✯アーティファクト〜 笑っていようよ 〜✯
ある場所に二人の姉妹が居た。
姉のセリエと妹のセリア、セリエは十六才セリアは十四才、この大陸で最も優秀なバルトの街にある魔法学校を追い出された、と言うより二人が優秀過ぎて学校で教えられる事が無く、入学から一年で全てを学び尽くし、教師より優れる才能を持ち、教員にならないか?と誘われたがそこは子供、その誘いと推薦をセリアがボールの様に蹴り飛ばし強引に卒業した……
「よし!お姉ちゃん帰ろうか」
セリアが何も無かった様にセリエに言うと。
「うーん……これって帰れるの?
絶対にお父さんとお母さんに怒られると思うんだけど」
「大丈夫、家にいく学校の手紙は全部私が抑えてるから」
そう言いながらセリアは何枚もの、家に届くはずだった手紙を束にしてセリエに見せた。
「ちょっとセリア!それ‼︎」
セリエがその手紙を素早く取り、中身を確認する。
速読の魔法を使い瞬時に触れただけで内容を見る、そしてお金に関わる事は封印を施されているが、その封印も触れるだけで解き全てを把握する。
「これ、お金とかどうしたの?」
セリエが授業料など多額の金額をセリアに問い詰める。
「えっ?うちって貧乏じゃん、私が魔法で払っておいたよ」
「ちょっとそれって錬金術⁈」
「うん、そだけど」
セリエは路地裏にセリアを連れ込み怒鳴りつけた。
「あんた‼︎魔法を悪い事ばかりに使ったら魔女に落ちるって教わったでしょ!
働かないでお金を得る事は、働いてる人達を何とも思わない人になるって、本に書いてあったでしょ‼︎
もう、なんであんたを禁呪の書庫に連れて行ったんだろ……」
「お姉ちゃん堅い事は言わないで、親孝行親孝行!」
「親孝行じゃない!」
そう言いながらセリエは怒りながら、一人で帰り道を歩いて行った。
セリアは渋々ついて行く……
「お姉ちゃん、怒らないでよ」
「あんたを魔法学校に行けるように、お父さんとお母さんにお願いした私が馬鹿だったわ!」
二人は街を出て、歩き続ける……家までは一日歩く距離で馬なら半日とかからないが、街を出る時にセリアが馬を買おうとしたが、セリエはそれを止めた、錬金術で得たお金か怪しい其れを使わせる気にはならなかった。
セリエはセリアが持ってるお金を全て取り上げて街の片隅で焼き払い、セリアと一切口を聞かずに街を出たのだ。
お金に塗れれば欲が生まれる、やがて欲は歪みそこに魔女はつけ込んでくる、そうセリエは学んでいたのだ。
夕方になり焚き火を焼いて、食事も取らずに僅かな結界をはり休もうとした時、来た方角が真っ赤に染まっていた、黒い煙が上がっている。
「バルトの街が!」
セリエがそれを見て言うと。
「行こう!お姉ちゃん‼︎」
セリアが言いセリエが頷いた。
「くっそー何故魔女が現れたんだ!衛兵は市民を逃せ!魔道兵よ!前へ‼︎」
バルトの街では一人の魔女と魔道兵が戦っている。
まだ街の入り口付近であるが、周辺の民家や店は全て焼き尽くされている。
魔女が直接現れ、呪いや疫病を振り撒いて人知れず去るのは良くあるが、人々は普通は気付かない、だが直接破壊行為を行う稀すぎる事態に守備兵達は戸惑っていた。
「愚かな……この様な者達を何故我らが恐れなければならないのだ。
人も全ての生き物は、命を喰らう罪の流れに逆らえぬと言うのに。
何故我らは魔女となり忌み嫌われるのか……」
魔女は真っ赤なドレスを着ていて、そのドレスから赤い血が滴っている、赤いドレスでは無い……
「ふざけるな‼︎」
一人の衛兵が剣を抜き斬りかかるが、魔女は一瞬で素手で衛兵の胸を貫いた。
衛兵は血を吐き即死し、その貫いた腕から大量の血がドレスに吸われ、ドレスから血が染み出している。
赤いドレスでは無い、血を吸い真紅に染まったドレスであった。
周辺を燃やす炎からは血が焼ける臭いしかしない、魔女は勢い良く振り周辺の建物に血をばら撒く、その一滴一滴から炎が生まれ街を焼き尽くして行く。
魔道兵が呪文を唱え、様々な魔法で応戦するが全くと言う程歯が立たない。
「愚かな者どもよ!
我が名は血の魔女!サングイス‼︎
我に従うならば命を救おう!罪深き者どもよ!」
あろう事か血の魔女サングイスは街を支配しようとしていたのだ、その様な事は聞いた事もない叫びに魔道兵は怒りを覚え次々に戦いを挑んで行くが、全ての魔法が血の壁に遮られ刃と化した血に刻まれ、血を吸われて行く。
街の反対側では盗賊達が逃げ出す市民を襲い始めていた。
魔女とつるんでの犯行だろうか?全く恐れずに街に侵入しようと、衛兵に戦いを仕掛け優勢に制圧して行くが……
その盗賊の背後で、凄まじい炎が立ち上がる様に燃え上がった。
セリアだ、セリアは炎の槍を使って盗賊達を襲い始めた。
「なんだあの子娘、やっちまえ!」
盗賊達の中に魔法を使う者が無数に居る様で、氷や水の魔法で動きを止めようとしてくるが、セリアの魔力が尋常で無く全てを蒸発させ、もろともしないがセリアは思っていた。
(ふーん、盗賊達の方が先生より魔法上手いじゃん)
そんな調子でセリアは盗賊達を斬り殺して行く、命を奪う事……それは罪ではあるが時として必要な事だと割り切っていた。
そうセリアにはその辺の感情が生来無いのだ……絶大な魔力と引き換えに無くしたのだろうか、産まれた時から無いのだ、だから罪と言う物を認識しない、感情が無いからまるで人形の様に容易く人の命を奪える。
「お前!済まない盗賊を頼む‼︎」
衛兵がセリアに叫んだ。
「え?私に頼めるのはお姉ちゃんだけ、それとも……
私を使うなら高いよ?」
セリアは嘲笑う様にそう言ったが、一瞬セリエの顔が頭を過った。
「いいよ、サービスしてあげる。
早く逃がしなよ」
「済まない!」
衛兵達は市民をまだ盗賊に制圧されていない、街の北側に避難させ始めた。
「ただ働きかぁ、でもお姉ちゃんに怒られちゃうからなぁ」
そうボヤいてるセリアを氷の刃が檻の様になりセリアを閉じ込めた。
「舐めやがって、これで蜂の巣にしてやる‼︎」
全ての盗賊が弓を構え一斉にセリア目掛けて放った!
セリアは口元で小さく笑い、氷の隙間を自分の魔法で氷で埋めて全て防いだ。
その氷は盗賊達が作った氷の檻と違い、薄くて透けて見えるが、非常に硬く全ての矢が貫通する事なく、刺さる事もなく地面に落ちた。
「なっ!」
盗賊が驚き声に出したが、その瞬間全ての氷が砕け刃となり、凄まじい速度で盗賊達を襲った。
それにより盗賊達の多くが傷つき、戦意を失って逃げ始めるが、一部の盗賊は悔しいのか襲って来た。
「まだ……やるんだ……めんどくさいから手加減はしないよ!」
セリアは冷徹に盗賊達に襲い掛かる!
逃げ出す盗賊すら、瞳に写れば命を奪っていく。
だが暫くして、セリアは何かに気付いた。
盗賊達は勝てないと知りながらも、魔法や剣で戦おうとしている、そして逃げ遅れたのでは無い、明らかに向かって来るものを一人命を取らずに、みぞおちをかなり強く槍の後ろで突き、初めて手加減した。
盗賊は倒れ込み激しく苦しんでいる。
「あのさ、無駄なことなんで頑張るの?」
セリアは疑問に思ったことを聞いた。
「テメェ……仲間の仇……」
そう言いながら、立ち上がろうとしている。
「仇か……ごめんね、私には解らないや、だってお姉ちゃんが負けるはず無いからさ……
あんたら盗賊にお姉ちゃんが負けるはず無いから」
セリアはそう言い、盗賊を槍で斬り裂き止めをさしたが、盗賊は最後に笑っていた事を不審に思った。
そしておかしいと初めて気づいた、セリエが来ない、盗賊相手ならもうとっくに合流出来るはずだが来ないのだ、セリアは初めて焦り走り出した。
(お姉ちゃん……どうしたの?)
暫く走りセリアは信じられない光景を目にした。
「なかなか楽しませてくれたな……
この銀の髪はお前の魔法では無いのか」
血の魔女サングイスが赤い剣でセリエの胸を貫き、高々と上げていた。
「そなたの血は我の良い力になるであろう、頂くとするか」
既に息絶えたセリエから血を奪おうとした血の魔女サングイスに、セリアが斬りかかった!
「ウァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎」
その叫びは怒りに満ち溢れていた!
その感情は今まで感じた事の無いどうしようも無い物で、セリアは止められなかった。
サングイスを殺すと言う感情を止められなかった。
サングイスはセリエの遺体を振り払い、建物の壁に打ち付け、セリアの槍を鮮やかに赤い剣で受け止め、そして剣を持たない右手を槍の様に変化させセリアの顔面を貫こうとしたが、セリアはそれを素早く躱して、体勢を素早く立て直し渾身の力を込めて、なぎ払う一撃をいれる。
しなやかな槍のなぎ払う一撃は重く大概の物は打ち砕くが、その一撃はサングイスの身体は血で出来ていて、嫌な血の塊りを叩いた様にビシャ!と言う音を立てて、通り抜け槍には悍しい血が大量にこびりついている。
サングイスは動じずにセリアに襲い掛かるが、セリアは瞬時に躱しながら再び斬りかかるが。
(この位の敵にお姉ちゃんが負けるはず無い!お姉ちゃんが負けるはずが無い‼︎)
セリアは初めて涙を流していた、戦っているうちに様々な感情が溢れ出して初めて、現実を否定していた。
セリアは怒り以外の感情を感じ、体が次第に感情に支配される様に、思うよう動けなくなっていく。
次第にサングイスの攻撃を少しずつ受けてしまっていく。
「どうした?お前は最初だけか?
さっきの勢いはどこに行ったのだい?」
「うるさい!」
「この私を魔女と知らないのかい?
死を超越した私を殺せるはずないだろ?」
「魔女……」
セリアは思い出した。
(いい?魔女は欲に塗れた女性の魔法使いのがなっちゃうの、女の子は赤ちゃん産めるでしょ?
その命を生む力さえも欲で真っ黒になっちゃうと、魔女になっちゃうって言われてるの……
男性の魔法使いは魔王って言うけど、ようは一緒で欲に塗れちゃダメなの……
いい?魔法を欲の為に使っちゃダメだからね?)
セリエがセリアにそう教えてくれていた、セリエはセリアにいつも怒ってくれていた。
それは他ならない、可愛い妹のセリアが醜い魔女になって欲しくないからだと、初めて気付いた、
セリアはサングイスの斬撃や鋭い突きを間髪で躱しながら気付いていった。
(テメェ……仲間の仇……)
あの山賊が言った最後の言葉の意味も、それを最後に死ぬ間際に盗賊が笑った意味も理解した。
身をもって味わえ!
それを盗賊はセリアに笑顔だけで伝えたのか、仇を取ろうとして勝てない悔いを全てセリアが味合わうざまを解っていた様だった。
セリアは仇と言う気持ちを初めて理解した。
セリアは悲しみを知った。
怒りを知った。
憎しみを知った。
人が抱く負の気持ちを初めて知った、姉セリエを失ったことで、多くの感情を初めて知ったのだ、だが皮肉なことにそれは最も大切な存在を失ってから知ったのだ……
(やっと解ってくれたね、みんなの気持ちを……)
不意にセリアの頭にセリエの声が響いて来た、その瞬間セリアは躱すのを辞めてサングイスの斬撃を槍で力強く受け止めた。
「やっと戦う気になったか?」
「私ってさ……馬鹿だよね……」
「?」
「あんたがどうして魔女になったのかは知らない……
知りたくも無い!
でもさぁ……
解ったよ、お姉ちゃんはいつもいつも私を怒ってくれたけど……
それは……」
セリアは伏せていた顔を上げて、サングリアの顔を、目を見てハッキリと叫んだ。
「お前みたいな!
醜い女にならないように!
教えてくれてたんだ‼︎」
その叫びは街中に響き、サングイスの怒りを買った!
サングイスの背後から無数の血の槍が伸びてセリアを襲ったが、セリアは全て槍を回転させて砕いた。
そしてサングイスは距離を少しだけ取り、血飛沫をセリアに浴びせた直後、その血が全て燃え上がるが、セリアは動じなかった。
「貴様!炎を……人かっ?」
「人……人じゃなかったかもね、私はお人形さんみたいだったから……」
セリアは燃えながらゆっくりと歩み寄るが、その瞳はしっかりとサングイスを見ていた、サングイスは僅かに恐れを覚え後退りしていく……
「嫌な臭い……この火は血の臭いしかしない……
嫌だよね精霊さん……」
セリアの赤い髪が金色に輝きだすが、それは炎の色であった。
「大いなる炎の神よ……我が罪を全て焼き尽くしたまえ……」
セリアが祈り始める……
「地獄の業火よりも熱き炎で我が身、我が心、我が罪を焼き払いたまえ……」
セリアを焼こうとしていたサングイスの炎が、変わり始めセリア自身から炎が発せられていることにサングイスは気付いた。
「全ての罪、地上の罪を焼き払う為に……
その神聖なる力をおかしください」
サングイスは恐れたのか、凄まじい速さでセリアを斬り殺そうとした。
「我が魂を代価に!」
セリアがそう叫び、セリアの背中から炎の翼が現れ、炎の槍でサングイスを斬り裂いた!
全身が血の塊りのサングイスから血が焦げる悪臭が放たれる。
「おのれ!火天使だとぉぉ‼︎」
素早くサングイスが反撃に出て、セリアを血の槍が貫くが、セリアの体が全身炎と化していてその槍は瞬時に蒸発した。
「解ったよ……ファイアーエンジェルの呪文……ただ唱えるだけじゃ、ダメだった……心を込めて唱えてもダメだった……」
セリアはそう言いながら素手の動作だけで、炎の壁を円形に発してサングイスと自分だけで他の者が万が一でも近づけないようにした。
「貴女の罪を焼き払ってあげる……今までの全ての罪を……」
「何を言う、自らを犠牲に?」
「あの呪文……罪深き者が自らの罪に気付かないと、意味が無い物だったんだ。
だからこの力で罪を犯せば、私の魂が焼き尽くされちゃう……」
サングイスは『魂を代価に』の言葉が脳裏に過った。
「まさかそう言い事だったのか……」
サングイスは魔女になる前、呪文を研究していたが、どれだけ学びどれだけ答えを求めてもたどり着けなかった。
その苦悩に打ち負け、欲がねじ曲がり魔女となってしまったのだ、一瞬だがサングイスに以前の理性が戻ったが怒りが溢れ出し、発狂したように、襲い掛かる!
凄まじい量の血の雨を降らせ、力を増大させていく。
「なぜお前の様なガキが‼︎」
セリアの足元から血の大きな槍が突き出し、無数の血の雨が集まり、多くの血のトゲが一斉にセリアを貫いた。
「カハッ……」
流石に声をだすが、そのまま瞬時にサングイスが斬り殺そうと襲い掛かる。
セリアは全てのトゲと槍を砕きすれ違う様にサングイスの腕を斬り落とした。
「それは解らないよ……ごめんね……
ただ解ってるのは、貴方の罪を浄化するしか貴方を倒せない……
それには慈悲がいる……
それには慈愛がいる……
貴女は命を超越したんじゃ無い……
気付いて……」
サングイスは聞く耳を持たずに襲ってくるが、美しい槍捌きで手加減しながら言い放った!
「貴女はもう死んでいる!
貴女は罪の塊りでしか無い!
命無き者だと言う事に‼︎」
その瞬間、サングイスはセリアが涙を流しながら叫び、斬りかかって来た姿を見た。
その姿が余りにも美しく、かつて自らが追い求めた姿であった、姉を殺した相手に向け怒りでは無く、悲しみの涙を流して挑んでくるセリアの姿はまさに炎の天使であった……
サングイスは気付いた、かつての自分に何が足りなかったのか、それは勇気だった。
セリアは多くの者の命を今日初めて奪った、命を奪う行為それ自体が初めてであったが、冷徹に感情を抱く事も、罪とも思わずに奪った。
明らかに大罪であるが、セリアはその罪を全て炎の神に焼き尽してもらう様に、心から全てを捧げていた。
それは死後永遠に業火に焼かれ苦しむ事も構わない意志の現れであり、普通は怖気付くがセリアは、躊躇わずに捧げた。
サングイスはそれを理解した時に、セリアに深く斬り裂かれ、仰向けに倒れた。
空は晴れ渡っていた、サングイスが魔力を失ったせいか、一瞬降らせた血の雨は消え臭いも無くなっていた。
「私は……美しさを求めていた……
永遠に美しく居たかった。
人は老いて醜くなる……それが怖かったんだ……」
「……」
セリアは無言で顔を伏せていた。
「……なぜ私の為に涙を……」
サングイスは力無くセリアに聞いた。
「貴女は……向こうで私より苦しい思いをするから……」
「神罰と言うやつか……」
「うん……」
「……」
サングイスは何かを言おうとしたが、力尽きて眠りについた。
セリアはサングイスの遺体に手の平を向け力強く悲しみを込めて握ると、サングイスの遺体が燃え上がる、浄化の炎に焼かれていくサングイスに背を向け、セリエの遺体に歩み寄る。
力無く倒れていて口元から血が流れている、貫かれた胸から血が吸われてしまったのだろうか……胸の傷からは血は流れていない。
「お姉ちゃん……ごめんね……」
セリアはそのままの姿で涙を流しながらセリエを抱きしめていた。
次第に様々な思いが溢れて来た、セリアは今まで親しく一緒に育った姉のセリエだけは、大切な存在であった。
「目……開けてくれないかな……
また怒ってくれないかな……
いい子になるから!もう悪い事に魔法を使わないから‼︎
お願いだから起きてよ…お姉ちゃん……
起きてよ‼︎‼︎」
セリアの感情を表す様に、髪が金色に輝き、その髪の中で炎が揺らいでる様に見える、街の人々は一人も居ない、全ての人が避難していてセリアだけの泣き声が響いていた。
だいぶ時間が経ちセリアはふと馬の足音が聞こえ、振り向くと一頭の馬が馬車を引いて歩いて来た、商人の物だろう、持ち主が生きて居るのかも解らない、手綱も結ばれずにただ一頭の馬が小さな馬車を引いていた。
「君……手伝ってくれない?」
セリアは魔力を乗せてその馬に言うと、解ってくれたのか、ゆっくりと来てくれた。
セリアはセリエの遺体を馬車に乗せ、家に連れて帰る事にした。
セリア達が出発する頃にはサングイスの遺体は骨も残らず焼き尽くされ、白い灰になっていた。
誰もいない街を通り抜けて、馬車を走らせる、セリアは様々な想いを載せて馬車を走らせている頃……サングイスの灰を皮の袋に入れる者が居た、丁寧に魔法を使い全てを袋に入れるが、その袋に魔法がかかっているのだろうか?膨らむ様子は無い。
黒いローブに白い髪、若そうな女性だが銀色の仮面をつけている。
「誰だ!」
静かになり、様子を探りに来た衛兵がその者に叫ぶ様に言うと、振り向きその異様さに衛兵は身構えたが……
「おい……まさか左目に二つの瞳を持つ銀の仮面……魔鏡の魔女か……」
「そ、そんな……また魔女……この街はもう終りだ……」
衛兵は逃げようとしたが。
「魔鏡……ふふっ私はこの街に興味はありません……血の魔女を倒した者を知りませんか?」
「なっ……」
魔女にそう言われた衛兵は驚き声も出せなかった。
「ふふっ……」
衛兵の様子を見て、そう小さく笑い魔鏡の魔女はバルトの街を去って行った。
セリアは馬車を走らせひたすらに家向かっていた。
とにかく今はセリエを家に連れて帰る事しか頭に無かったが、何かに気づいた。
道の先に何かが立っている、辺りは暗くこの道は物騒で暗い時間に人は殆ど通らない、だがその者は明かりも持たずにセリアを待っている様だった。
強い魔力も感じるが、それは人のものでは無い冷たさを感じて、セリアは馬車を止めた……
(盗賊じゃない……まさか……また魔女なの?)
そう思いながらゆっくりと慎重に、少しだけ馬車を進め馬車を降りる。
「あなたは誰なの!」
「気づいているでしょ?」
その者はそう言いながら静かに歩み寄って来る、月明かりに照らされ姿を現した。
二つの瞳がある左目を持つ銀色の仮面、黒いローブ、まだ若そうな手……
「魔女……」
「えぇ、人は私を魔鏡の魔女と呼ぶわ」
「仇を取りに来たのか?」
セリアは憎しみと魔女に対する悲しみを込め、複雑な気持ちを込めて言うが次第に悲しみが溢れてきた。
それはセリエを失った悲しみも混じり、心を闇が覆い尽くしてしまう様な悲しみであった。
「あら……いけないわね……」
魔鏡の魔女がセリアを見つめ近づいて来た。
「あなたも魔女になるつもりかしら?
その様子だと悲しみの魔女?
でも悲しみの魔女はもう居るわね……
さしづめ悲嘆と言う所かしら……」
「うるさい……」
「あら良かった、まだ話せるのね。
でもそれは怒りからかしら……
それとも憎しみ?
悲しみかしら?
どっちでもいいわ
素敵ね……その顔……」
そう魔鏡の魔女が言った瞬間、セリアは無心で斬りかかった!
見えない様な速さで槍を出し、素早く魔鏡の魔女を貫き叫ぶ!
「ボルケーノ‼︎」
瞬時に魔鏡の魔女は貫かれた槍からマグマが溢れ出し焼き尽くされるが。
「熱いのね?
あなたも解っているはず、私が魔女だって事に……
それじゃ私を殺せないのよ」
魔鏡の魔女はセリアの背後、少し離れた馬車の前に立っていた。
セリアが貫いたのは鏡……
「ファイアーボール‼︎」
セリアが魔法を放つと魔鏡の魔女は鏡を出し、セリアの魔法は鏡に吸収され、セリアの横からその魔法が現れセリアを襲った。
素早く躱しセリアは息を大きく吸ってから唱える。
「ファイアーブレス‼︎」
セリアは口を大きく開けて炎を吐き魔女を焼き尽くそうとするが!
(しまった!)
その先にはセリエの遺体を乗せた馬車があった。
魔鏡の魔女は素早く躱して、馬車は焼けてしまう。
「お姉ちゃん‼︎」
馬車は炎に包まれ、セリアが駆け寄ろうとしたが、魔鏡の魔女の声が背後から聞こえた。
「大丈夫よ、あなたのお姉ちゃんはここよ……
本当にお姉ちゃんのこと好きなの?
そんな魔法を使って、私じゃなければもう灰になってるわよ、あなたの魔法は強すぎるんだから」
「おねーちゃんを返せーーー‼︎」
セリアは凄まじい勢いで襲い掛かるが、今度は姿を消して話かけて来た。
「全く、自分勝手ね、話を聞きなさい……
かりそめの命でも生き返って欲しくないの?」
「えっ?」
「私はあなたの敵じゃないわ……」
そう言い魔鏡の魔女が姿を現し、セリエの遺体を地面に丁寧に寝かせた。
「どう言うことなの?」
「魔女はね、あなたが気付いた通り罪の塊なの、つまり全ての罪を浄化すれば、死ぬことが出来る……
でもね、生きたまま魔女から戻る方法もあるの……」
「嘘……それとお姉ちゃんに何の関係があるの⁈」
「嘘じゃないわ……自らが背負う罪を全て滅ぼせばいいの……
簡単に言うと罪滅ぼしってこと……
簡単じゃ無いけどね」
「罪滅ぼし……」
「そうよ、そこでセリアちゃんに手伝って欲しいの……
私がこの灰を使って、セリエさんに仮初の命を与えてあげる。
この子は闇の魔法を得意としてるから相性もいいわ……
その代わり……」
「その代わり?」
「街や村を守ってあげて、二人で沢山の命を救ってあげて……
そうすれば、私が今まで奪った命よりも沢山の命を救える……
私が振り撒いた呪いは全て解いて回ったわ……疫病の種も全て消したわ……
でも足りないの……私が今まで一万年以上振り撒いた厄災で重ねた罪からしたら足りないのよ……
私が心から望み良いことを依頼し、それが成されれば……
私の罪滅ぼしの一つになるの、解って貰える?」
「一万年……魔鏡の魔女……えっ本当に神話の魔女なの?」
「えぇ……神ですら命を奪った事もあるわ……
名も無き神でしたけど……」
「そんな罪!滅ぼせる訳がない‼︎」
「そうかしら?私は諦めないわよ私の夢があるから……で手伝ってくれるのかしら?」
「そっそんなの無理だよ……」
セリアは仮にセリエをその方法で、生き返らせてもらっても、魔女との取引でセリエを引き回す訳にはいかないと思いそれを断った……
「ふふっ……あなたは良い子ね、昨日までのあなたなら必ず乗って来ると思ったのに……
私との取引も罪ですからね。
いいわ、仮初の命でも良ければ、生き返らせてあげる、あなた達の好きにしなさい……」
「お姉ちゃんに何もしないで‼︎」
「いいの?私が勝手にやるのよ、あなたの罪でも無いし、セリエさんの罪にもならない……
貴方達の好きに生きればいいのよ……
ただ約束して欲しいんだけど、この命が仮初の命である事をセリエさんに気づかれない様にしてね。」
「えっ……」
「普通に考えてみて、自分の命が本物じゃ無かったらセリアちゃんはどう思う?」
「そっそれは……私は気にしないかな……」
「………」
魔鏡の魔女は一瞬表情を変えた様だが、どう変わったのか仮面で解らなかった。
「じゃぁ、セリエさんが気づいたらどう思うか考えてみて」
「お姉ちゃんだったら……嫌がると思う」
魔鏡の魔女はほっとした様だが、死んだのがセリアでセリアを生き返らせる方が先々何一つ心配は無い気がした。
「まぁ……そう言うことよ。
で……どうするの?」
セリアは少し考えたが魔鏡の魔女から悪意は一切感じなかった。
それは魔鏡の魔女の周りから風の精霊を感じていたのだ……精霊は邪心を抱く者を嫌う、それを信じ嘘は言ってないと思い決心して頷いた。
「ありがとう……
これで罪を一つ滅ぼせるわ……」
そう言い魔鏡の魔女は、セリエの横にひざまづき、袋から灰を取り出してセリエの傷口にかけてから全身に振りかけていく。
「それは?」
「血の魔女サングイスの灰よ……」
「なっ!お姉ちゃんを魔女にする気なの⁈
仮初の命ってそう言う事なの⁈」
セリアは素早く、槍を魔鏡の魔女に突きつけたが魔鏡の魔女は、落ち着いて言う。
「落ち着いて……
私も仮初の命で生きているわ……
けどね、セリエさんに罪はあるの?
罪深い者なら魔女になってしまうわ……
セリアちゃんなら、なっちゃうかもね?
でもセリアちゃんは魔女になってもセリエさんの言う事は聞きそうよね?
可愛い罪滅ぼしで元に戻れそうだけど……
罪の無い者に仮初の命を与えると、どうなると思う?それとも知らない?
魔女以外に、仮初の命で生きてる存在」
「仮初の命で生きる存在……学校で教わった気がするんだけどぉ……
私!寝てた!」
「天使よ‼︎ちゃんと勉強くらいしなさい‼︎」
「お姉ちゃん天使になれるの?」
「えぇ、本当に罪がなければね。
でも、人は生きてる限り僅かな罪が有るから……聖霊と言う所かしら……
それにサングイスは私の友達でね、あの子の灰を使って多くの人々が救われるきっかけになれば、少しでもね……
向こうでの苦しみが軽くなれば……
そう思ってね……」
魔鏡の魔女は初めてセリアに怒り、少しづつ優しい声に変わりながら話していた。
そして違和感を感じた、この状況でセリアは明るくなり始めている、普通の子では無いと気付いて居たが、それが確信に変わって手鏡を取り出してセリアに向けた。
「………なる程………」
魔鏡の魔女はセリアの秘密に気づいた、恐らく本人も気付いてない秘密であった。
「?」
「いいの、気にしないでね始めるよ……
三理の法……か……」
「三理の法?」
「我血を地に返し黄泉へ返りし魂を呼び止めん……
我、地の理を歪め天の理に問う者
我、天の理を歪め時の理に問う者
我、時の理を歪め黄泉に問う者……」
とても不思議な詠唱を魔鏡の魔女は始める、セリアも初めて聞く詠唱であるが、何をしたいのか珍しく解った。
「我、旅立つ者を呼び止めん……
地の理を歪め天の理に我、許しを請う者
天よ我が願い我を罰し叶えよ……
我が罪として‼︎」
その詠唱が終わると風が吹き、魔鏡の魔女は急に苦しみだした。
「ちょ大丈夫⁈」
セリアが心配し声をかけたが、魔鏡の魔女は苦しみながら囁いた。
「大丈夫……願いが聞き入れられ……」
そう言いながら血まで吐き始める。
倒れそうになりセリアが体を支えようとしたが、魔鏡の魔女はそれを拒んだ。
「私への罰……大丈夫、これは病……私なら死ぬ事はない……
それよりセリエを見てごらん……」
セリアはそう言われ、セリエを見るとサングイスの灰がセリエに綺麗に溶け込む様に、吸収されていきほのかに優しい輝きを放ち静かに息をし始める。
セリエは何も無かった様に眠っている様だった。
「さて……私はこれで……いい?きっと記憶は命を落とした少し前から失ってる筈で……ケフッケフッ……」
「大丈夫?ねぇ少し休んで行きなよ」
「あなたに気を使われるとはね……魔女の私が居れば、直ぐ気づかれてしまいます」
「いいから休んで‼︎」
「おおご……え……」
セリアが言う事を聞かない魔鏡の魔女に魔力を当てて気絶させた。
「ふぅやっと休んでくれた……」
そして暫く経ちセリエが目を覚ました。
「うっうーん……」
「お姉ちゃん、起きた?」
「うん…‼︎」
セリエは勢い良く起き上がり、自分の体になんとも無いか見る様に、手や足を見たり顔を触ったりした。
「私……生きて…イタッ!」
セリアがセリエの頬をつねって言う。
「痛いのは生きてるってこと!」
「解ったからセリア……あの血の魔女はどうなったの?」
「私がやっつけたよ!」
「魔女を⁈どうやって⁈」
「ヘヘッーん」
セリアは少し離れて、詠唱もせずに炎の翼を少しづつだしてセリエに見せた。
「ファイアーエンジェル……
やっとトランス魔法出来たんだね。
凄いよセリア!」
セリエはそう言いながら、セリエに飛びついた。
「本当にセリアって天才だよ!
私だってまだオクスアンゲルス出来ないのに!本当に凄いよセリア!」
セリエは本当に喜んでくれている、でもそれがセリアは何故か悲しくなってしまった、一度死んで仮初の、偽りの命と言ってもおかしく無い命で、蘇ったことをセリエは知らないのである。
セリアは涙が溢れそうになったが……
(泣かないで……)
魔鏡の魔女の声が頭に響いて、セリアは涙に耐えありったけの空元気で、最高に明るい笑顔を作り、セリエに見せた。
「セリア泣いてるの?なんで?」
「だってだって……」
笑顔のまま涙を流してセリアは一瞬、言葉を詰まらせたが。
「嬉しいからだよ!
お姉ちゃんダメかと思ったから……
もう……も…もう死んじゃうかもって思ったんだからね!」
セリアは嘘をついた、精一杯に嘘をついた。
それが正しい、その方がいいと信じて嘘をついた。
(ごめん……お姉ちゃん嘘ついた……)
セリアはそう心で呟いて、何かを隠す様にセリエに抱きついた。
隠すことが良くないとは解っていたが、言い出す勇気がこの時のセリアには無かった。
人の気持ちを少しでも解る前、血の魔女サングイスと戦う前のセリアなら言えたかも知れない、でも今のセリアには言う事が出来なかった。
(うーん……珍しいな……セリアが嘘ついてる……優しくなったね。
私死んだはずなのにな……)
セリエは気付いていた、自分の身に何が起きてたのか、それは魔鏡の魔女も気付かなかった、セリエの魔力の強さがセリアにも劣らず尚且つ闇を秘めていた為に、魔法に抵抗していたのだ。
その結果全て覚えていた。
(ここは騙されてあげよう、セリアが言ってくれるまで、ずっと……)
「ねぇセリア見て!なんか出来る気がするから見ててね‼︎」
セリエが明るく振る舞いながら少し離れ、呪文を詠唱し始める。
「深淵なる闇の女神よ……
我が魂に巣食いし闇を解き放て
憎悪、悲嘆、絶望
そして死を司りし深淵なる偉大な女神よ」
「この詠唱は……オクスアンゲルス……」
セリアはセリエの唱える詠唱に聞き入っていた……セリエの声に魔力が溢れ、美しく響き渡りセリエの目元、口元、耳、腕、足、全身全てから怪しげな美しさを放ち始める。
「凄い……綺麗……」
「我が魂を犯し我を使いとし……
我に漆黒の翼を与えよ!
我が罪と共に‼︎」
セリエが詠唱を終え、瞳を開いた瞬間セリエの背中から漆黒霧が吹き出し、それが集まり始め翼の形を形成していく、着ていた服も艶やかな漆黒の色に変化し、銀色の髪が美しく際立ち、妖艶な闇の翼を持つ天使に変身した……。
「出来ちゃった」
セリエは可愛らしい笑顔を見せた、泣いてばかりのセリアに早く元気になって欲しかった……。
「お姉ちゃん、綺麗だよ……」
「えー?ほんとに?」
「ほんとにほんとほんとに綺麗だよ!」
セリアが嬉しそうに、セリアらしく言ってくれた。
「久しぶりだね、その笑顔……
いつからかな、見せなくなったよね。
セリア……人ってさ、いつ死んじゃうか解らないんだよ。」
(え……お姉ちゃん……)
「だからね。
笑っていようよ
どんな時だってさ笑顔でいよう。
いつ死んじゃうか解らない、生きてるってそう言う事なの……
だからね、笑っていられる様にいい子でいようね。
悪いことしちゃうとさ、後ろめたくなっちゃって笑えないじゃん。
セリアはさ直ぐに解るよ、本当はいい子だから悪いことしたら、笑えないもんね。」
「お……お姉ちゃん……ご、ごめんなしゃい」
セリアは泣きながらセリエに飛びついた。一度死んだ姉からそう言われたのだ、まだ十四才のセリアに涙を耐える事は出来なかった。
「ふぅ……私も長く生きましたね……シャルル貴方は今何をしているの?」
魔鏡の魔女は二人のやり取りのさなか気がついて、気配を殺して静かにその場を去り、様子を伺っていた。
魔鏡の魔女は余りにも魔力が強いのか、仮初の命の影響か解らないが、神罰として与えられた病すら、もう殆ど治っている様だった。
そして背を向けセリアとセリエをあとにして歩きだした。
「あの姉妹……きっと災いを振りまく魔女を戒めてくれますね。」
魔鏡の魔女はそう呟きながら歩いていたが、不意に立ち止まり、月を見つめた。
「やっと罪が……やっと……やっと……光が見えて来たのかな……
笑っていようよ……か……」
銀色の仮面の下から美しい雫が流れ落ちている、その声は魔女とは思えない程美しく優しい声であり。
その雫は月明かりに照らされ宝石の様にキラキラと輝いていた……
✯アーティファクト〜笑っていようよ〜✯完