③石段を登って
石段を登って
三十分くらい歩くと、ようやくお稲荷さまの赤い鳥居が見えてきました。
その鳥居、いったいどのくらいあるのやら……。
見当もつかないほどたくさん、見わたす限り続いていました。
とにかく、いっぱいある鳥居をくぐって、長い石段を登らないことには、ご本殿にはたどりつけないということなのでしょう。
「なんてこった! 鳥居はひとつで十分なのにな」
これほどの石段を登るとは、夫も想像すらしていなかったようでした。誘ったのは自分なのに、ゲンナリした表情でつぶやいています。
とりあえず、行きましょうと夫をうながし、さっそく石段を登りはじめました。
「しかたないなあ」
夫もあとに続きます。
一、二、三、
赤い鳥居を数えながら、最初は二人の足どりも軽やかでした。
八十、八十一、八十二、
ここまで来ると、さすがに少し息が切れてきました。
百十一、百十二、百十三……。
二人とも、足がズキズキ痛くなってきました。
「お稲荷さまに近づくのも、ひと苦労だねえ」
「ほんとにねえ」
わたしたちは、石段のはしっこに腰をおろして、ひと休みすることにしました。
まもなく、トントンと軽やかな足音がして、人間の夫婦が登ってきました。わたしたちと同年代くらいです。
二人ともうらやましいくらいに、スラリとした体つきです。
「こんにちは。お元気そうですねえ」
夫は笑顔で、彼らに声をかけました。
ご主人は、当然とばかりにうなずいてこたえました。
「ま、これくらいじゃ、バテることはありませんね」
奥さんも、すまし顔で言いました。
「それではお先に」
二人は立ち止まることもなく、スイスイと石段を登っていきました。
すれちがいざま、奥さんと目が合いました。
その目もとはつぶらで、キュッとひきしまっていました。
二人が行き過ぎたあとで……。
「人間の女性って、すてきよね……」
わたしの口から、思わずため息がもれました。
「どうしたんだい?」
夫が、キョトンとした顔で見つめます。
「さっきの女の人の目もと、小さくてひきしまってた。わたしも、あんなのにあこがれてるのよ」
そうなのです。
どんなに上手に人間に化けたって、わたしたちはどうしても垂れ目になってしまうのです。
その点、人間の女性はお化粧しだいで、魅力的な目もとになれるのですから、うらやましい限りじゃありませんか!
「ふーん。そういうものかねえ」
夫は首をかしげます。
「そうよ。そんなものなのよ!」
わたしは垂れ目を思い切りつりあげ、夫をにらんでやりました。
そして、ひと休みを終えたわたしたちは、再びもくもくと石段を登ったのです。