第1話 転生したようです。
「私は、ただっ!話していただけで!」
「ただ話していた?そうは見えなかったのだけど。顔を赤くして。わかってる?アレクは、私の将来の旦那様。将来とは言え人の旦那様を取る趣味があるなんて、君は最低だね」
私の方が長く一緒にいたのに。なんで、なんで?なんであんな顔してこの子と話してた?ねぇアレク、なんでこの子なの?
「違うの!私は────」
パシッ。
頰を叩く。驚いた顔をして、私を見る。ああ、いい気味。
まん丸に開かれた瞳にだんだんと涙が溜まっていく。
羨ましい。この後【走ってこの場から離れた私は、曲がり角でアレクとぶつかってしまう。泣いている私をアレクは慰めてくれた】んだから。
「え?」
「……え?」
突然頭の中に浮かんだ光景。まるで私がこの子になっていたみたいに。
叩いた状態で固まる私を、涙を流しながらさっきとは違う意味で驚いた顔をしてこの子は見ている。
「ローズちゃん……」
“ローズ”。私の名前。
そして、アレク。
この場所。
目の前にいる女の子。
「やだ……最悪」
ここは、乙女ゲームの世界だ。
●●
『イージーなラブゲーム』
くそみたいな名前の乙女ゲームを私がやろうと思った理由は、イラストが好みだったから。それだけの理由。題名とは違い中身は結構面白くて、よくある王子と恋愛とか学園のイケメンと恋愛とかじゃなく、小さな村での恋愛モノ。
大まかな流れはこう。
ヒロインは両親を流行病で亡くし、教会で同じような境遇の子と暮らしている。シスターはヒロインの年齢が高いことを理由に、早く出て行けというようなことをしょっちゅう言っていた。
そんな彼女は1人で街の外へ行く。シスターに言われた薬草を採りに行くため。その時に人攫いに攫われる。そしてこれは、シスターが仕組んだことだと人攫い達の言葉からわかってしまう。
人攫い達から酷い扱いを受けていたヒロインは、一緒に捕まっていた男の子を連れ、魔法を使って逃げ出す。
なんとか逃げ切れたのは良かったけど、逃げた場所が森の中。迷う内にどんどん奥へ入り込んでしまう。途方に暮れていた2人を助けたのが、攻略対象の1人の騎士。騎士は近くの王国で働いているけれど、生まれた村に帰る所だった。
騎士に連れられ村へやってきた2人。街へ戻ってもシスターは自分を良くは思わない。ヒロインはこの村で暮らすことになる。
攻略対象は4人いて、村長の息子、助けてくれた騎士、一緒に逃げた男の子、村を訪れた旅人の息子。
好きな人と順調に行ければいいんだけど、そうはいかないのが乙女ゲーム。
村長の息子には幼馴染みの女の子がいる。将来は、結婚することにもなっている幼馴染みが。名前を、ローズ。その子が悪役となってヒロインの邪魔をする。
ローズにはお兄さんがいて、そのお兄さんが助けてくれた騎士。
そしてこのゲームは魔法のある異世界が舞台。ヒロインの使う魔法は風。この風を使って人攫いたちから逃げ出した。
ローズが使うのは闇。ヒロインに過去の傷を抉るような夢や幻覚を見せたり、変な錯覚を起こさせたりする。
最後はローズのお兄さんが使う光の魔法で、ローズは闇の魔法を封じられ、村の隅に一生閉じ込められることになる。
ヒロインは攻略したキャラと結ばれ、幸せに暮らす。
面白いことには面白かった。
どの攻略対象もイケメンで好みだったし、ヒロインも可愛い。
悪役の子もイケメンだったけど。ヒロインは金髪のサラサラとした長い髪の女の子らしい可愛い子なのに対し、悪役の子は銀髪の髪を肩の辺りまで伸ばした中性的なカッコいい子。話し方も見た目通りの話し方で、最初に見た時は攻略対象だ、って思ってしまった。
ただ、最後の終わりが急ぎ足すぎて私は物足りなさを感じた。何か、違う。みたいな。
やり込んだゲームの1つではある。
●●
私はローズ。どう見ても、ローズ。
肩まで伸びた銀髪の髪にキリッとした黄色の瞳。中性的な顔立ち。ローズ、薔薇の要素はどこにもないけどこの場所では薔薇は薔薇であって他の呼び方は遠い他国へ行かないとない。だからローズには薔薇の意味はない。
お母さんの大事にしている鏡をそっと元の場所へ戻して、たった今思い出したことを考える。
私はローズ。だけど“前世”の記憶がある。
前世の私は26歳独身OL。そろそろ結婚しなさい、なんて母親がうるさく言ってきても恋愛なんてする気もなく、趣味に時間を費やす日々を送っていた。
今いる世界の乙女ゲームとは違う乙女ゲームを終わらせた数日後、信号無視の車に撥ねられてからの記憶がない。たぶん、それで前世の私は死んだんだと思う。
そして今に至る。
「たくさんやった内の1つなのに……なんでこれ」
しかも悪役。
なんで、さっき思い出したんだろう。今までの記憶はある。どう思い出しても物語は中盤で、ローズの悪役としての立ち位置は決まってしまっている。
「どうしよう」
このまま行けばローズは残りの人生を村の隅にある薄暗い岩の小屋で過ごすことになる。
「駄目、そんなの」
だったら村を追い出された方がマシ。
これからでも挽回するのは間に合うかな。
恋愛をする気はない。そんなので人生台無しにしたくないし。せっかく魔法のある世界に生まれたんだから……魔法。
「使える、んだよね」
やだ、これから結構慎重にならないといけないのに楽しくなってきた。だって魔法。
ローズの使う魔法は闇。作品で使われていたのはヒロインの心の傷を抉るような酷い魔法で、幻覚だとかまさしく闇、って感じの魔法だった。まだ使ってはいないけど。でも今ならわかる。もっと他に使い道があるってこと。ローズの魔力量はだいぶ多い。大きな魔法とか使えそう。
「だ、駄目。楽しんでる場合じゃない。これからどうするか、だよ」
そうだった。楽しんでる場合じゃない。
「ローズ?何してるの?」
「お母さん!」
部屋の中で立ち尽くしている娘を見たら心配するのは当たり前か。
「アレクくん、来てるよ。あの子……そう、シーナちゃん連れて」
「え」
それを聞いた私は急いで玄関へ行く。小さい家だし、すぐに着く。
「ローズ!シーナから聞いた。お前、」
「違うの、アレクくん!ごめんね、ローズちゃん。ローズちゃんがいなくなった後、アレクくんが来て……それに私、言われたばかりなのにアレクくんと……こんなルートあった……?」
最後までは良く聞こえなかった。
シーナはヒロインの名前。
金髪のサラサラとした髪を背中まで伸ばした、可愛らしい女の子。大きなピンク色のくりくりとした瞳が可愛らしさを引き立てている。
「違くないだろ!泣いてたじゃないか!ローズお前、俺が誰と居ようが勝手だろ!シーナに文句言うなら俺に言えよ!」
「違うの、私がいけないの。ローズちゃんは、正しいことを言っただけなの」
「シーナは偉いな、でも我慢しなくていいんだぞ?」
今までの感じからしてアレクルートで進んでるんだろうな。どうぞ、謝りますアレクなんて譲りますなので私をこのまま普通に過ごさせて。
「アレクくん……」
見つめ合う2人を見る私。どうしろと。
「いちゃつくなら他所でやってくれるかな。家の前で他人の恋愛模様なんて見たくないのだけど」
普通に今までのことを謝ればよかったのに何やってるんだ、私。前世でもなぜだか他人のこういうシーンを見てしまうことが多かった。あいつらなんで人の前で普通にいちゃつき始めるんだ、恥じらいはないのか。
それにツッコむのが普通だった私が今つっこまないのは無理な話で。
「いっ、いちゃついてなんて!……この場合どうしたらルート戻せるの……?」
「何?はっきり言ってくれないかな。いいよ、好きにしな。アレクも君のこと気に入ってるみたいだし、いいんじゃないかな」
さっきからなんなんだろう、この子。ボソボソって聞こえにくいことを言う。悪口?受けて立つよ。……駄目駄目、悪役から抜け出さないといけないんだから。
「わかった。好きにさせてもらう。シーナ、行くぞ」
「えっ、待ってアレクくん!私まだローズちゃんと話したいことが……」
シーナの腕を引き、この場から立ち去ろうとするアレク。だけどすぐに振り向く。シーナの言うことを聞いたからかな?
「あと。もうこれ以上シーナに対して何かするんだったら、父さんにも言ってお前との結婚は無しにするから」
なんだそんなことか……。
シーナに許してもらって、村の隅で過ごさなくちゃいけなくなる未来が回避できるならそれでいいです。
それに悪役の目線に立つからわかる。好かれていない立場だからわかる。
アレクはイケメンだけど、自分勝手な所が多くて俺様系。ヒロインの立場ならいいかもしれない。でも私はヒロインじゃない。周囲の人間。ヒロインの恋愛を眺めている者。つまりは、その自分勝手な所に振り回されなくてはいけない者ということ。
「わかった。そうして」
「嫌だよな、だったらもうやめ……って、え?いいのか、お前。あんなに……」
この村しか世界を知らなかったから、今まではアレクの奥さん、つまり次期村長の妻という立場がとても魅力的に見えていた。 小さい頃から一緒に成長してきたアレクのことも大好きで、横から入ってきたシーナが嫌いだった。
だけど今は前世の記憶がある。この世界はもっと広くて、この村が全てじゃない。
いいかも。この村を出て、この異世界を旅する。色んな所を見て回って、地球との違いを感じてみたい。
「うん……いいな。この村を出る、っていうのも。そうだ兄さんに連れて行ってもらって……」
「ろ、ローズ?なんでいきなりニヤニヤしながら話始めて……」
そうだった。この場には私以外の人がいたんだった。
「いや、なんでも。あとさっきのは私からおじさんに言えばいい?それともアレクが話す?」
「えっ本気……か?」
「本気も何も。今までのことは謝ります。ごめんなさい。これから邪魔はしないから。2人で幸せになって」
こんなことで許されるかな。まだ口で言ってるだけだったし……許してください。
「ローズ、ちゃん?私が、いけないんだよね。アレクくんとは話さないから……ごめんね」
許されませんよね。
当たり前か。今までのことを考えても、いきなり私がアレクを諦めるとは思えないし。
どうすればこの悪役バッドエンドは回避できますか?
村での乙女ゲームなんてあるか