⑤夫婦の正体
夫婦の正体
わたしたちは、ご夫婦に案内されて、ひと気のない、社の裏へと向かいました。
樫や杉の大木が、うっそうと茂った木立の中は、真っ昼間だというのに、薄暗くひんやりとしています。
樫の太い幹には、ご神木を示すまっ白な紙垂が、ヒラヒラと風にゆれていました。
「まず、お稲荷さまの稲荷という意味なんですがね」
歩きながら、ご主人が説明を始めました。
「これは、稲が成るということでして……もともとお稲荷さまは、農業の神として信仰されていたわけなんですよ」
「ほほう」
夫が、大きくあいづちを打ちます。
「この国では古くから、春が来ると{田の神}が、山から降りて田んぼを守り、秋の収穫後は、山にもどって{山の神}になるという考えがありました。ま、そういうことで、春先になって、人里にあらわれるキツネは、神と同格にみられるようになったのですよ」
ご主人の説明が、さも断言するように聞こえたので、わたしは思わず口をはさんでしまいました。
「と、いうことなら、タヌキも同じではありませんか? 春になったら人里にあらわれますけど」
「まあ。最後まで聞いて下さい」
ムッとしたようにわたしをにらみ、ご主人は続けました。
「お稲荷さまには、ウカノミタマ大神、ウケモチ神、ミケツ神という三柱の神が祭られています。中でもミケツ神は、三びきの狐の神と漢字で書くのです。このことからも、キツネは稲荷大神の使いと、思ってまちがいないんです」
「だけど……」
わたしは、どうにも納得がいきません。それで、またまた口をはさんでしまったのです。
「それは、ひょっとしたら、こじつけかもしれないでしょう。お話をうかがっていますと、神様は、まるでキツネばかりをひいきしてるみたい」
「こじつけですと?」
「ひいきですって?」
ご夫婦は同時に声をあげて、わたしをにらみつけました。
その目つきの鋭さ、異様な妖しさに、わたしたちは思わず、あとずさりしたのです。
「そこまでおっしゃるのなら、なによりの証拠をお見せいたしましょうか?」
口もとにかすかな笑いをうかべながら、二人はジリジリとにじりよってきます。
わたしは、夫の手をぎゅっとにぎりしめました。
ザーッと、つむじ風が舞い上がりました。
木々がうねる音とともに、まだ青い樫の実がパラパラと地面に落ちてきました。白い紙垂が、ひきちぎれんばかりに上下左右にゆれています。
やがて、わたしたちの目の前に、二匹の野ギツネがあらわれました。
大きなキツネと小さなキツネ。
二人は、夫婦の野ギツネだったのです。




