思って返事をした。
「騎士の方、でもかまいません。国王陛下が、私とうまくやっていけそうだと思う方であれば」
性格が合わなかったら、断ってもいいはず。
「わかった。すぐに手筈を整えよう」
短い謁見を終えると、すぐにお見合いの日時が伝えられた。
まるですでに相手が決まっていたかのようなスピード感だ。
顔合わせは五日後。
また王宮に来るように言われて、私は教会へと帰っていった。