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空襲

俺がリビングに戻ると、2人は大きな明かりで照らされたことに多少ホッとした様子であったが、大元の明かりが未だ落ちていることからすぐに不安げな顔つきになった。


「ついでに外を覗き見てきたけど、ここら一帯が停電してるみたいだった」


「そうなの……ねぇ、ちょっと家まで行ってもいい?お母さん、心配してると思うし」


断る必要がない。こういった非常時には大人、とりわけよく知っている人と行動できる方が、俺達子供としてはありがたいからだ。


「わかった。芽衣、行くぞ」


「う、うん……」


返事をするものの、ちょっともじもじしている様子から愛莉は何か感じ取ったみたいだった。


「哲哉、ちょっと懐中電灯借りるね。お母さんと合流したらまた戻ってくるからさ」


そういうなり、もう一本あった懐中電灯を手に愛莉は家から出ていった。


「芽衣、どうした?大丈夫か?」


「ご、ごめんテツ兄……トイレについてきてもらっても、良い?」


小さな声ですごく恥ずかしそうにそう告白する。どうやら催したらしい。わかった、と了承すると手を差し出してくる。どうやら連れて行って欲しいようだ。扉の前まで連れて行くと慌てて駆け込む。


「勝手にどっか行かないでね……あ、でも音は聞かないで、お願い!」


「わかったわかった。扉にもたれて耳塞いで待っててやるから、終わったらノックしてくれ」


ドア越しにそんなやりとりをし、よほど切羽詰まっていたのかすぐに衣摺れ音が聞こえてきたので、慌てて両手で耳を塞ぎ扉の前で座り込む。暗闇の中、股座に置いた懐中電灯からの光だけが家の中を映し出す。普段見慣れている筈の家の中なのに、音もなく、光源がないとこうも恐ろしい別世界に見えるものなのか。


手が塞がっている以上何もできないので、ただボサッとしていた時だった。突然、大きく地面が揺れた。それも一度ではなく、立て続けに何度もだ。


地震ではないだろう。流石にこの危機的な状況で耳が聴こえないのはマズイので、心の中で芽衣に謝りつつ耳から手を離した。


後ろから聞こえる芽衣の悲鳴をかき消すように、まず聴こえてきたのは近くを飛行機が飛んでいくような、そんな音であった。それが通り過ぎ、暫くしてから爆発音と地鳴りとが連続して響く。そして、そんな音に紛れて、今日何度も耳にしたあの耳障りなサイレンの音が聞こえてきた。


何が起きているのか、判断が状況に追いつかなかった。追いつかなかったが、「とにかくここにいてもヤバい。逃げないといけない」という事だけはなんとか理解した。


非常事態なのでなりふり構わずトイレのドアを開ける。芽衣は下ろした服を直そうともせず、耳を塞いで目をぎゅっと閉じ、ずっと悲鳴をあげていた。どうも恐怖からパニックに陥っているようだった。自分自身も気が狂いそうではあったが、兄として守ってやらなければと自分を奮い立たせる。


終わってはいたようだったので後処理をし、なんとか立ち上がらせる。下ろしていた服を戻し、胴に手を回して歩くように促しつつ、反対の肩へと扉の前に立てかけておいた非常用バッグを背負いこむ。


芽衣を連れて玄関に辿り着いたところで、再び飛行機の様な音が大きくなってきた。落ち着かせる様に、もしくは自分が落ち着きたいが為に、芽衣を力強く抱きしめて息を殺す。暫くしてから、地響きと爆発音。


ここでようやく、頭が追いついてきた。飛行機の音と、爆発。そしてサイレンの音。


「空襲……爆撃?」


今現在、この町は空襲を受けている最中であった。


◇◆◇


何度目かの飛行機の音が小さく、遠くなっていくのを確認して、止めていた息を吐く。ひとまずは被害から逃れられたようだ。


「テツ兄、苦しい……」


芽衣もパニックから立ち直ったらしい。悲鳴をあげすぎたせいか、少し枯れた声で俺に苦言を漏らしたので、腕の中から解放すると、少しむせていた。持ち物から水を取り出して飲ませる。


「いったい、何が起きているの?」


やっと絞り出せたような、妹の不安げな質問。むしろ俺が聞きたいくらいだ。つい先程までなんの変哲も無い、しごく当たり前の日々を過ごしていた筈だ。……いや、一点訂正しよう。今日の放課後から、明らかに異常な出来事があったではないか。


遠くまで響き渡るサイレンの音。かつて、これから空襲がくるから備えるようにと空襲警報として使われていたのだという。日本史でしっかりと学んでいるのだが、しかし、とっくの昔に過ぎ去った事だと認識してしまい、今の今まで、結びつけることができなかったのだ。


これのどこが歴史が好きだ。知っていてもこんな時活かすことができないのでは、まるで意味がないではないか。


いや、今はこんな自己嫌悪をしている場合ではない。いつまた飛行機が戻ってくるのかわからないのだ。先程まで大丈夫だったからといって、次もまた大丈夫かの保障はない。


「芽衣、家の中にいても危険だ。必要なものだけ持って、すぐに家を出よう」


「えっ、でも……お父さん達は?」


「大人なんだから、きっと大丈夫。それよりも、俺達自身の心配をしないと。芽衣に何かあったら、父さん達はそれこそ悲しむよ」


あまり時間はかけられない。それぞれの財布と携帯、充電バッテリー、芽衣のポーチ、それから冷蔵庫にあった未開封の水を取り出してバッグに突っ込む。再び玄関に立つと、ドアが外から力強く叩かれた。ひっ、と身を竦める芽衣を後ろに庇いつつ、様子を伺う。バン!と音を立てて勢いよくドアが開かれ、強い明かりで照らされる。


「哲哉!芽衣ちゃん!」


そこにいたのは愛莉であった。後ろにはおばさんもいる。知人のひとまずは無事な姿にホッとすると、むこうも同様だったようで良かった、と小さく呟いた。


「電気が消えたからってブレーカーを確認しに玄関にいたお母さんとはすぐに合流できたんだけどさ、またサイレンが聞こえてきて……そしたらお母さん、サッと顔色が変わるの。すぐに明かりを消しなさい!って、凄い剣幕で怒られた」


「『夜のサイレンは空襲警報だ、すぐに明かりを消してじっと耐えなさい』って、私の祖母から嫌という程聞かされてきたからね。明かりがあったら、そこには人がいるって察知されてしまうから」


久坂家は戦時中を経験してきた人の教えがまさしく活かされていた。やはり大人がいると、子供だけでは思い至らない事に経験則でカバーをしてくれる。


「外、見た?だいぶひどい事になっているよ」


暗い表情で愛莉が告げる。いや、まだ見ていないと返すと、少しズレて外が見えるようにしてくれる。


まるで悪い夢を見ているようだった。


空は赤く、黒く染まっていて。


高い建物は、軒並み崩壊か、あるいは火の手を上げながら黒く煙を登らせており。


あちこちで悲鳴と怒号が交差している。


ああ、そうか。これが、地獄なのか。


覚悟を決めて見たはずなのに、堪らず言葉を失っていると、芽衣の息を飲む音が聞こえる。俺の肩越しに同じ光景を見たのであろう。


「2人とも、気持ちはよくわかるけど気をしっかり持ちなさい!」


どれぐらい呆けてしまっていたのだろうか。おばさんから体を揺らされて、諭される。


「気持ちが折れてしまったら、何もできなくなっちゃうから、ね?2人とも大丈夫、怪我もしてないし生きているんだから、いくらでもやっていけるわ」


そうだ。町ははこんな有様ではあるが、俺達は五体満足なのだ。こんな所で、負けていられない。


「でもお母さん、これからどうするの?逃げるって言っても、町中こんな有様なんだよ?」


愛莉からの当然の質問に、おばさんは少し考え込む素振りをする。


「鉄橋なら、家の屋根なんかよりはずっと頑丈な作りの筈よ。火の手が来ても、水の近くだからやり過ごせる確率が高くなりそうね。ここからなら、皐月橋が近いかしら」


これでひとまずの避難場所は決まったのであった。

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