逃げて逃げて逃げまくる。………これってかっこいいの……かな?
うふふふふ、ゲラゲラゲラ、シャッシャッシャ。
たくさんの種類の笑い声が聞こえてくる。
こんなにたくさんの声が聞けるなんて、声のワンダーランドだなという思いが
沸き上がってくるが、それも現実逃避の一種なのだろう。
俺は相変わらずうつむいて進み続ける。
夜をほんわり照らす提灯の灯火や、道を大幅に使って陣取っている
屋台の明かりを見らずに、だ。
汗をかくな、劣等感を感じるな。俺はこいつらと同じ「生物」だ。
権限も同じほど与えられているはずだ。
が…………………………
現に俺はこいつらを上の存在と認めてしまっている。
うつむいた顔が上げられなくなってしまっている。
違う違う違う違う違う。
こんなはずじゃなかった。俺はまともな人間になるはずだった。
今の仕事を完璧にこなして、正社員になって、偉くなって、借金を返して……
ドンッッ。
俺は何かにぶつかった。
見上げるとそこにはRPGゲームの定番、豪腕のオークが立っていた。
頭から足まで生えている歴戦を象徴する剛毛は、何も言わずに
俺を威圧してくる。
「あ、あの………ご、ごめんなさ……い……。」
ここで一つ皆に問いを投げ掛けたい。
皆は目の前に日頃やっているゲームのキャラクターが
飛び出てきたら、どうするだろうか?
その答えをお教えしよう。答えはこうだ。
ダーーーーーーーーー。
一目散に逃走。ここまで清々しいことはない。
恐れ、後悔その他もろもろの感情を表す時間はないんだよっ。
だからこれが正解。今の俺にできる最大限の選択なのだ。
だがRPGの神様はファンでもない俺にゲーム界の王道を体験させたいらしい。
「待てぇーーい。小僧ーーーー。」
ドスッドスッドス。一歩一歩が俺には震度5強のように感じられる。
うおぉーーーーーーー。俺はボルトになったつもりで猛ダッシュする。
「どいてくださぃぃ。すいませーーーーん。」
当然言葉は通じない。
しかし、どの世界の住人にも共通認識がある。
颯爽と逃げている俺……ではなく後ろのオークに「怖がる」ということだ。
おかげで俺の前を異世界人達はバタバタと避けていく。
ダダダダダッッッ。 ドスッドスッドスッドス。
ダダダダダッッッ。 ドスッドスッドスッドスッドス。
ダダダダダッッッ。 ドスッドスッドスッドスッドス。
まずいまずいまずい。このままでは追い付かれてしまう。
打開策はないか? そんなものあるならとっくに実行に移している。
さまざまな考えが頭に浮かんでは、無理だとわかり
弾けるように消えていく。
追い付かれるまで、あと3…………2………1…………。
「こっち、こっちで~すよ~。」
不意に横から声が聞こえた。
こっち? どういうことかはわからないが、逃げ道を教えてくれている
ということだろうか?
この状況だ。迷っている暇はない。
俺は声のする方へ体を引き寄せた。
「まだ逃げるかぁぁぁ。小僧ぉぉぉぉ。」
急に向きを変えた俺にオークはその巨体を反応させる。
その顔には怒りの形相が見えていた。
たががぶつかっただけなのに……と思う余裕は与えてくれない。
------こっちこっちー------
--------こっちだよ~-------
------ほらほら、ついておいで~------
俺は、声の鳴る方へひたすら走った。
片手に汗を握り、もう一方に恐怖を握りながら走る姿は、まさに無我夢中だった。
「はぁ、はぁ………はぁ。」
左に曲がり、次は右に曲がり、四方八方に駆け巡る。
迷路のような魔族特区の道は、今の俺にはありがたいものだった。
「はぁ、はぁ、もう、もうだめだぁ。」
どれくらい走っただろうか?
いつの間にかオークはいなくなっていた。
やったー、逃げ切ったぞーという「逃走中」を逃げ切った
嬉しいか嬉しくないかよくわからないタレントのような喜びは、
なぜかわいてこない。
喜ぶのにも、自分に余裕が必用なのだ。
逃げきった俺を、更なる感情が襲う。
それは、ぬぐってもぬぐいきれない「疑問」だ。
逃げるときに聞いたあの声-------
たぶん俺は前にあの声を聞いたことがあると思う。
あの、狐のように悪巧みをするような声、
はて、どこで聞いたことがあるのだろう?
「にっしっしっし。よく逃げられたのぉ。」
伏線回収が早すぎると誰もが思うだろう。
現れたのは狐が人間化したような生き物、すなわち----------
-------獣人だった--------
しかも、一人だけではない。
後ろにはこの狐のとりまきだろうか、猿のような獣人とサイのような獣人が
控えている。
「さぁさぁ、お前さん………今日こそ、全額払ってもらうでぇ~。」
「………いえ、すいません。全額ってのはちょと無理が………」
「あぁん? 今日も払えないやとぉ? そりゃ坊っちゃん、
都合がよすぎるのとちゃいますか?」
知り合いのような会話が続く。そりゃそうだ、俺はこの獣人を知っている。
こいつは世界名、「アルベイヤ」出身の高利貸しや、「狐のヤポン」だ。
貸したお金を返せないなら、地獄の底まで追いかける。
その粘着質ぶりは、ヤポンという間抜けな名前からは想像できないものだった。
「とにかくや、今日返せないなら、こっちもそれなりのことを
させてもらわんといかんのぉ。」
後ろの二人が腕をポキッ、ポキッと鳴らす。
頭はよくなさそうだが、力は俺の十倍はありそうだ。
「すいません、あの……ほんとに、本当に来月までに返しますので、
それまでどうか、どうか………。」
アニメ冒頭で敵キャラにいじめられる貧乏な人間の真似をする。
俺は今全世界で誰よりも雑魚キャラの声優をうまく演じているだろう。
「ふん、わしらはお前さんに謝れっていっとるわけやない。
金返せって言っとるのや。おい、やれ。」
後ろの二人が前に出てくる。だが、俺はこいつに屈服したわけではない。
まだ反抗心は残っている。だからここは--------
---------逃げるしかないよな--------
そう思った俺は、頭を上げて全力ダッシュを決め込む。
今は勝てなくていい。後から勝てばいい。
そのために、「今逃げている」のだ。
後ろで、「逃がすと思っとるのか。」という声が聞こえる。
でも振り返らない。前しか俺は見ていない。
言い訳だ。俺は逃げる言い訳を作っているにすぎない。
そう思う自分を今は否定する。ただひたすらに…………逃げろ。
その先に、希望があるのなら……………。
自分の思ったような展開を書くのが、
こんなにも難しいことだったなんて……。