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橋へ①

おばさんが空を見上げて耳をすませる。また飛行機が迫ってきていないということを確かめると、改めてこちらに向き直った。


「2人とも、携帯の電波はどうなっている?」


「ダメです、圏外になってます」


「そう……うちもよ。でも、どこかで電波を拾えるかもしれないから、ひとまずは無事だって事をショートメッセージかメールでお父さん達に送っておいてもらえる?」


その言葉に従い、2人宛に「芽衣と一緒にいます。2人とも無事です。久坂さんと皐月橋の下へ避難します」とメールを送る。送信できませんでしたとエラーが返ってきたが、繋がった時に向こうに送られるだろう。芽衣にも同じ内容のものを作ってもらい、見てもらえる確率を高めた。


「メールが届かなくて入れ違いになったら困るから、この家に書き置きも残しておいてね。それと、クッションや座布団を借りてもいいかしら?できれば多めに」


懐中電灯をつけて、芽衣には言われた通り玄関に書き置きを残してもらい、俺はリビングにあったクッションをいくつか持ってくる。クッションを受け取ると、おばさんは触って厚みと反発性を確かめてみせた。


「途中、崩壊した所を移動するかもしれないから防災頭巾の代用としてこれで頭を守って移動しましょう」


「お母さん、いつもの車は?」


「道の状態がわからない以上、私の軽じゃどこかで立ち往生する可能性があるわ。それに的が大きくなるし、近くに人がいるってバレてしまうかも。不便だけど自分の足で移動ね」


頭の上にクッションを構える。今度こそ、支度が整った。ドアを半開きにして音と目視で飛行機がいない事を確認し、俺達は家を後にした。もう、住み慣れたここには戻れないであろうということを考えながら。


◇◆◇


走る、走る、走るーー


倒壊した塀があちこちで道を埋めている。赤く、黒く燃える家屋が火の粉を散らして崩れていくのを横目で見つつ、前へと向かって足を運ぶ。誰かの息が上がってきたらまだ無事な塀を見つけては影に隠れて休憩をし、息を整えてはまた進む。


何も建物だけではない。俺達みたいに無事で済まなかった人もたくさん見かけた。その多くは、名前こそ知らないが同じ町に暮らしている顔を知っている人達だ。


疑問を浮かべたまま、あるいは苦悶の表情で息絶えていた。頭がない人もいたし、下半身が残っていなかったり、黒焦げになっていた人もいた。


まだ生きている人も見かけた。片足が千切れ、全身にガラスがつき刺さり、もう力尽きそうなのか苦痛を弱々しく訴える声の主に対して、一般人である俺たちにはどうする事もできず、置き去りにする他になかった。


焦げた肉と、血潮の匂いは鼻に染み付き、呪詛のようにすら感じた声は耳に留まる。ただただ、無力であった。気がつけば泣きながら走っていた。俺だけではない。芽衣も、愛莉も、おばさんだって泣いていた。


途中から、橋を目指して走っているのか、この光景から一刻も早く逃げ出したいのかが分からなくなった。それでも足を止めてはいけない。止まるわけにはいかなかった。


……ゥヴーーヴゥゥ……


心臓が跳ね上がる。

聞こえた。聞こえてしまった。


夕方に聞こえた時よりもハッキリとしたサイレンが、この町を支配する。辺りを見渡し、空に対して遮蔽物がある、建物の残骸を探す。幸いにも、すぐ近くに半壊したコンビニがあったので俺達は急いで駆け込んだ。


「ヒイッ!」


店に入ると、暗い物陰、散乱した商品の中で店員さんが泣きながら壁に背を向けて縮こまっていた。多少怪我はしているみたいだが、五体満足の人間だ。家を出てからようやく生存者に出会えた。


「怖がらせてごめんなさい、一緒に隠れさせていただいてもいいですか?」


俺達を代表しておばさんがそう尋ねると、敵意がないと判断したのか、それとも生きた人間を見ることができたことからか、少し落ち着いたようであった。「あ、ああ……」と返事をしてくれたのでお礼を言って身を潜まさせてもらう。


「一体なんだってこんな事に……なぁ、何か知らないか?それともこれは悪い夢だって誰か言ってくれないか?」


接客する態度ではなく、一個人として店員さんが話しかけてくるが、俺が首を横に振ると彼は力なく項垂れた。


「あの、こんな時ですけど買い物してもいいですか?」


愛莉が尋ねる。足元にはまだ無事な商品も多く転がっていた。橋まではあと少しで、確かにここで物資を補充することができればとても助かる場面であった。


「ああ、うん……こんな状況で金もらっても意味ないし持ってけ持ってけ。助け合いの精神ってことで、10割引だ」


まぁ俺はただのバイトなんだけどな、と店員さんが力なく笑う。流石にそう言うわけにもいかないので、大体の金額を予測してレジ台の無事だった所に置いた。


ともあれ、移動の妨げにならない程度なので微々たるものかもしれないが、保存のできる食料と生活用品を追加で得ることができた。


ふとたてかけてあった壊れかけの時計を見る。19時22分を指しているそれは、今の時刻ではない。空襲の始まった時間であった。おそらくは爆撃を受けた時の余波で壊れたのだろう。多分、この町に暮らしていた人にとっては到底忘れることのできない時刻だろう。目に焼き付いたかのように、時計から目を離した後も尾を引いた。


「……来るわね。皆、身を隠して防御体制をとって」


飛行機の、羽根が空を裂く音が聞こえてくる。何をもってこちらを判別しているのかがわからない以上、音を立てるのも憚られた。


いったいどれだけの間身を潜ませていただろうか。ここにきて思い出したかのように疲れが訴えかけてきて、眠気が来る。うつら、うつらとしていると店員さんが話しかけてくる。


「外を走ってきたんだろ?疲れてるんだったら寝てな。何かあったら起こしてやるから……と言っても、この状態で何かあるならば爆撃食らったとかになるから伝える暇もないかもな」


「ははは……なんですかそれ。それじゃ、ダメじゃないですか」


「気を張りすぎるなって事だ。こんな状況とはいえ、休めるときに休まないとな。兄ちゃん一人男って事で張り切る気持ちは、わかるけどな」


そういって親指で後ろを指差す。どうやら芽衣達は先に意識を手放したようで、険しい表情で瞼を閉じてはいるが、静かな寝息が聞こえてきた。


「俺は他人だし、信用ならないかもしれないが。まぁでも、俺にだってプライドはある。兄さんに誓って手出しはしないから、休め」


そこで緊張の糸が途切れてしまったのだろう。再びやってきた睡魔の波に俺の意識はそのままのまれていったのだった。

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