⑮思い出の味
思い出の味
ちょうどそのときです。
野ギツネたちの中に進み入ってくる、若い白キツネがいました。
頭に見おぼえのあるバンダナを結んでいたので、すぐにわたしには、あの娘だとわかりました。
白キツネの娘は、わたしのお重箱を見るなり、そばにかけよってきました。
「まあ、きれいないなりずし! どうしたらこんなにきれいなものが、作れるのですか?」
そう言って、じっとわたしを見つめました。
「むかし、母に教わったの。母は、とても上手だったから……」
娘は、ゆっくりとうなずき、口を開いたのでした。
「お店のいなりずしも、母から教わったものなんです。母のいなりずしは、大神さまや、キツネのお仲間には大変人気があるので、私も一生懸命守っているのです。でも、こんなにきれいな、いなりずしだってあるのですねえ。ぜひ今度、作り方を教えてくださいな」
「あなたのおかあさんは?」
娘は、伏し目がちにこたえました。
「一昨年、急に亡くなりました。風邪をこじらせてしまって」
「そうだったの……」
わたしの中に、並んでいなりずしを作る、白キツネの母娘の姿が浮かびました。
そしてそれはいつしか、わたしとわたしの母の姿に重なってくるのでした。
あの真っ黒ないなりずしは、娘の母親にしか作れない味だったのでしょう。
稲荷大神さまに恥じることのない味。
すべてのキツネたちに好かれる味。
母親を亡くした悲しみの中で、娘はひたすら母の味を守って、店を切り盛りしてきたのです。
それなのに、あの日、わたしは何の罪のないこの娘に、どれだけひどいことばを投げかけてしまったのでしょう。そういえば……。
「おいしいものは、笑顔でつくるのよ。あなたの味を待ってくれている、その人の笑顔だけを思い浮かべてね」
わたしの母は、折りにふれてはそんなことばを口にしていました。
大切な大切な、ことばのはずなのに。
どうやらわたしは、すっかり忘れてしまっていたようです。




