第5話 急変
それは突然だった。
その日も俺は普段通り親に連れられ、我が家の畑に来ていた。
両親も「最近は寒くなってきたなー」なんて話すような本格的な冬が始まりそうな気配のする、晩秋の季節にそれは起こった。
中世だと、よく物語にあるような冬支度をして、冬の間は家の中に籠るといったように思われがちだが、わが村はそうではなかった。
我が家がある村でも中世にあるような冬支度を勿論していたが、その内容は冬に向けての薪を切ったり、新年を迎えるための準備が主であり、冬の間の食料を完全に準備する等のガチな準備ではなかった。
と言うのも、わが村がある地域はそこまで緯度が高いわけではなく、冬の間も冬小麦など農業を行うことができる地域であり、そこまで言うほど寒くなる地域ではないようなのだ。
だからだろうか、俺は完全に油断していた。
普段通り、両親の会話を聞きつつ頭の中で、アイシャと数学の問題を出し合っていると唐突に
「ゴホッゴホッ」
そんな有りがちな咳が俺の口から出ていたのだ。
最初はなんだ咳かという風にしか感じなかった。
しかし、俺は失念していた。
今の自分の状況、そして、今いる時代、そして、今の季節。
何も自分の状況を理解していなかったのである。
状況が変わったのはそれから数時間後の事だった。
両親は俺の咳音を聞いたあと、大事を取って、家の中に戻していた。
俺も『風邪かな』とは思っていたので素直に自分のベッドに戻された。
そしてその夜、容体は休息に悪化していた。
俺は熱が急激に上がり意識は朦朧とし始めていた。
『……アイシャーこれどうなってる?』
俺は力をふり絞って尋ねた。
『……マスター、私も断定は出来ませんが何らかの感染症だと思われます。しかし、少しまずいかもしれません』
『何がだ』
『マスターの今のご年齢を踏まえると最悪の事態も考えられます』
『……俺の年齢?今はまだ0歳7カ月程だよな……まさか』
俺はアイシャの言いたいことを漸く理解した。
現在俺は0歳を後1月で終え1歳になろうという瀬戸際である。
通常新生児は、母親のおなかの中にいるときから母親が持つ免疫に守られる。
それは生まれてからも同じであり、母親の母乳を飲むことでその免疫を維持する。
しかし、それも永遠というわけではない。母親の母乳から免疫を獲得するということは母乳を飲まなくなったら免疫をなくすことと同義であり、通常半年程で免疫は切れ、その後は自分の体で免疫を作る準備に入るとされている。
つまり、どういうことかというと、今現在俺は0歳7か月であり、この世界の1年である8カ月から換算すると、もう半年は優に越してしまっている。
しかも俺は既に母親の母乳ではなく離乳食を食べている段階であり、生まれたたての赤ちゃんが持つ母親由来の免疫が切れている状態なのだ。
『やばいな、これ治るか?』
『……私には何とも。しかし唯の風邪等でしたらなんとかなると思いますし、それ以外でも直す手段は存在します。唯、その手段が村にあるかどうかは別の問題です』
やはりそうか、中世ファンタジー世界と言う位だから治癒魔法や薬草的なものもあるのだろう。
しかし、治癒魔法に限らず、魔法をこの村の中で見たことはないし残念ながら全てに効く万能の薬草がいきなり出て来るとも思えない。
これは少しやばいかもしれない。
そんな俺を嘲笑うかのように、翌日には更に熱が上がっていた。
意識は朦朧とし、絶え間なく咳が出て俺はどうしようもない状態だった。
「ジント、大丈夫?今頭のタオル交換するからね」
そう言って母は俺の頭にあるタオルを交換し始める。
流石に両親も俺が病気になってしまっては仕事に行けないのか、母は家に残って俺の看病をしてくれた。
「苦しい、ママ」
俺は心の底から言葉を絞りだした。
この時ばかりは偽物の人生だとかそんなの事を考えず純粋に母親に助けを求めた。
「もう少しよ、もう少し頑張ればよくなるからね」
母はそう言って俺を励まし続けてくれた。
そして、夜には父も帰ってきて、帰ってくるときには村の何処からか薬草を貰ってきてくれたようだった。俺はそれをすり潰した薬草汁を飲まされたりもした。
…………しかし、そんな昼夜を問わない懸命な看病の快もなく3日後、俺は息を引き取った。
最期は母も父も泣いていたように思う。
というのも、もう俺は意識も朦朧としていて覚えていなかったから。
でも、最期の瞬間『ごめんね、パパママ』と謝ることが出来たのは薄っすらと覚えている。
こうして、1回目の俺の人生は終わった。
ジント享年0歳7か月、冬の季節だった。




