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暗闇

意を決して扉を開けると、美味しそうな香りが鼻を刺激した。リズムよく包丁がまな板を叩く音。


「ただいま」


中へ声をかけると、カチリとコンロを切った音が聞こえ、パタパタとスリッパの音をならせて台所から芽衣が顔を覗かせた。


「テツ兄お帰りー。あっ、愛莉姉こんばんは」


「ありゃ、もうご飯作っちゃってたか。芽衣ちゃんこんばんはー」


芽衣は今ので察したのであろう。一瞬だけこちらに「何考えているんだ」という視線を送り、すぐに何事もなかったように「そうなんですよー、愛莉姉も食べていきますか?」と続けた。


「んー、そうね。こっちでご飯作るつもりだったからお母さんにもうメールしちゃったし、良いかな?何か手伝えることある?」


「大丈夫ですよー。2人も3人もそう変わりませんから。もうすぐ出来上がるので、くつろいでいてください」


ナイスディフェンスだ芽衣。定期的にくる愛莉の腕前は妹もよく知っている。お菓子作りもあわせると、下手をすれば俺よりも被害に遭っているのかもしれない。「でも」と食い下がろうとする愛莉に対して、「ほんとあともう少しですから」と、頑なに台所に入れようとしなかった。


それなら仕方がない、といった様子でリビングに通される愛莉を横目に見つつ、荷物を置きに一度自室に戻る。制服を脱ぎ、ラフな格好になってから再びリビングに行くと、彼女はさっき買った石を並べて、愛しそうに眺めていた。その内の1つを手にとってニヤニヤとしている。なんとなく、リビングには入らずに廊下から眺めていると、彼女はふと視線を上げ、俺と目が合った。あ、固まった。


「……みた?」


おう、と短く返事をすると声にならない声で唸りつつ、広げていた石を片付け始めた。


「別に、そのままでも良いぞ?俺も芽衣も愛莉が石集めるの好きだって知ってるし」


「そうじゃないの!うー、見られた、恥ずかしい……」


そう言うと、モニョモニョとうつむきながら口ごもる。よくわからないが愛莉にとって恥ずかしかったらしい。なんだか悪いことをした気分になったので、居心地の悪さをごまかす為にテレビをつけた。


ーー戦後65年、私達のこれまでの歩みをーー


ーーそれでは、週末の天気です。南からぶ厚目の雲がーー


ーー見てくださいこの新鮮な野菜の数々を!これ、実はーー


面白そうなものになるまでチャンネルを切り変え、最終的にはアイドルが仕切るバラエティの番組に辿り着いた。それから少したち、芽衣からご飯ができたことを告げられたので逃げるように台所に向かう。すでに人数分の皿に盛り付けも終わっており、リビングまで持って行って欲しいとのことだった。


「愛莉姉が最初からご飯を作る気になってやってくるなんて、普段のテツ兄なら何が何でも阻止しそうな事だけど、今日はどうしちゃったの?」


ちらりとリビングの方を様子を伺いながら、小声で芽衣が尋ねてくる。俺の調子が悪かった事を見かねての提案だったから断れなかった、と訳を話すと途端に心配そうな顔つきになる。


「心配すんなって、今は大丈夫だ。ちょっとテストで疲れただけだ。ほれ、お土産」


そう言って、さっき雑貨屋さんで買ったピンバッチを渡す。なおも心配そうではあったが、ピンバッチを受け取ると「あ、可愛い」と笑顔になる。


「駅の近くに新しく出来たお店に寄ってきたんだ。品揃えもよく感じたし、どうかなと思ってさ」


「ありがとう。また今度、連れて行ってね?」


可愛い妹のためだ、いくらでも連れて行ってあげるとも。


料理を持ってリビングに戻ると、流石に愛莉も立ち直っていた。番組を見て憤っている。


「愛莉姉おまたせー!なになに、今どんな状況?」


「今ね、酷いの!ほら、リプレイが来たけどこの芸人さんが走っていくでしょ?」


画面を見ると最近テレビでよく見るようになった芸人が、バラエティのお題にそってスポーツをしている様子が映っていた。


そこへいきなり先輩芸人が飛び出してきて避けられなかった芸人がぶつかる。先輩大激怒。番組そっちのけで説教が始まってしまったではないか。思わずタジタジになる芸人。番組中ですとスタッフが止めに入るも止まらない先輩。ますます縮こまる芸人。するとここでアイドルが駆けつけネタばらし。この一連の流れ、実はドッキリだったのだ。先輩が笑顔で謝り、ホッとする芸人。皆さんも飛び出しにはご注意を、とテロップが流れる。


「理不尽だなぁ」


「ね、酷いでしょ?真面目にやってるのに妨害されて、立場的にやられっぱなしでさ。これじゃ可哀想じゃんか」


今の映像に対する2人の会話を聞きながら、そういえば最近こんな理不尽な番組も少なくなったなぁとどうでもいい事を考えていると、番組は次のコーナーに移ったようだった。


「まあまあ。せっかく芽衣が作ったんだから、冷めないうちにいただこうじゃないか」


「……そうね。あんまり長居しても申し訳ないし。芽衣ちゃん、いただきます」


「はいどうぞ、召し上がれ」


炊きたてのご飯にトマトやナスをふんだんに使った夏野菜カレー、もずくと冷奴、ベーコンとポテトのチーズ焼きが並んだ。「おー、豪勢だねぇ」と、愛莉が笑う。ありがとな、と妹に言うと、ちょっとだけ照れくさそうにする。


「テツ兄達は今日で期末テスト終わり?」


食べ始めてから少ししたらそう尋ねられた。食事中に話すのは行儀が悪いと言われてしまうかもしれないが、うちは食事は楽しく取ろうという方針で、食事中も比較的多く会話をする家庭だ。


「おう。芽衣もだったか?」


確か、前にそんな事を言っていた気がするので聞き返してみる。


「期末はね。受験対策って事で、テストに慣れるよう夏休みまで毎週行われるってさ」


「うへー、力にはなるだろうけどバテちゃうって。どうせそれ考えたのフクちんだわ」


昔を思い出したのか、愛莉は苦い顔で舌を出した。フクちん、とは中学校の時の担任福田先生の事だ。今は愛莉の学年の、学年主任をしている。古風で気難しい先生だと俺たちの頃からずっと言われている。愛莉や雄平は苦手みたいだが、俺とは馬があい、個人的には好きな先生だ。


「もしわからないところがあったら俺や雄平に聞けよ?いくらでも教えてやるから」


「わかった、頼りにしてるよお・に・い・さ、ま?」


「あれれー、おかしいぞー?目の前にいるのに、呼ばれなかった気がするぞー?」


「「ハハッ」」


「鼻で笑われた!?怒っていい?これ怒っていいよね?怒るぞー!」


3人でそんな漫才をしていると、放映されていた番組が突然カラーバーとノイズ音に切り替わった。


「キャー、ってあれ?どうしたの、放送事故?」


芽衣が首を傾げる。故障か、線がちゃんと繋がってないのかもしれない。そう思いテレビに近づこうと席を立とうとしたら、今度は照明が落ちた。突然の暗転に2人が悲鳴をあげる。すぐに携帯を取り出して、カメラ用のライトをオンにして2人を照らし出す。


「2人とも落ち着け。ただブレーカーが落ちただけかもしれない。確認してくるから、ここで待ってて」


「……わかった。早く戻ってきてね?」


愛莉が自分の携帯のライトをつけ、怯えてしまっていた芽衣と手を繋いだのを確認してから、我が家のブレーカーがある玄関まで急ぎ足で行く。明かりを向けると、どうやら落ちてはいない様子だった。戸を開けて外の様子を見ると、街灯も、他の家の明かりも付いていない。地域一帯が停電した様子であった。


事前に通達がなかったから、計画停電ではないだろう。仮に通達漏れだとしても、このライフラインで忙しい時間帯にやる理由が見当たらない。だとするなら、これは突発的な停電なのだろう。思っていたよりも規模が大きかったので、俺は2人の元に戻る前に非常用バッグを持ち出し、懐中電灯に切り替えたのであった。


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