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7月5日

「伏せんか、頭が無くなるぞ!」


直後、轟音と共に近くにあったコンクリートの柱がカケラを残して砕け散った。破片が腕をかすめたようで、じんわりと血が滲んだ。痛い。先程こちらに警告を飛ばした壮年の男性は慎重に空を見上げ、一息ついた。


「……行ったか。あれは、軽装の攻撃機か。うろついているのを見られた以上此処もいつまで持つかわからんな。近くに塹壕になりそうなところはあったか!この辺に詳しいものはいないか!」


いったいなんでこんなことになったのだろうか。何も変わらない、平々凡々な生活を送っていただけだったのに。


◆◇◆


「やっと期末終わったぁー!」


放課後を告げるチャイムがなり、教師が外に出たのを見計らって、俺こと古謝哲哉こじゃてつやは大きく伸びをする。テスト期間という事もあり、今日は部活もない、1日だけの、束の間の自由な夕方だ。


「今日どうするよー?カラオケか、それともゲーセン?本屋もいいな」


「わり、新譜出る日だしCD屋寄りてぇわ」


「オッケ。そういや俺もここんとこ行ってねえわ」


テストの結果を話しあう人達に紛れそんな会話もちらほらと。うむうむ、残りわずかの青春を満喫したまえよ君たち。


「なーに納得したように1人で頷いてるんだよ」


「どーせくだらない事でも考えていたんでしょ」


頭への軽い衝撃とともに容赦のない言葉が浴びせられる。頭をさすりながら見上げると、腕を組んだガタイのいい男と、ショートヘアでいかにもスポーツ少女といった姿の女が呆れたようにこちらを覗き込んでいた。


男の方は近藤雄平こんどうゆうへい、女の方は久坂愛莉くさかあいり、どちらも俺の幼馴染だ。俺はわざとらしく痛がりながら、はたいたであろう愛莉の方を睨みつける。


「くだらないとは失敬な。俺はただ、この一分一秒がかけがえのない青春だから皆で満喫をするべきだと考えていてだな」


「なにそれ、別にあんたが気にすることでもないでしょうに。言われなくても、各々好き勝手に青春を謳歌するわよ」


「だな」


愛莉の言葉に雄平も同意を示す。俺の素晴らしい考えはどうやら一般に普及されてしまっていたらしい。くっ、いずれ「我が青春論」として世に打ち出す予定であったのに!大袈裟にがっくりとして見せると、2人は小さく笑った。


なんて事はない、俺がおどけて見せると、愛莉が窘め、雄平はどっちかの肩を持つ。いつも通りの俺達の関係だ。


「で、この後どうするよ?カラオケにでも行くか?」


雄平がこの後の過ごし方について投げかけてくる。ふむ、所持金的にも申し分ないしカラオケに付き合うのは良いアイディアだ。


「行くのは良いんだけどさ、どーせ混んでるでしょ?時間勿体無いし今日のところは買い物しに行こうよ!」


愛莉は買い物……この場合は小物店か服屋のどっちかだろう。そういえば駅近くに新しいアクセサリーのお店が開いたと女子が会話していたな。愛莉も、そこに行きたいのかもしれない。


「ふむ、割れたな。哲哉、お前はどうしたい?」


雄平が意見を聞いてくる。カラオケか、買い物か、それとも別に候補をあげるか。……今回は、愛莉の案に乗っかっておこう。丁度、入り用があるのだ。


「悪いな雄平、買い物に一票だ。カラオケはまた今度付き合うよ」


そう告げると、雄平は両手を挙げて参ったのポーズをして見せた。


「オーケーわかった降参だ。確かに今日は同じ考えの奴が多いだろうし、そんな中カラオケに行っても歌えない可能性もあるな。俺も買い物に付き合うよ」


「やたっ!実は噂になってるお店があるんだけど、まだ行けてなかったんだよね!」


意見が通り、愛莉はご満悦の様子であった。既にそのお店へと思いを馳せているのであろう、そわそわと落ち着きがない様子になっている。


行き先も決まったことだし、教室にいつまでいても仕方がないので移動を開始する。


人もまばらな下駄箱に差し掛かると、ふと違和感を覚えた。同じものを感じたらしい雄平と愛莉も立ち止まる。


「何か、聞こえないか?」微かにだが、音が聞こえた。


単発的な音ではなく、いくつか重なって長く響いているように感じた。こちらの会話が聞こえていたのか、周りの生徒の数人も耳をすませているようだった。


「サイレン……っぽいか?パトカーや救急車のリズムとは違うように思うが」


「あれ、なんだっけ……そう!甲子園とか始まる時の合図っぽくない?」


自分達の記憶にある近いものを思い浮かべている内に、いつの間にかそのサイレンは聞こえなくなった。なんだったんだろうね、という言葉とともに、各々行動を再開する。


「なんだろうな?なんか、心がざわつく感じの音だったわ」


靴を取り出しながら先程の感想を述べる。


「まぁ、サイレンなんて聞いてて楽しくなるようなことはまずないしな」


「えー、甲子園のはワクワクしない?私だけ?」


好き勝手言いながら校門のところまで来ると、今度は校内放送が入った。内容を聞くと全職員に緊急招集がされているみたいであった。


「これからテストの採点もしないといけないのに、先生も大変だな」


まあ生徒の俺達には関係ないなと、特に気に留めなかった。


◇◆◇


新しくオープンしたということもあってか、お店は活気付いていた。店内は清潔で、ついつい長居してしまいたくなるほど品揃えも豊富であった。大衆むけなのだろう、あまりお金を持っていない我々学生でも手が届く値段設定のようだ。


愛莉は店に着くや否や、商品を入れる小さなカゴを持って自分の眼鏡にかなうものがないかとガラス細工やパワーストーンのコーナーを行ったり来たりしている。


雄平はあまり興味がないようで、とりあえず近くにあったものを持ち上げては少し眺めて戻して、また次のものを取るのを繰り返している。この店のマスコットなのか、猫なのか蛙なのかよくわからないキャラクターの編みぐるみなんかお前は趣味じゃないだろうし、まず買わないだろう。


俺はというと、小洒落たピンバッチが置いてあるコーナーを物色している最中だ。犬、猫、鳥といった動物モチーフのものもあるが、花や木の葉がモチーフのバッチは力を入れているのだろう、特に多かった。

その中の1つ、ユリを象った物を手に取ってみる。適度にデフォルメされているものの、葉脈や花弁のすじまでできうる限り刻まれている、丁寧な作りに思えた。他に並んでいるのと少しずつ差があることから、もしやハンドメイドなのだろうか。


「そちら、気にいられましたか?」


しばらく眺めていたのに気がついたのであろう、店員さんが声をかけてくれる。


「はい。すみません、こんなこと質問してもいいのかわからないんですが、こちらってハンドメイドなんですか?」


「ええ、ピンバッチや編みぐるみに関しては当店スタッフで作っております。何か、気になる点がございましたか?」


「いえ、一つ一つ僅かに差があるなと思いまして。どれも仕事が丁寧で素敵です」


俺がそういうと、店員さんははにかんでみせた。その顔に少しどきりとする。


「ありがとうございます!因みに、あんまりいうと怒られちゃうんですが、今あちらのお客様が手に持っているのが私が作った物ですね」


そう言って小さく指を指す方向を見ると、相変わらずマスコットの編みぐるみとにらめっこをしている雄平がいた。白や黒、茶色といった比較的おとなしめの色で編まれている他のマスコットと違い、どこで取り扱っているのか気になる、ショッキングピンクの毛糸で編まれたそれは、店内でも一際異彩を放っていた。


「すごいですね」


奇抜すぎる故に言葉を失いかけたが、辛うじてそう答えることができた。「ありがとうございます、ピンクだと一層可愛いですよね!」と相変わらずニコニコとしている店員さんだが、この人のセンスは独特な気がする。


「哲哉ー、この中から一つ諦めるなら、どれがいいかな?」


そこに愛莉がやってくる。カゴの中には5点、照明を鈍く反射する商品が入っていた。形状は同じだが、石の種類が違うのだろう。色がバラバラであった。


「いや、普通そこはこの中なら買うものを一つ選ぶところじゃないか?」


さっきされた質問にそう返すと愛莉はニシシと笑う。


「だってどれも気に入ったんだもん!だけど予算的にちょっと足らなくて、泣く泣く一つ諦める事にしたんだよ。さあ、選びたまえ!」


「なんで偉そうなんだか」


カゴの中に目をやり、適当に一つ掴み取る。愛莉が何かを言う前に、近くにいた店員さんにピンバッチ共々お会計をお願いする。「あらあら」と店員さんはどこか微笑ましいものを見たと言った感じで対応してくれた。個別に包んでくれた内の一つを愛莉に渡す。


「ん、これで解決したな」


その一連の流れにポカンとしていた愛莉だったが、ようやく理解したのであろう。あわあわとしだす。


「えっ、ごめんそんなつもりじゃなかった。その……貰っちゃっていいの?」


「この店に連れてきてくれたお礼だよ。男だけだと入りにくいからな」


可愛らしいものが並ぶ、それだけで男にとっては店の敷居が高くなるのだ。初見なら尚更だ。今日は愛莉がいてくれて入れた。


「……ありがとう、この子たちの中で1番大切にする」


そう言って受け取ると、大事なものの様に両手で抱きしめる。普段から俺に対してあたりが強く思われがちな愛莉だが、それは俺や雄平との付き合いが長く遠慮のない関係故であって、本来は可愛らしい女の子なのである。


愛莉の会計が終わって、ふと雄平の方を見るといつの間にやら何かを買ったらしく、大きな袋を持っていた。わずかにピンク色のものが見える……いやまさか、な。


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