第9話 侵入者です、兄さん。
まだ暗い時間。
ドタッ、という音で私は目を覚ました。
「何!?」
本当にシーナが来たの?
と窓を見れば、閉めたはずの窓は開かれていて、月明かりが差し込んでいる。その下に目を移すと、黒いものに巻き付かれた髪の長い物体が。月の明かりで、驚いたような顔をしているのが見える。
「なんだお前か」
ノアだった。
私は布団に包まりまた寝た。
●●
目覚めは最悪だった。なぜかノアが窓の下で結界に引っかかって転がってたから。
黒い紐のようなもので縛られて、身動きは取れない。私の魔力なんだけど、なんだろう……変な背徳感があるのが怖い。
暴れられると困るな、と思って手足に力が入らなくなる仕掛けと大声をあげられないように口を塞ぐ仕掛けをしておいたのがいけなかったのか、ノアは顔を赤くしてぐったりと床に転がっていた。えっろ。
だんだん推しのイメージが崩れていく気がする。
「なんでお前がかかるんだよ……」
わ。“ローズ”ではない話し方が出てしまった。小さい声だから聴こえてないよね?ね?
「なぜ、君がここにいるのかな。大きな声はあげないで。じゃなきゃ君の頭を弄って苦痛と共に人格も何もかもを壊してあげる」
すらっとこんな言葉が出てきた自分が怖い。それにそんなことどうやってするのかわからないけど。闇の魔法ならできそうじゃない?
ほら、よかったみたい。間に受けたのかノアは必死にコクコク頷いてる。
口を塞ぐものだけ取ると、目で話せと促す。
「し、シーナさんが。おかしなことを言っていたので。念の為、と思って来たんです。窓から覗くだけのつもりが、す、滑ってしまって……」
なんだドジじゃないか、かわいいな。
「おかしなこと?」
「はい。隠しルート、だとか私の嫁?だとか……。以前からシーナさんは貴女を付け回していたので、心配で」
いや、なんでノアに心配されてるの、私。いつフラグ立ったの?
ていうか何?隠しルート?私の嫁?隠しルートはゲームのことだとしても、嫁?シーナって、女だよね?中身は男、とか?それはないか。男ならアレクにあんな顔できない。そっちの趣味がない限り。
隠しルート、か。新しい攻略対象がいるってことだよね。それは知らなかった。
「へぇ……。で、何か言うことは?」
「女性の部屋へ入り込むなんてことをしてすみませんでした。許してください」
「ローズ?誰かいるのか?入るぞ?」
床に魔力で縛られて転がったまま謝罪するノア。その近くでしゃがみ込み、ノアを覗く私。開く部屋の扉。顔を覗かせる兄さん。
「……ろ、ろ、ろ……」
目をまん丸くしてこの光景を見た兄さんがおかしな言葉を発する。
待って、なんて言えばいいのこれは。
「ローズが。イケナイ道にぃ……っ!?」
大きな声を上げそうになった兄さんに向かって慌てて魔法を使い、口を塞がせてもらった。危ない危ない。
そのまま繋がった魔力の帯で兄さんを部屋の中に引き込むと、扉を閉める。
「兄さん、ごめん。大っきな声は近所迷惑」
「ぷはっ。説明しろ。どういうことだ」
流石光属性の魔法の使い手。簡単に口を塞いでいたものを引き離すと、私に詰め寄った。
「私は悪くない。侵入者はこいつ」
「すみません。侵入者です」
「はぁ?」
ま、その反応が普通だよね。
●●
ノアの拘束を解き、3人で向き合う。私はベッドへ座り、ノアは1つだけある椅子に。兄さんは立ちっぱなし。
「君がローズの部屋へ忍び込んだ結果、ローズの結界に引っかかり夜を過ごすことになった、と。これでいいんだな?」
ノアは夜からいたらしい。私が一度起きた、って言ってるけど覚えてない。ノアを見て、そのまま寝たって。そんなことある?嘘でしょ。
「いや、忍び込んではいないんですって。滑ってしまって」
「ああ、言い訳はいい。結果はどうだ?部屋の中にいることに変わりはない。だろ?」
その通りだけど。
兄さんは私を心配して言ってくれてる、って判断していいの?嫌われてない?
ゲームの断罪シーンの兄さんの顔がなぜだか思い出せてきた。
『お前は最初から妹なんかじゃない!闇の魔法を使う、穢れたバケモノだっ!』
私は、前世があってこの世界へ転生してきた。だけど、この世界でただのローズとして過ごしてきた日々もあるわけで。兄さんのことは家族として大好きだし、嫌われたくない。
もしバッドエンドになったら、この兄さんからあの突き放す言葉と共に、嫌なものを見る目で見られるようになるんだ。
それは、嫌、だな。
まだ挽回できるのなら、嫌われずに済むのなら。何だってする。
「すみませんでした。僕も考え無しでした」
「わかればいい。……ローズ?どうした?」
下を向いて黙っていた私に兄さんが気がつく。
「兄さん……私、まだ、兄さんに嫌われてない……?」
顔を上げずに、そう聞く。
ノアの前でこんなことを言うのは少し躊躇いがあったけど、聞かずにはいられなかった。
「まだ……?いや、嫌いじゃないけど……。どうしたんだ、いきなり」
兄さんが私の隣に座る。ゆっくりと兄さんを見上げ、言葉を紡ぐ。
「だって、私……シーナに、酷いこと言った。兄さんは、シーナに何かあったら守ってやるから、って言ってたし……注意されたのに私、私……」
ご両親を亡くして外から来てるんだから、優しくしてやれよ、って兄さんには言われていた。
それを聞かずにローズはアレクを取られまいと、たくさんのことを言った。
「もう、謝ったんだろ?もう、言ってないんだろ?まあこれからどうなるかわからないけど、今の段階では嫌う理由は無いな」
「本当?」
嫌われて無い。
まだ、だけど。今は嫌われて無い。
ああ、良かった……!
「だって妹だぞ?しばらく会えなかったとはいえ、妹なんだぞ?なんで嫌うんだよ」
「それは……シーナに、酷いこと言ったし……」
「なんだローズは俺が、妹よりシーナを優先して考えると思ってるのか?ローズが言ったのは、ローズとアレクは婚約してるって知ってるのにシーナがアレクの側で女性としてあり得ない距離にいたから、だろ?貴族の女達の方がもっと怖いことするぞ」
兄さんはシーナを好きじゃないの?兄さんは攻略対象なんじゃ?
まだ中盤だからなのかな。
「良かった。私、もうしないから。もう、アレクはどうでもいいの。もう何もしない。だから、だから……嫌いにならないで……?」
兄さんに嫌われたくない。長く一緒に居たアレクには嫌われてしまったけど、兄さんは家族だ。味方でいてほしいというのが本音。たとえ前世の記憶があったとしても、兄さんは王都にいることが多いとしても。家族として“ローズ”が過ごした時間は嘘じゃないのだから。
「うっ……もちろん。大丈夫、嫌いになんてならないよ。もしなるとしたら、ローズが人の道を踏み外した時、だ。それでも戻ろうと努力するのなら、俺はローズを嫌わない。だって、たった1人の可愛い妹なんだから。な?」
ぎゅ、と私の体を抱きしめながらあやすように背中をポンポンと軽く叩いてくる兄さん。
精神は肉体に釣られる、っていうのは本当なのかもしれない。まだ15歳の女の子のように、その行為が優しく、嬉しく感じた。
「……なんて拷問だ。本当に反省してるので帰っていいですか?」
たとえ人前だとしても。
「二度とくんな。そうだ、俺も結界張っておこう。対魔物用のエグいやつを。これで安心だな、ローズ。ローズは俺が守ってやるから」
「王国騎士が妹溺愛……それを目の前で見せつけられる僕……」
●●
ノアはその後窓から出て行った。
私は兄さんにべったり纏わり付かれ、1日を過ごした。
疲れた。
そんなつもりは無かったのにノアが変人化していきます。
ブクマ、評価ありがとうございます!!