表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Epcot  作者: 六曲
4/7

Prana

【第四話】


 あの取り調べから一ヶ月が経った。近代暦では五月、春の暦だ。第六感保持者の犯罪者に対して、この国では法的な拘留期間がどこの国よりも長い。通常でも三ヶ月、最長で一年とあるので、いったいどうなることやらとあの日別れ際に、五十棲はぼやいていた。だが、とりあえずPDの発見したプラナと正確な自白により、ダイロク内では一時落着という感じではある。


 その日は、丁度午後から雨が降ってきた。ぽつぽつとした雨粒はすぐに急な雨足となり、雨粒はざあざあと降っていた。この日の正義は、田宮と共に今抱えている事件のデータ整理について話していたところだ。ちなみに多くのデータは地下にある。また、データ管理室とは別に、紙媒体のものが多く残されているらしい。紙の資料はそのほとんどが第四次世界大戦によって散り散りになり、各地方で保管されているとかいないとか。

 二階エントランス、弧状になっており下の入口がよく見え、ガラス窓から陽が入る造りになっている場所を、正義がを田宮と歩いていると、どこからともなく声がかかってきた。


「おはよう」

 それは良く言えばフランク、悪く言えば締まりのない空気を纏った男の声であった。振り返ると、三十代半ばのような男が歩いて向かって来ていた。清潔ではあるがそのワイシャツにネクタイは通されておらず、上着も渋々引っかけてきたように前はボタンが留められていない。男は、つい今しがた起きましたと言わんばかりの欠伸を漏らしていたが、視界に明るい髪色を捉えると、その目はらんと光を見せた。興味深々と首を伸ばしてくるその顔は近くで見るとより若く、二十代と言われてもおかしくはない。黒い髪、黒々とした目の玉がきょろりと覗く。田宮がのんびりとした口調で、男に言った。

「もう正午を回ったところですよ、芹沢さん」

「いやまあ、昨日ちょっと遅くまで飲んでたからさ。僕にとってはおはようの時間だよ。それより、その子が噂の新人くん?」

 尋ねられた田宮が応える間もなく、正義自身が背筋を正す。

「先日付けで六課、三鷹課長の元に配属となりました、合奇正義です」

「うんうん、まさよしくんね。けれどまた微妙な時期に来たな、留年でもした? もしかして……裏口だったりして」

 んなわけないじゃないッスか、と半笑いする田宮と違い、どう反応すれば正しいのか分からず固まる正義に、芹沢は笑って肩を竦めた。

「ジョークだよ。地下倉庫番の芹沢真(せりざわまこと)です、よろしく」

「はい! よろしくお願いします」

相手の言葉など気にもせず、無邪気な笑顔をみせて芹沢は正義と握手を交わした。地下倉庫番だなんて数字の振られていない課の名称に、そんな係があっただろうかと考えれば「あれも冗談だぞ」と横で田宮が呟いた。

 二階から見えるロビーに人影は少なく、廊下や休憩所で語らうような職員はいない。待合室に飾られた大きな絵画が一枚でここの空間を取り持つような威厳を醸し出しているだけ。

「じゃあいまやもう、田宮くんはれっきとした先輩ってわけだ」

「こいつが来なくても、鈴久保がいますから元々先輩ではありますよ」

「そういえばそうだね。あ、そうだ、鈴ちゃんは元気? 最近会わないから、もし会ったら今度みんなで夜ご飯でも――」

 と、夕食の誘いを芹沢が口にしたところだった。それを遮るタイミングを見計らったかのように、コツ、コツと静かにヒールの踵が成す音と共に誰かが奥の通路からやって来る。

「こちらにいらしたんですか」

 落ち着いた品のある声が静かな辺りに響く。奥の通路から現れたのは秘書然とした女性。タイトなスカートに内巻きの柔らかい髪型、正義が女性だと気付くと同時に、正義の好奇心はその時点で既に芹沢ではなく、彼女に向いていたのかもしれない。彼女は田宮へ挨拶と軽い会釈をすると、初めて見る正義の顔にも静かな笑みを向けた。

 芹沢真の隣に寄り添うよう立ち止まると、何か言いたげな彼女を差し置いて芹沢が言った。

「こちら六課の新人、正義くん。こちらはうちのデータ管理兼秘書、ユリちゃん。二人とも仲良くしてね」

 まるで転校してきた小学生と、その上級生のようだ。だが彼女が「宜しくお願い致します。特殊任務取締課のユリと申します」と言ってきたので正義は慌てて手を差し出し握手を交わした。白い手袋をはめている彼女の手はそれでも細くしなやかで、正義は芹沢が「そういえば」とユリにここへ来た理由を問わなければ、そのまま握りっぱなしであったかもしれない。

「僕を探していたの? こっちも何か事件?」

「いいえ、調査書に不備が見られたのでご報告をと」

「……明日でもいい?」

「私は構いません。半年分の事務費がボスの給与から差し引かれてしまうだけですので」

「よしすぐ戻ろう」

その言葉に踵を返し、それじゃあまたと反対方向へ歩きだす直前、芹沢がああ、と声をもらす。

「そういえば六課の案件に関わるデータ、うちも持っていたよね。ユリちゃんそちらに差し上げて。その一番手前のやつ」

ユリ、という女性は令嬢のように恭しい動作だった。薄い布生地の上からでもわかる細い指先がデータの束から一枚抜き取り、田宮の端末へと差し出す。

「どうぞ」

 華の香りが漂う、慣れているのか田宮はどうも、と頭を下げて平常にそれを受け取りながら礼を言うだけだったが、正義はその匂いにすら過敏になっていた。

「じゃあ、三鷹くんによろしく。それと、捜査頑張ってね」

 最後に芹沢の声が、正義と田宮に降りかかり、ユリの軽い会釈が終わると二人はその場から去っていった。


 管理室は今やデータ化されたものばかりだ。パソコン、インターネット、今や古いものと化されているものが百年前まではそれが最先端だったのだから、不思議なものだ。初期にパソコンとして出された分厚く幅のとる画面は、今や一枚のパッドまでの薄さになり、それ一つでどんなものも保存可能、操作も可能なのだ。管理室にはもちろん視庁官のみ入ることのできるよう、IDとロックがかかっているが、二人はそれを通過できるカードを手帳に入れている。中へ入ると、自動で電気が付き、入口近くから図書室のような棚が簡素に並べられていた。奥にはそれらを立体化やマッピング化して見れるよう、広々とした空間に幾つかの椅子と大きな机が一つ。

 米国でも見慣れているだろう正義は、とりあえずと田宮が参考に棚から引っ張り出したデータを見せながら雑談を交わす。正義はふと、先ほど初めて目にした二人を話題に出していた。

「芹沢さんって面白い人ですね。ええと特殊……」

「あの人の言うことは冗談半分に聞いとけー。あと、あそこのあだ名は特課な」

「そうなんですか」

「あの人、うちの課長と同期らしいんだけどさ」

 へえ、と頭の中で三鷹と芹沢を並べる。あまりに違いすぎる。

「そりが合わないっつーか。ほら、如何にもタイプが真逆じゃん、お堅い三鷹課長にあの芹沢部長。それに課長は六課設立するのに何年もかかったのに、芹沢さんの特課はすぐ申請が降りたっていうし。上にコネでもあるんだろうけど、まあ色々あって、二人は犬猿の仲だって話」

「……そういう上層部との癒着を無くすための新しい組織が、保安視庁じゃなかったんでしたっけ」

「名前だけだよ、どこもそんなもんだろ」

 田宮は、先ほどユリから渡されたデータ情報に目を通しながら相槌を打つ。後をついていく正義は、遠くに想いを馳せているぼんやりとした顔をしていた。

「ユリさんって……なんていうかこう、雰囲気まで整ってるっていうんですか?清楚というか、お嬢さまというか、ああいう人のことを大和撫子って言うんだろうな」

 直接、正義と彼女との間でこれといった言葉は交わさなかった。だが正義の頭の中には『ユリ』と呼ばれた女性の瞳、栗色の髪、手袋に包まれた指先、花の香りがこびりついて離れない。去り際に見せたあの流し目が自分を見ていたのだと思うと、浮足立って仕方がなかった。


 雨は一向に止むことはなかった。それどころか酷くなっている気がする、正義は蒸し暑い日本の気候にシャツをぱたぱたと煽ぐ。

「もう日本に四季は無いって、本当ですね」

 旧暦でも近代暦でも春であったはずの現在、五月上旬ですら蒸し暑さが酷い。米国ですらここまではいかなかったというのに、と正義は愚痴をこぼす。隣にいた五十棲が正義の格好を見て、苦い顔をした。

「ねぇーよ、もうお前も半袖でいろよ。見ててこっちがあっちぃんだわ」

「まさか、ここまでとは思わなかったんで」

「まあ上着脱げるだけでもいいわな。ところで、河川敷のガイシャはどうした?」

「ああ……それが……」

 都外部の病院に入院しているホームレス、腫れや特殊な後遺症は残らなかったものの、病院側からは未だに面会謝絶とされているらしい。

「もう少し様子見ってとこか」

「そうなりますね」

 五十棲が唸り、サングラスの隙間から見える眉間に皺が寄るのが見えた。彼が見ているのは自分が担当していた、一か月前の事件についての書類一覧だった。証拠に供述、PDから見ても平澤が犯人であり第六感持ちであることに間違いはない、それでも何かおかしい点でも感じているのだろうか。長年の勘、というやつなのか。

 ここ一ヶ月の間に、六課の人数はそろりそろりと減っていった。正義のいるD班のみ、一人も減らず持ちこたえている状態だ。課長である三鷹が仕方がないとは言っていたものの、減らす原因となるPDを持ち込んできた正義自身は少々堪えていた。空席になった部分を見つめていると、不安にも似た気持ちが沸き上がってくる。自分は六課の荷物になっているのでは、憧れの三鷹課長の元についたと浮かれすぎていたのかもしれない。

「あんまり考えすぎんなよ」

 まるで心の中を読んだかのように、五十棲が資料を漁りながら言った。勿論、その言葉の相手は正義しかいない。

「入りたてなんてそんなもんだ。ごちゃごちゃ考えてる暇がありゃあ、落ち込んでねぇでさっさと次に移れ」

「五十棲さん……」

 五十棲が新人に喝を入れているところで突然、連絡が入った。仕事用に配られた端末機器から出る、着信音だ。五十棲が腰のポケットからそれを取り出し、タップして耳に当てた。

「はい、五十棲。お疲れ……ああ、おう……またか。……ああ、今は合奇と、奥に田宮がいる。そっちは? ……そうか、わかった直ぐに向かう」

 その口調からして新たな事件のようだ、それも六感絡みの。正義は慌ててスーツの上着を着直そうとしたが、五十棲が通話しながら手のひらを見せて「やめろ」のポーズをとったので、上着は置いていくことにした。先輩の言うことは聞くものだと。

「田宮ぁ! 集合命令だ! 行くぞ!」

 奥で茶菓子をつついていた田宮は、その怒号にも近い呼びかけで、口に菓子を加えながら顔を見せて、げんなりとした表情で頷いてみせた。


 現場はエプコット都内部、中央区で起こっていた。そのため現場につくまでそう時間はかからず、送られてきた資料にもロクに目も通せないと五十棲はぼやいている。

 中央区といえば比較的、富のある豊かな人間が住んでいるイメージがあると正義は言ったが、まさにその通りだ。現場は中央区にあるビル十五階から十六階と、広々と改装されたマンションだった。入口には勿論セキュリティシステムもあり、警備員こそいないが見上げるほど高いタワーマンションは警備のシステムの質も良いはずだ。上へあがるまでのエレベーターの中で、五十棲は「また殺人だと」と、簡単にデータを眺めてため息をついていた。この間担当したばかりだというのに、とでも言いたげだ。

 事件現場は、それは悲惨という一言では片付けられないようなものに見えた。少なくとも、現場慣れしていない正義にとっては。田宮がデータの資料をスワイプしながら言う。

「データによると、昨夜二十二時から富裕層の集まるパーティが開かれてたらしいッスね。ヤクでもない……酒でも乱交でもない、ただのパーティで酔ったヤツが被害者を切りつけたとかッスかね」

「馬鹿。そんな簡単な理由で人が殺されてたまるかよ」

「でも記録には不審者は一人も出入りしなかったし、警報機も視庁への連絡も無かったみたいッスよ」

「じゃあなんで今朝分かったってんだ」

「匿名で通報があったらしくて。それも録音データありますけど、今や変声器が当たり前ですし……発信源も良く分かってませんね。ただ、この近くだってことで近所の人間じゃないかとは思うんスけど」

 玄関は広々としており、中は洋風の作りとなっている。玄関からそのまま靴を脱ぐこともなく、ホールへ続く扉が見えた。ただ、殺人現場とは思えないほど綺麗で、モデルハウスのような新品さであった。それもそのはず、玄関には二体の家事用アンドロイドが立っている。清掃から料理までほぼ彼らがやったのだろう。今回の事件も発信先はアンドロイドだったらしい。ただ、その両方が破損しており、挨拶もロクにできず音声も出ない、最低限の機能は見せているものの、今後は以前のように決められた仕事はこなせないだろう。

 ずかずかと入っていく五十棲の少し後ろで、田宮はアンドロイドに目もくれずデータを読み上げていく。正義はアンドロイドの破損した部位、人間でいうこめかみに当たる部分をしげしげと眺めていた。血は出ずとも痛々しいものだ。中まで執拗にえぐれ、人口皮膚で覆われていた機械の内部が見えている。

「ガイシャはパーティに参加していた人間全員。といっても十人っすね」

「十も殺せば立派な殺人鬼だ」

「全員が起業家だったり、業界じゃそれなりに名の通った有名人みたいッスよ」

「顔は……見てもわかんねぇか。おい正義、見てみろ」

 見てみろとはいったい、そう思いながらも正義は言われるがまま、先輩の指示に従った。五十棲は先に、扉を開けて正面左にあるグランドピアノの近くにおり、その下にあるシートを被された遺体の傍で中を覗き込んでいる。正義も言われた通りに中を見てみれば、うっと自然に表情がしかめっ面になり、口を閉じた。遺体は何十か所も、鋭利なもので顔面から首元まで切りつけられている。とはいえ、静脈には至らなかったのか出血は酷くなく、むしろ胸に突き刺さったナイフが気になった。

「ま、致命傷はこの胸の一刺しだな」

「こんだけいて、誰も通報すらしなかったってのもおかしな話っスけどね」

 田宮はホールをぐるりと見渡した。パーティの最中そのままを現場保存してあり、まさに今さっきまでやっていましたと言わんばかりのテーブル上に乗ったビュッフェ形式の食べ物達。シャンパングラスは何個か倒れ、食器はいくつか地面へ落ちている。だが真っ先に目に留まるのはそこではない。その広いホールの中で、遺体にかけられるシートがそこら中にあるということだ。


「………これ、見てください」

 一つ捲った先で、正義は真剣な表情で食い入るようにそれを見つめていた。それは嫌悪なのか、怒りなのか、わからないがなんとも言えない表情であるのは確かだ。その一つの遺体は、他と変わらない状態で体中に傷がついている。ただ一つだけ、顔面の皮が剥がされている事以外は。筋肉がむき出しになったその顔面は、到底見れたものではなく、瞼ですら剥がされているため目の玉がぎょろりと上を向いている。田宮はちらりと見ただけで、おえっと言いながら顔を背けていた。正義の横にしゃがみ込んだ五十棲は、相変わらずのしかめっ面で遺体を上から下へと眺めている。

「こいつだけか」

「はい、他も一応確認しましたが、剥がされているのはこの男性だけです」

「名前は……」

 と五十棲が何か特徴になるものを探そうとしたときに、口を挟んだのは後ろで立っている田宮だった。

「アミラ・ベント・ユーセフ」

「何だ、知り合いか?」

「違いますよ……言ったでしょ、その界隈だと有名なお偉いさん方のパーティだって。有名なITベンチャーの理事長ですよ。さっき見た資料にありました、体格といいそのドレスといい、間違いないと思います。まあ、鑑定結果次第ですけど」

「んで? なんでアミラは皮を剥がされた?」

「さあ……ああ、でもこのパーティの主催者が彼女ッスね。他にも月一でよくこういったパーティは開いてたみたいッス」

「ふぅん、好きだねぇ富豪は。パーティってもんが」

 アミラ・ビント・ユーセフ。その名の通り女性だ、緑色のドレスに身を包み、いかにもといった豪華なアクセサリーが指や首にかかっている。色黒の肌だがその苗字の通り日系なのか、黄色がかっているのが、手足の色から把握できた。横たわった体はお世辞にも標準体型とは言えない、いわゆるふくよかな体型で、倒れた際に巻き込まれたのかピアノの椅子も横になっていた。


 ところで、現場には犬が三頭いた。先ほどまで現場を嗅ぎまわっていたが、今はもう玄関先のアンドロイドの傍に寄りそうようにしてお座りしている。白と黒と茶のボルゾイだ。この犬に関して資料は『純血種、海外ブリーダーからの輸入』とあるだけで詳細はない。主人が亡くなった今、彼らにとって一番身近なものはアンドロイドなのだろうか。


「なぁ、その犬」

 突然話しかけてきたのは、意外にも田宮であった。五十棲は右奥にあるキッチンを調べている。加害者の痕跡を探しているのだろう。田宮はボルゾイを犬と呼んで、その目の前にしゃがみ込んだ。

「爪先、見てみ」

「爪?」

「ほら、血だ。それもこいつらは傷一つ付いてない、つまり犬のじゃない」

「そりゃあ、現場にいたなら人の血ぐらい踏むんじゃ……」

「って思うだろ? ならこれはどうだ?」

 そう言って、田宮が次に示したのはそのボルゾイの爪の間に挟まった肉片らしきものだった。正義は、まさかと先輩が半ばふざけているかのように複雑な笑みを浮かべる。

「口の中……は流石に見れないか、でも食ったわけじゃなさそうだな」

 三頭のボルゾイの口周りは綺麗そのもの、人の血など舐めてすらいないだろう事は見て取れる。

「まさか、犬が犯人って思ってるんですか?」

「ボルゾイって犬種は賢いんだよ。もしこいつらが危機に侵されたとして、そんで主人とやらがきちんとしつけを出来ていなかったとしたら、牙を向いてもおかしくはない。どうよ」

「犬が人を殺すだなんて。小説じゃあるまいし、有り得ませんよ」

「有り得ようとなかろうと、可能性を考えてくんだよ」

 まためんどくさそうな事件だ、とぼやきながら田宮はボルゾイの前足を下ろしてやり、背伸びをしながら立ち上がった。なんやかんや言いながらも六課に選ばれただけはある、正義は心の中で思いながら田宮の後ろ姿を見ていた。面倒だなんだのと口にはしているが、見ているものは見ているのだ。そう思うとこの班に選ばれた自分も、また誇らしく思えた。

「それじゃあ……犬の六感も調べてみますか?」

「はあ?」

「あ、ええと正確には出ないと思うんですけど多少なら。向こうでは大型の動物か、人間に近しい種類でしか試してないんですけど、一応。俺の出来る事って言ったらこれぐらいなんで」

「へぇー、なんだよ、先輩の俺に対抗心燃やしたってことか」

 からかう口調で田宮は笑った。だが「燃やせ燃やせ、そのほうがオレの仕事が減る」と促した。田宮が五十棲の了承は得ておくというので、正義は急いでまたマンションを降り、車の中に閉まってあるジュラルミンケースを取りに戻った。それにしても広く、清潔なマンションである。だが視庁が集まり何か事件が起きているとわかるにも関わらず、住民たちは誰一人として野次馬には来なかった。ただ念の為、以前のようにマスコミがいる事を配慮し、正義は裏口から車へと向かった。


 一方でキッチンに広いリビング、現場調査をしていた五十棲は難しい顔のままだった。理由は一つ、被害者全員が真っ白な経歴ではなかったからだ。キッチンに置いてある食べ物、冷蔵庫の中にある市販品はほとんどが輸入品。輸入品といえば今や大変に規制がかかっており、国内でも僅か、米国以外の輸入品はほとんど手に入らないものばかり。だというのにこの家にはそれが山の様にある、宝の山といっても過言ではないだろう。IT企業の理事長様とはいえ、ここまで手に入るものなのか? 五十棲の中には疑念が生まれる。そして被害者全員も、何度もこのパーティという名の何かの集まりには何度も出席していた事が、監視カメラの映像とID記録で分かった。その繋がりからして、彼らは何かしらの関係者であることに間違いない。

 二階にある寝床を物色していると、奇妙なものを見つけた。それはタンスの上に置いてあった便せん、このご時世に手紙だなんて風流なのか富豪の嗜みなのかはわからないが、問題なのはその見た目と中身だった。五十棲は調査用の手袋のまま、そっとそれを手に取る。一見茶色の地をした封筒に青い簡素なシールが貼ってあるだけに見える、だがそのシールが問題だ。

「なんか見っかりました?」

「これだよ」

「ああ……それって……」

「だろ。反六感主義者が使うシンボルマークだ」

 まだ公にはされていない事実。だが六課の中でも事件に関わった一握りの者だけがその存在を知っている。それは前回関わった、あの風俗店で起こった殺人事件でも見つかった証拠品の中にもあった。茶封筒に貼られているのはシールなのか、紋様なのか、スタンプなのかわからないその素材は未だに謎であるが、四角い形をした中に描かれているそれは、見ていて気分の悪くなる抽象的な絵のような、文字のような……。また青というのがより一層不気味にすら、五十棲には思えた。食べ物でも青色は食欲が失せるというが、そういった感覚はこんなものにまで反映するのだろうか。

「じゃあ今回のパーティってのは」

「反六感主義者の集まりだったんだろうよ。きっとガイシャの持ち物にも似たようなものがあるはずだ、探すぞ」

 五十棲が二階から一階へと降りていくのを見、田宮は来たばかりの寝室を見回す。一人で寝るには大きなベッド、その正面には大きなスクリーン、ベッドの横にはテーブルの上に最新版の液晶番組表が。窓辺には様々な陶器の置物が置いてあり、クローゼットは部屋に二つ、それも全てに衣服がぎっちりと詰まっていた。典型的な金持ち像を露わにした部屋だ。置物のある場所とは対角線上となっている窓を見ると、十六階から見えるエプコットが見下ろせる。だが窓はきっちりと閉まっている上、防犯上エラーが起こらなければ人も通れないほどしか開けられないと、壁の横に表示がある。

「田宮ぁ! 正義が戻ったぞ!」

 怒鳴りつけるような先輩からの声に、ういっすと間延びした返事を返し、田宮は亡き主の寝室を去った。



「ほぉ、犬ねぇ」

「反六感主義者のパーティですか……」


 五十棲と正義は互いに自分の持つ情報を話し終え、両者の情報と自分の持つ情報とをどう一致させるかで考え込んでいた。二頭のボルゾイは相変わらず、玄関先に立ったアンドロイドのその横で眠り込んでいる。田宮が新しく資料を追加させながら、思い出したようにデータ越しに口を開く。

「あー、それと、キッチンを見たイソさんなら分かると思うんスけど。主催者の立川は企業の理事以外にも、ちょっと違法行為に走ってましたね」

「輸入品だろ、あんだけありゃぁな」

「輸入品が違法なんですか?」

「ここはな、規定された国間での取引、それか制限内での輸入品なら手に入んだよ」

「けど立川は、その内の希少価値がある輸入物資を裏ルートで独占していたみたいなんだよ。パーティの招待客にはそれを売ってたっぽいッスね」

「なんでお前がその裏ルートのことを知ってんだよ」

 淡々と話している田宮に、すかさず五十棲が待ったをかける。一人で調査しているときに見つけたとすれば、ならば一体どの部屋で、と正義も口を挟もうとしたときだった。

「今朝、というか昼ッスね。芹沢さんに会いまして」

 芹沢という言葉に、五十棲は思い当たる節があったのか口が閉じられる、良い顔はしなかった。正義はその秘書である彼女を思い浮かべていた。

「その時、秘書さんから事件データもらってたんスよ。まあ、ここに繋がってるとは思わなかったんですけど」

「ちっ、この案件には特課も関わってやがったのか……」

「……あの、特課って具体的にどういった課なんですか?」

 何も知らない自分だけが後ろめたいような気持ちで、正義がおずおずと二人に問う。一瞬、場に張りつめられたような緊張感のようなものが走ったのを、正義は感じた。五十棲はガリガリと後ろ頭をかき、ため息をついたので、代わりにと田宮が言う。


「俺たちには関係のない仕事だよ」


 たった一言、一文だけで終わらせてしまうと、二人は面倒な顔をしてボルゾイをアンドロイドから離れさせる作業に取り掛かった。噛まれては困ると分厚い軍手をしながら、大きなその毛だらけの塊を移動させるのにはだいぶ時間がかかったが、何度か吠えられはしたものの頭皮にパッチを付けるところまでは無事完了した。さてこれからだ、というのに正義は納得がいかなかった。『関係のない仕事』それは来たばかりの自分にはまだ教えてもらえないものなのだろうか、それとも本当に関係がないのか、しかしだとすればもっと念入りに言う必要があるのではないだろうか。特課が関わっているという事実だけでも、五十棲があんな顔をするというのは一体――。

「おい、始めろよ! ぼさっとすんな! こっちは暴れねぇか噛まれねぇかで大変なんだよ!」

 一頭めは黒いぶちの入った、雌のボルゾイだった。先輩からの怒号にすみませんと頭を下げ、正義はジュラルミンケースの中で開いたパッドを操作していく。今は特課のことは忘れよう、そう思った瞬間に思い浮かぶのはユリの笑みで、正義はパンッと大きく両頬を叩いた。

「よし、数値正常、問題なし……始めます」


 他の人間が現場調査と保存している中、PDテストは始まった。遺体が散乱している中で不謹慎だという目もあれば、それどころじゃないと自分の仕事に集中しきっている者もいる。これだけ知らない人間に囲まれるのは、犬にとってはストレスだろうと、正義はリビングにある大きなソファへボルゾイをリードした。田宮はというと、残りの二頭にリードを付けて待機させている。五十棲は軍手のまま、半ば嫌そうにボルゾイと正義を真正面から向き合わせるように顔を向かせていたが、そのうちにボルゾイはソファにうつ伏せになってしまった。リラックスしているのか、疲れたのか。

「まず簡単な質問でテストします。……えーと、昨日食べたものは肉?」

 するとすぐにパッドの画面には答えがたたた、と走るように撃ち込まれる。「肉だそうです」パッドを見られない二人の代わりに、正義が答えを音読した。

「贅沢な野郎だ」

「それと、いつものドッグフードを半々。アンドロイドから毎日もらう食事みたいですね」

 すると何かの単語に反応したのか、テスト中のボルゾイがアンドロイドを振り返る。寂しそうに、まるで主人を求めるかのように喉の奥で鳴いた。

「何て?」

「あー……あの人……アンドロイド達と一緒にいたいみたいです」

「悪かったな、俺で」

 ぶっきらぼうに悪態をつきながら、五十棲が田宮に一体のアンドロイドをこちらへ寄越すよう指示した。男性型のアンドロイドは、先ほどこの家に入った瞬間正義が目にした、こめかみのえぐれているアンドロイドだ。田宮が視庁の権限でアンドロイドへの命令を下すと、それはぎこちない動きでソファへ近づいてきた。音声の元となる部分が破損しているため、声は出ない。その上動きもガタが来ているのか、細かな所作が出来なくなっているが、それでもアンドロイドはボルゾイに求められるがまま、その背中を撫でてやった。

「これでいいかな? じゃあ、簡単な質問だ。昨日、知らない人がここにやってきたかい?」

 答えはノーだった。田宮と五十棲が顔を見合わせる。

「じゃあ、ここで倒れている人たちは知り合いかな?」

 次の答えはイエス。

「うーん、ご主人を……傷つけたのは知り合いの中にいる?」

 その答えはノー。というところで五十棲が痺れを切らしたように、アンドロイドの後ろから怒号を飛ばした。

「さっさと聞きゃいいだろ、ガイシャ殺したのは誰かって!」

「動物実験は難しいんです、イエスかノーかで判断できる質問じゃないとはっきりこちらで認識できないんですよ」

「あー……くそ……」

「でも、それなら二択に絞れる質問すりゃいいんだろ?」

 と言うのはリードを持っている田宮だ。まるで簡単な事じゃないかとでもいうように首を傾げている。

「その二択で、犯人に当たるまでが遠いんだろうが」

「あの、お二人共。あんまり喋られるとこの子の集中が切れてしまうので……」


 そこで五十棲が現場検証中の一人に話しかけられ、新たなデータを受け取った。それは被害者全員が切りつけられているものが、犬の爪痕のようなものであること。そして犬の毛が混じっていること。爪痕が一致するのも時間の問題であることだった。

「その犬、腹は減ってるか?」

 正義が丁寧に尋ねたところ、お腹は空いているという答えが返って来た。それもそうだろう、昨夜ここで事件が起こったとして、アンドロイドまで傷つけられているのならボルゾイたちに食事を与えることすらままならなかったのだから。検証中の人間が、持ち運び式の簡単なエコーで胃の中を見てみたが、胃の中また糞尿に人間の肉や皮らしきものは見当たらず、本人、いや本犬たちが嫌がるのを承知で歯周も頬の肉を持ち上げて見てみたものの、人肉やそれに似たものは見当たらなかった。

 仕方がないので、正義がキッチンにあるドッグフードと水を、それぞれの専用のエサ入れに移してやると、三頭はがっついてそれを食べ始めた。よほど腹をすかしていたのだろう。アンドロイドは破損された後、彼らにエサを与える機能も停止していたらしい。

 その後、残りの二頭にも同じ質問をしてみたが、プラナは相変わらず同じ返答しか返さなかった。だが一つ、最後に聞いた茶色の雌だけが不思議な答えをしたという。

「あなた達はまだなのね」

 それは質問に対してのイエスかノーではなかった。正義も、初めての事例に目を見開いて何度も読み返す。暗号化しているとはいえ、自分から発信してくる例など見た事も聞いた事もなかったからだ。しかし、「どういう意味?」と聞いた所で茶色のボルゾイはうんともすんとも言わなくなった。


 ボルゾイの取り調べという異様な事象も終わり、五十棲はそれまでの持ちよった証拠やデータをまとめながら発言する。

「反六感主義者の集まりに違法な取引や売買。やっぱり容疑者はロク持ちか……?」

「反六感主義って言えば……あのヤマっすよね」

「風俗店のだろ。あれもガイシャがそうだったな」

「なら犯人は、外部からの犯行って考えるのが筋ッスけど」

「でも内部に紛れて潜入したとも考えられるますよ」

 割って入ったのは正義だ。おお、といって五十棲と田宮が新人の発言に目を光らせる。

「いいぞ、続けろ」

「はい。言った通りなんですけど、まず安心してここに入るには厳重な警備をくぐり抜けてかつ招待状を持ってないといけません。となると、招待されたうちの一人だった可能性があります」

「成る程、ガイシャと容疑者は元から知り合いだったと」

「はい。所謂、計画殺人ですね。それと、今までここに来たことのない人間で、初参加だったはずです。あの犬が知り合いではないと発信していたので。けれどパーティなら刺殺以外にもやり方はあったと思って……そこがいまいち納得できないというか……」

「よし、今の推測も報告書にまとめといてやる」

 田宮や正義と比べれば遅いものの、五十棲の軽快な指先がたたんたたんと機器をタップしてスワイプしていく。

 二つの事件の関連性を見つけた三人は、とりあえず今日のところの現場調査は以上で終了ということで見切りをつけた。データは今まで三人が述べた推測や事実を含め、またPDでの結果も含めて課長である三鷹へ送られる。

 だが立て続けに起こったとはいえ、片方は犯人が既に捕まっている。そのため今あるデータだけでは関連性についての判断がしかねない状況にあった。これもまだ時間がかかりそうだと、田宮が隣でため息をついていた。


 三人は現場から一旦引き上げるよう要請がかかったため、その場を離れてまた下に止めてある移動車へ乗り込んでいた。運転席には田宮、助手席には正義、後部座席にはデータを整理しながら腕組みをする五十棲が座り込み、まだ発進せずに会話を交わしていた。

「警備のデータに異常はなし。この家の中のデータも、アンドロイドにバックアップされてたわけだが、それも抜き取られてぶっ壊されちまってる……」

「犯人、相当用心深いッスね。めんどくせー」

 最後の発言に対して、馬鹿、と後ろにいる五十棲から頭を叩かれる田宮は、それでも憂鬱な表情をやめなかった。しかしそれとは真逆に、真剣に考え込んでいる男がいた。正義だ。五十棲がそれに気づき、正義へと声をかける。

「なんだ、考え事か? 悩みか?」

「……いえ」

 とは言ったものの、正義の中ではある疑念が一つ燻っていた。一か月前尋問を要した第六の容疑者が発した言葉、『可哀想な人だ』。そして今回のボルゾイの言葉『あなた達はまだなのね』。それがどうして引っかかるのか、またどういったかの繋がりは見えてこない。だが二人の言葉が、英数字の羅列が、頭の隅でもやがかっているのを、正義はぬぐい切ることができなかった。車のエンジンがかかり、緩やかな音と振動で車が動いたのがわかり、慌ててシートベルトを着用する。そこでふと、正義は気が付いた。

「そういえば五十棲さん、こないだの取り調べの時、僕たち以外にも来てたって話ですけど」

 結局それが誰だったのか、五十棲は未だに話をしていないことに自分でも気が付いたように、ああといった顔をした。

「特課のヤツだよ」

 ぶっきらぼうな返事からして、あまり突っ込まない方が良いとは知りつつも正義は聞きたい性分でたまらなかった。ちらりと横を見ると田宮は素知らぬ顔だし、詳しく話してくれる様子はない。だがその代わりに、そういえばと田宮がハンドルを持ちながらにやついた顔で言った。

「こいつ、特課の秘書に惚れたんすよ」

「なんだあ? 高嶺の花にぞっこんかぁ?」

「ち、違いますよ! ユリさんはそういうんじゃ」

 慌てて撤回しながら頭を振る正義とは対照的に、後部座席で座っている五十棲は嫌に冷静だった。

「まぁ特課にはなるべく関わんじゃねぇぞ」

 今朝から聞く単語『特課』いったいそれが何を表しているのか。先ほど聞いた時はすんなりとはぐらかされてしまったため、もう二度と聞く事はないだろうと思っていたが、ひょんなところで五十棲が仕方なく説明をしてくれた。

「昔の特捜と似たようなもんだ。あいつらの仕事の場合、そうだな……特殊っつーか、まあ、この組織内にいればそのうち分かる。悪い意味でも良い意味でも、な」

「ユリさんはその……特課の一員なんですよね。っていうことは、芹沢さんは……」

「なんだよ、もう会ってんじゃねぇか。そうだよ、その芹沢課長こそ『特殊任務取取り扱い課』……だっけな、取締だったかな。とりあえず特課っつー名称がなじんでるから本当の名前なんて覚えてねぇや。芹沢課長は、そこの最高責任者だ」

 最高責任者、その言葉に、今朝はなんだか思った以上の大物と出会ってしまったのでは、と正義は、芹沢のあの屈託のない笑顔を思い出していた。

「そんな課があるなんて、向こうの授業や研修中は記載も知らされもしていませんけど」

「当たり前だろ、主にお偉いさん方の護衛やら国家機密やら、そういったケースを扱う課なんだから、表には出せねぇんだよ」

「なんだか、スパイ映画とか……それこそ特殊任務ですね」

「一部のやつらに言わせりゃ、ゲノム格差ってやつだな」

 ポケットから取り出した禁煙パイポを吸って、五十棲は細長い息を吹き出す。

「どういう意味ですか?」

「まんまだよ、特課はこの組織で唯一、第六感持ちを集めた特別集団だ」

「集団? 何十人いるんです?」

「さあ、噂じゃあ二十にも満たない少数精鋭だって聞いてっけど、全員が揃ったのを見たわけじゃねぇし……。お前さっきから質問ばっかだけど、俺は大先輩なんだからな、おい」

 また三鷹がいる第六課へと戻るため走る車の中では、後部座席の五十棲が前の二人をいじりながら、視庁へと向かう路線の流れに乗っていた。



 視庁建物の正面入り口は二重構造となり自動ドアが張られている。だが中へと入る前から目に入るのは、真正面の位置に待合室があり、そこにかけられている大きな絵画だ。待合室なのだから当然ソファとローテーブルが談話室さながら並べられているが、この時間帯には当たり前のように人気(ひとけ)はない。その絵画は網目のように白、黒、緑がキャンバスの上で複雑に絡み合う線、滴り散らかるように描かれており、その作品に作家のサインはない。その場所だけが視庁という空間から切り取られたように、まるで人のいない美術館であった。その真上にある通りを横切る、一組の男女がいた。

「合奇正義」

 芹沢真の頭に一人の青年が浮かぶ。その真っ直ぐな瞳、きっちりとしたスーツ姿、ジュラルミンケース。中には数多もの事件ケースが保存されたデータの入る機械が入っているのだろう。そして大国アメリカの先端技術も、同じように。

「プラナを受信し、第六感との間に割り込んでくる技術……彼らはその最新科学とやらで何がしたいのかな」

 真の独り言に秘書であるユリは何も言わない、ただ後ろについて歩き、変わりなく口元だけで笑むのみだった。曇り空が段々と夜に近づいてくる、外がまんべんなく見えるガラスで出来た一面の廊下には夕陽が照ることもなく、視庁の庭では緑の芝がさらさらと風になびいていた。

「……とはいえ、物事が完全になるにつれて、善い事にも悪い事にも自分で気づくものさ」

 その言葉に、ふ、と薄い唇に細めた目でユリが微笑んだ。その姿はいつものようにそこにあり、しかし彼女もまた非日常から切り取られた一部の芸術のように佇むのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ