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Epcot  作者: 六曲
7/7

第六感


 五十棲がもそもそと炒飯を食べながら言った。

「そもそも『何』を第六感と捉えるか、だ」

 さっきまで米粒をかっこんでいたレンゲで、正面にいる正義を差す。正義は日替わり定食を頼んでいた、今日の日替わりは鯖の味噌煮で、一人暮らしで日々レトルトか携帯食の正義は手作りの味にじーんと感動している。実は前々からよぎっていた疑問を先輩である五十棲に話したところ、昼飯の際に話してやると言われて今に至る。

『第六感って、なんなんですかね』

 それは当たり前で当たり前でなかった疑問。

 現在はケルヴィンタワー襲撃事件を追っているD班とそれまでにも起きたミスアビラ事件を追っている他の班との情報交換、OSの情報をあちこちからかき集めたものを整理している。それらをいったん終え、少し昼食時から過ぎた時間のいま、それほど混んでいない一階、正面左奥の通路を行った先にある広い食堂(五十棲いわく職員の昼時間が別々であるため、食堂が満員になることは滅多にないそうだ)に来ていた。少しずつでも進歩がある他の班と比べ、D班は捜査に行き詰まっているのが正直なところである。そのためか、正義の話は空気換えにもなった。

「定義づけするのは難しいけど」

 その隣に座り、カオマンガイというタイのソウルフードにある鶏肉を頬張るのは鈴久保だ。不思議な香辛料の匂いがするが、嫌な臭いではない。そして五十棲の隣で冷たいうどんをすする田宮が、つゆに薬味の生姜をたっぷりと入れながら言う。

「第六感が正式に感覚として認められたのはつい数年のことで、発見されて議論されていたのはだいぶ昔の話になる。例えばこうだ、一九三〇年、遠く離れて住んでいる実の母親の死を就寝中に感じた女性がいる。翌朝、女性のもとに母の死の知らせる電報が届いた。また一卵性双生児の姉妹のうち、ひとりが飛行機事故に見舞われ死亡した時間帯に、全く別の場所にいたもうひとりは突然の高熱に見舞われ、体に激痛が走りまるで谷底へ落ちたかのような感覚に陥ったという。そして虫の知らせやら胸騒ぎといったものがこれに値する、と言われている……が。真意は分からない」

 どこで知ったのかつらつらと言葉を並べ終えた田宮の後に、鈴久保が口を挟んだ。

「またそういった第六感を持つものは、肉身間や女性同士での間で怒る例が多発している報告もある」

 正義はまた疑問を覚えた。

「でもそうなると、第六感っていうのは、相手がいて初めて成り立つ六感になるんじゃない? つまり双子なら片割れがいて、初めてその立証が成り立つわけだろ?」

「そこで現れたのがここ数年での事件だ」

 炒飯の中からグリーンピースを取り出し、それを第六感に見立てているのかぽつんと綺麗なおわん型をした炒飯の上に乗せる。

「何故今まで注目されなかったのか? 何故今になって表れてきたのか? その力が病気じゃないって確証が得られたおかげで、こいつらは今まで隠れてたってのがわかる。卵やネギに紛れてな」

「でもこれだけ違えば公にされるでしょう?」

「されてきたわよ。カルト雑誌やカルト系三流番組にね」

「そういうこと、今まで誰も第六感を『力』だなんて誰も捉えなかったわけだ」

 鈴久保に田宮と畳みこまれて、正義は成る程なと味噌汁を啜る。インスタントとは違う具材の大きさにじっと目を見張る。

「なに味噌汁と見つめ合ってるんだよ……」

「豆腐を見てますね」

 正義の視線の先を覗いた鈴久保が、五十棲へと報告するように呟いた。

「いや、どんな気持ちなんだろうなって」

「豆腐が?」

「そうじゃないけど、そういう……他と違うって事が。第六感を持つって気持ちだよ」

「さあ……私は持ってないからなんとも言えないけど。一時期、第六感持ちの研究者が発表した論文がノーベル賞ものだったのに、六感持ちだって分かった日に取り下げられたって聞いたことはある」

「そうすると、それだけ常人とはかけ離れているって認めているようなもんだろ」

 正義は箸でお椀の中をかき回し、沈んでいた大小大きさの異なった豆腐を見ようとした、だが底に溜まっていた味噌が上澄みを濁し、かき消してしまう。

「そうか」

「お前、さっきから豆腐と喋ってるからな」

「多分、今まで確信に至る論文も研究もあったんだよ、だけどそれを良しとしない誰かがそれらを無い事にした。簡単な事だったんだ、だから第六感持ちは自分たちも消されることを恐れて表に目立ってでなくなった……」

「誰かって?」

「それは……国? とか……政府?」

「そんなざっくりとした……」

「いや、まあ当たらずとも遠からずだな」

 と、そこまで黙って自分の食事をしていた五十棲が口端についた卵のかけらを親指で拭いながら、それを口にいれた。

「どういう意味ですか?」

「特課だよ」

 あ、といった顔で他の三人は目を見やる。

「あれの存在自体が、合奇の言ってた話の裏付けにはなるだろ。現に、あそこの部署がどう動いてるだなんて誰ひとり、確実に聞いたことはねぇからな」

「イソさん、ってことはケルヴィンタワーでのあれも……」

「恐らく、上からの指示だろうな。どこがどう繋がってんのかはわかんねぇけど、特課の連中は俺らより先に、あそこが襲われる事を知ってたわけだ。待てよ、タワー内部で俺達が潜入する先に、異常を報告する暗号が出ていたのが特課の仕業っつーお前の仮説も、ますますモノホンじみてきやがったな……」

 とはいえ、と炒飯の残りと付け合わせのわかめスープをそのままごっくんごっくんと飲み干してしまい、五十棲は昼食を終えた。その横では、とっくにうどんを食べ終えていた田宮が水の入った透明なコップを、手持無沙汰にかたかたと傾けながら言った。

「第六感は各国が隠したがっていたモノっつーわけですか? さすがにそれはオカルトじみすぎっすよ」

「まあ、現時点でもう世に出回っちまってるからな。さすがに俺も、国や政府っつーのは言いすぎたわ」

 しかし今の仮説に乗り気でいる男が一人、味噌汁をずずっと飲み終わったところで、隣にいる鈴久保へと仮説論を続けている。鈴久保は半ば面倒くさそうに米をスプーンですくい、口へ運びながら聞いている。

「もしそうなると一体いつから人間は『第六感』を持ち合わせていたんだろう? 田宮さんがさっき言ってた年数から数えるに、20世紀にはもうあったわけだろ? きっと調べればまだ昔からあるはずに違いない……その中でもきっと著者自身が第六感保持者のものだってあるはず」

「いい加減食べ終えたら? 私は終わったから、先に上行ってるから。御馳走様」

「あ、ちょ……」

 待ってという言葉も発することが許されず、三人は次々と席を立っては、それぞれが器を乗せた盆を食堂の入口にある返却口へと返しては出て行ってしまった。残されたのはただ一人、他に食堂に人影はなく、無人の食洗器だけがごうんごうんと音を立てながら皿を、盆を、洗い流していた。


 仕方なく残りの食べ掛けを急いで口の中へとかきこみ、先輩たちの後を追うようにエスカレーターで二階へ上がった、そのときだった。ユリと遭遇したのは。

 遭遇というよりも、その後ろ姿を見つけて正義から声をかけたのだ。それは思いもよらぬ幸運で、ユリもまた彼に気が付くとにっこりと微笑みを返して立ち止まった。正義は偶然もこうも重なると、必然にも思えてくるようで、先ほど食堂で論議していた話を同じようにユリへと話した。第六感のこと、そして特課のこと。

「政府の陰謀? 私達が?」

 くすくすと笑うユリの様子は、嘲笑の意味ではなく本当に冗談を聞かされているような笑い方であった。

「ごめんなさい、笑ってしまって。けれど、面白い点ではあると思います。きっとそれも向こうから得た知識や、外部から来た貴方だからこその発想なんでしょうね」

「そ、そうでしょうか」

「ええ。今度はうちの課長に話をしてあげてください。そういった類のものがお好きなもので」

 課長とは芹沢真を指しているのだ。あまり関わらないほうがいいぞ、という先輩の教えが頭をよぎる。だが明るく楽し気な彼なら、確かに彼女の言う通り、話は聞いてくれるかもしれない。

「ごめんなさい、今少し急いでいますので。続きはまた」

「え、ええ、はい! また!」


 傍らで見ていた二人、田宮と五十棲は尻尾を振り切っている犬でも見るかのように、ああ、ああ、とため息をついている。本人は会釈をしたユリに向かって会釈で返すと、「じゃあまた」と会話の余韻に浸りながらその後ろ姿を見送った。

「あのなぁ、あんま特課のやつと仲良くすんなよ。前にも言っただろうが」

「いたんですか? もう戻っているものかと。それに、仲良くって言っても、別にこっちから情報抜き取られたリしてるわけじゃあ……」

「逆だよ逆、借りでも作っちまったら後がどうなることやら」

 すると正義と別れたユリの背中はエスカレーターを降り、下の階へいくと裏手へ回ろうとした際に誰かに呼び止められていた。それはユリの身長の差からして正義や五十棲よりも背が高く、体格もそれなりに大きな、夏にも関わらず灰色のコートを着た男だった。ユリと男は何やら一言二言会話を交わしたあと、男がコートを脱ぎそのまま正義たちのいる真下となる陰へと移動していってしまった。あの様子だと、二人は裏手から出ていくところだったのだろう。正義は反射的に誰相手というわけでもなく、聞いた。

「今のは?」

「あ? どれだ」

「なんかやたら大きくて、灰色のコートの」

「ああ、特課のSPさんだろ」

 そう答えたのは田宮だ。保安視庁の中でのSPとは、と首を傾げる正義に田宮が半笑いで続ける。

「芹沢課長か、あの秘書さんの後についてまわってんの。でかいから俺らはSPって呼んでる。実際何役なのかは知らないけど」

 顔も見えなかった、今度会った際には聞いてみても構わないだろうかと正義が悶々とした思いを抱えていると、頭の中に何か引っかかっていたものがぽんと抜き出た。

「……資料が」

「今度はなんだ?」

「だから、資料ですよ。田宮さん、もらってたじゃないですかあの……俺が初めてユリさんにあったとき、芹沢さんから、六課の捜査案件に関わる資料って」

「そういえばもらったな。あのあとミスアビラ事件でごたごたになって確認してなかったけど、読んだか?」

「はい。そこには対岸で亡くなった男女の遺体についてと、OSについての資料が簡潔に記されていました」

「OS? なんであの事件にまた」

「だからなんですよ。今までの事件、全部繋がっているんじゃないかって……」


 正義の提案から一時間後、六課のD班は丸いテーブルを囲むようにしてそれぞれの席に着いていた。正義が帰国した日に起きた、正式にはその前日に起きたと思われる都内部と外部の対岸に置き去りにされた遺体。そしてその被害者でもあり先日亡くなったばかりの老人。次に痴話げんかと思われていた、反六感主義者の犯行による六感持ちの恋人殺人。また次に反六感主義者の集いであったパーティで起きた惨殺事件、そして最後。

「ケルヴィンタワーのOS事件……か」

 初めに口を開いたのは、データを空中でスライドして眺める乙藤だった。気怠げなのは相変わらずだが、その目は確かに資料を通して読んでいる。

「共通点は六感、そして初めの事件を覗いて反六感主義者が関わってくる……つまりOSだ。お前の考えでいくと、対岸の事件もOSが関わってくるってことになるが、それでいいのか?」

「そう、だと思います……」

 乙藤が相手になると、どうも正義は強気でいられない。さきほどの食堂での論議も乙藤がいれば、正義はあれほど自分の考えをおおっぴろげに現すことはなかったかもしれない。六課には他の班もいたが、各々が別の事件を担当しており、忙しいようである。

「もしかすると、この期間に起きている六感持ちが関わった事件があれば、それも関係するかもしれません」

「それはない」

 そう断言したのは、課長でもありD班の指揮をとっていた三鷹だった。

「今のところ、うちに報告されていてかつ、この対岸の事件が発生してからの六感が関わる事例は報告されていない。他は今までの別の案件だ」

「合奇、この対岸での事件が始まりだって言い切れる根拠は」

 そして相変わらず、乙藤は厳しい点を突いてきた。すごむような目つきに、正義は少し首を竦めてからぐっと背筋を伸ばし、言い張った。

「根拠は、これです」

「それって、特課から貰った……」

「はい、芹沢課長から頂いた資料。その資料の始まりに、何故か対岸での事件が載っていました。情報はうちが持っていたものと同じものです。問題は、」

「何故、『特課がこの事件の資料を渡してきた』のか、か」

 察しの良い三鷹が、眼鏡の奥で目を細めて、ひとつのデータを見つめる。芹沢が田宮と正義に渡して来たという資料の紙データだ。確かに一言一句、自分達が既に持ち合わせていたものと同じもの。それを紙媒体にしただけに過ぎない。だが先ほど三鷹が口にしたように、問題は『特課が持っていた情報』だということである。正義は三鷹の声に沈黙しながら、頷いた。


 もう一度田宮と都外部の病院へと赴いた後、定時にもなり新たな証言も証拠も得られなかったからそのまま直帰となった正義は、車で送っていこうかという田宮の言葉を断った。何故断ったのかはわからない、ただ一人でぼんやりと歩きながら考える時間も必要だと思ったのだ。OS、第六感、特課、共通項は見えているようで見えていない。もしかするとこれは関わってはいけない案件なのかもしれない。

 そんな帰り道の途中で、偶然にも道路に乗る車から声をかけてきたのはあの芹沢だった。都外部から内部へ渡る橋を歩こうか、迷っているところを見ていたらしい。橋は歩いて渡るには遠すぎる。正義は迷った挙句、芹沢の車、助手席にすんなりと乗った。

「なんか、すみません」

「なに、ただ帰り道だっただけさ。電車は嫌い?」

「そういうわけじゃ……ただなんとなく、橋を歩いて渡ったらどれぐらいかかるかなと思っただけです」

「じゃあ、自ら泥沼に落ちずに済んだわけだ」

「泥沼? ここは河じゃないんですか?」

「河の下には土がある、土と河が混ざればそれはもう、泥沼だろう」

 まるで詩人のようなことを言う人だな、と正義は思った。詩人という人種にあったことはないけれど。

「正義くんは、向こうの大学では何学部だった?」

「ええと、主に理系で……脳科学だったりとかを……」

「脳! それは面白いね。それでPDを持ってきたわけだ」

大学では選択科目の中に芸術系統のものもあった、正義が通った大学は大きく様々な学部や学科が入り混じっていたので、そういった人種は一目で分かる。時代錯誤のファッションをしていたり、タトゥーをこれ見よがしに入れていたり、或いは大々的に芸術サークルの活動を行っている者がいた。だが先進国とされている米国だからこそ、あれだけ芸術へ進む者がいたのだ、日本ではまず、ほぼほぼいないだろう。いたとしても海外へ経っているはずだ。そういう『時代』なのだ。特に興味もない正義には、関係のない世界だが。

 そこでようやくはた、と正義は気が付く。どうしてPDのことを彼が知っているのだろう、六課にしか共有されていない機密事項であるはずなのに。

「ん?」

 思わず見てしまった芹沢の横顔が、こちらを向き、正義は慌てて手を動かしながら言い訳を考えた。だが咄嗟に上手い返事が返せず、もどかしくもがきながら、観念したように肩を落として聞いてみた。

「……どうして、知っているんですか。PDのこと」

「そりゃあ特課だもの」

「特課って……、具体的には何をしているんですか」

「単刀直入だね、いいね。嫌いじゃないよ」

 そう笑うと、芹沢は黒い前髪を揺らして顔を横へ向け、正義と視線を合わせた。車はオートで軌道に乗っているのだろう、ハンドルから手を離し、横の窓際に右ひじをついて、芹沢はその手に顎を乗せながら正義と話し始めた。

「何をしていると思う?」

「……これは、俺、僕自身の見解ですけど。視庁が隠そうとしている闇の部分を、担っているんじゃないですか」

「うん、それで?」

「それで……それで……いや、でもユリさんは笑っていたし、それが事実かどうか証拠もありません。けど、芹沢さんは前に、渡してくれましたよね。資料」

「あったね、そんなことも」

「実際、それがきっかけで今捜査が進んでいます」

 それはまるでカフェにいるような感覚。車内には芹沢の飲みかけのコーヒーがカップに入っていて、ほんのりと香りが漂ってくる。車の乗り心地は六課が使うものと少し違っていて、僅かな振動さえも伝わってこない。尋問とも、質疑応答とも違う、何故なら芹沢からは当たり障りのない返答しか返ってこないからだ。

 車は橋を渡り切ろうとしていた、空は曇っていて車内のスピーカーからは『都内部の天気は今週末、荒れるでしょう。雨風と共に突風が吹く地域も――』橋を渡り切る前に、都内部で光るケルヴィンタワーの灯かりを見た。あんな事件があった直後でも、未だに可動しているのだ。

「見に行く?」

「え?」

「今まであった被害者たちの墓だよ」

 正義は、あんなことがあったというのにもう解剖が終わり、遺体たちは処理され墓へと埋葬されたのかと思った。と同時に、何故行くのか、芹沢との先ほどの質問は終わっていない。その答えが、ついていけば何か分かるのかもしれないと思い、いつの間にか頷いていた。


 都内部の沿岸部に属する、墓地へとやってきた。そこは日本の墓というよりかは外国のそれに似ていて、十字架であったり日本の墓石だったりがごちゃ混ぜになっている。芹沢は意気揚々としながら中へと進んでいく。時には名も書かれていない墓石を、正義は芹沢の後を追いながら眺めていた。すると芹沢が言う。

「ここにはね、反六感主義者、六感持ち、様々な人が同じ地に葬られる。身元が分からない人間は、都外部へ。そうでないが事件に関与した死者は、みんなここへ辿り着く」

「事件の……被害者が……」

「正義くんはあれ、霊感とかある類の人種?」

「いいえ、全く」

「そうか」

 なら大丈夫だろう、とまるでピクニックにでもきたかのような鼻歌まじりの芹沢は、墓石の一部の名前を読みながら何かを探しているようだ。同じようにして墓の名前を辿っていく。すると、あった、という声と共に指さされた一つの墓石を見た。

「これが沿岸部で亡くなった女性だ。そんで、反対側のが男性の。えーと、次の事件は……」

「恋人殺人のあれですか」

「そうそう! 笹木グレッグ、ほら」

 次に指をさされたのは沿岸部女性の隣にある墓石だ。英語で名前と日付が書かれている。芹沢は次から次へと、正義が担当する事件の被害者欄を読み上げるが如く、死んだ人間の墓石を読み上げて言った。その足取りは決して重くはないが軽やかでもない、淡々としており、正義はただただこの下に被害者たちが眠っている、いやこの場合死んでいることを思うと少し、ぞっとした。

「今度死んだおじいちゃんもここに入るんだろうね」

「おじいちゃん……?」

「やだな、君らが病院で取り調べをした老人のことだよ」

 まただ。特課はまたしても自分らダイロクが持っている事件の詳細について知っている、それもいち早く。あの老人のことは、ダイロクの中でもD班しか知らないはずだというのに。

「何でもお見通しだよ、特課だからね」

 左手の親指と人差し指でマルを作り、その中から覗くようにして芹沢はふざけながら笑った。ああ、確かに、先輩らが言うようにうちの課長とは合わなさそうな人種だ。正義はそう思いながらも芹沢真という男に惹かれている。だからこそ、こうして気兼ねなく話すことができるのだろう。

「フェアじゃありません」

「ん?」

「この際、特課の立ち位置は置いとくとして、そちらばかりがうちの情報を持っているのは、不平等です。そちらからも何か情報を提供してもらわないと」

「正義君、案外欲張りだねえ」

 というのも、恐らく芹沢は以前渡した資料で等価交換は為されているというのだ。だがそこは正義も譲らない。

「じゃあ一つだけヒントをあげよう。何故、偽物の赤間社長は殺されたのかな?」

 ヒント、『何故、偽物が殺されたのか?』赤間社長と思われていた人物は偽物だと知った上で殺されたのか、それとも本物と間違われて? 取り調べを行たポール・コニックは言った。『あんたらはそれでいいのか』つまり、調べた先には自分達が辿り着いてはいけない執着地点があるのではないだろうか。だがそれが何にせよ、どんな闇にせよ、自分は。

「さ、そろそろ戻ろうか。雨が降ってきそうだしね」

 考えを巡らせることに必死で気が付かなかったが、確かに頭上をゆく雲行きは怪しい。芹沢の言葉に、正義は墓地を後にして再び車の助手席へと乗り込んだ。オートの運転が再開されるまでの時間、芹沢はふと思い出したように肩ひじをつきながら、こう言った。

「ユリちゃんと、仲が良いみたいだね」

「えっ。いや、そんな」

「君の勘は半分当たっている」

「……? それってどういう意味で、」

「彼女の清らかな瞳は全てを見通す。君はその光の前に立つ時もあるだろう。彼女のおかげで、君が生涯の旅路を悟ることを願うよ」

 つまり、やはり、ユリは、特課は第六感の集まりということだろうか。しかし意味深な芹沢の言葉は、的を射ているようで、的外れな回答だ。結局のところ正義は彼の手のひらで踊らされるように、ヒントばかり与えられてはうんうんと唸るしかなかった。

 自動運転が開始された頃には、ぽつりぽつりと、灰色の空から街へと雨が降り始めた頃だった。


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