第2話 敬意を払おう
サラリーマン 乃上 康亮、33歳!
神獣とやらに転職したぞ!
いやいやいや。
納得できるか!
「神獣って大きな獣とか小さな鳥って言ってなかったっけ?」
「友だちの持ってる神獣様がそんな感じだったから……。 まさか人間のおじさんが出てくるとは思ってなくて……」
おじさん言うなや!
自覚してても子供にはっきり言われるとちょっと傷付くんだぞ!
「ねぇねぇ、コ……コースケ……は、なにができるの?」
あ、名前を呼ぶときにちょっと照れたな。
かわいい。
しかし、「なにができるの?」か……。
まさかこの歳で自己PRをすることになるとは。
学生時代に打ち込んだこととか喋ればいいですかね?
「うーん、システム開発……とか?」
「?」
ああ、通じてないね、うん。
首を傾げられた。
「つまりパソコンでソフトを作ったりすることだよ。分かる?」
「パソコンって、地球人が使ってるやつ?」
「え?ああ、うん。そうそう」
急に聞き慣れないワードが出てくると戸惑う。
普段生活してて「地球人」なんて言わないし聞かないもの。
そういえばこの子、自分を魔王とか言ってたな……。
「……」
魔王様が無言でこちらを見つめている。
なにを考えているのか、可愛らしい瞳から読み取ることはできない。
『コースケ、聞こえてる?』
『おぉう、ビックリした!どうした急に?』
いきなり脳内に声が響き、驚きつつも返事をすると魔王様に安堵の表情が浮かんだ。
「よかった、コースケはちゃんと神獣様だよね!」
いや、ちゃんとした神獣様ってなに。
そもそも神獣様ってなんだ。
「ね、ねぇ、神獣様ってどういう―――、え?」
質問を投げかけている最中にソフィが道の脇、暗闇に向けて手をかざした―――と認識した瞬間、その手を中心にオレの身長ほどの直径の雷の輪が展開される。
その輪の中に何かが引っかかり留まっている。
……虫か?
さらにもう片方の手をかざし、その先からいくつかの小さな雷球が発生、暗闇へ向けてバラバラに発射され、留まる。
「ソフィア、いったい何を―――、あれは?」
雷球の放つ明かりに、2つの人影が見えた。
2人共オレより年上に見える。
おそらく40代だろうか?
長袖に長ズボン、森の中を歩くに相応しい格好だ。
いや、あの格好をする目的は森の中を歩くことよりも、なんというか、狩猟をする時のような……。
「あーらら、失敗しちゃったねぇ」
その内のひとつが発声する。
よく見ると、そいつの手に持っているのは……猟銃?
銃に詳しくはないが、多分、おそらく、猟銃だ。
その銃口がこちらを向いている。
「な……?」
まてまてまて、もしかしてソフィアの雷輪に引っかかってるのは……、銃弾か!?
撃ったのか!?
こちらに向けて!?
「よく気づいたねぇ、完全に無音だったはずだけど」
間違いない、こいつ撃ちやがってた!
だが、たしかにヤツの言う通り、発砲音が聞こえなかった。
ソフィアの雷輪に引っかかった直後ですら撃たれたことに気づけなかった。
「もしかしてキミの特殊能力かな?」
もう頭が着いて来れない。
ヤツは何を言っている?
質問されているのか、オレは?
「お前たちか?最近わたしの領内で住民を誘拐している地球人は」
混乱しているオレに代わり、ソフィアが話しかける。
「誘拐だなんて人聞きの悪い。我々はただのツアー客だよ、魔族狩りのね」
なんなんだ。
なにが始まっているんだ。
『コースケ!』
『!』
脳内でソフィアに呼びかけられる。
視線をソフィアに向ける、が、ソフィアの視線はあちらに向けられたままだ。
『しっかりして!』
ソフィアに喝を入れられた。
そうだ、猟銃を持った男に、この10歳の女の子は毅然と対応している。
30歳過ぎの男が一人ワタワタするのは情けなさ過ぎる。
スーっ、フーっ。
軽く深呼吸をして心を落ち着かせる。
『あいつら、どうする?』
ヤツらの処遇を尋ねる。
『最善で捕縛、次善で殺害』
簡潔で物騒な回答が返ってきた。
殺害―――という単語に再び心が乱されかけるが、なんとか飲み込む。
「ところでそちらのキミ、『わたしの領内』と言ったかね?」
「ああ、わたしはソフィア・ラエド・アグレル、10歳! このアシュタリオスを統べる魔王だ!」
猟銃男の問いかけにソフィアが答える。
自己紹介する度にわざわざ年齢まで明かしてるのか、この魔王様は。
などという野暮なツッコミを胸にしまい込む。
おお、どうやらツッコミが思い浮かぶくらいには心に余裕ができたようだ。
「ほぉっほう、聞きましたか三大寺さん、これは大物を引き当てたようですよ!」
猟銃男が斜め後ろにいる男、三大寺とやらに嬉しそうに話しかける。
さっきから喋らないな、三大寺とやら。
しかし、話を聞いたその顔はまた嬉しそうだ。
こいつら、魔王と聞いて怯みもしない。
それほど腕に自身があるのか……。
『聞いて、コースケ』
再びソフィアからの脳内通信。
『彼らのどちらかが音消しの類の特殊能力を持ってる。多分、三大寺って人の方だと思う』
『……なぜそう思う?』
『理由は2つ。まず第一に、発砲音がしなかった。その時に彼らから衣摺れ、呼吸音すら聞こえなかった。特殊能力を使って音を消したんだと思う』
『なるほど……』
『第二に、魔族狩りって基本1人でやるものなの。手柄の取り合いを防ぐ目的らしいんだけど。でも、彼らは二人組。猟銃を持っている方が音消しを使えるなら、三大寺を連れる理由がない』
『そうか……。いや、待った。あいつらは森の中から現れた。猟銃男が音消しを使えて、三大寺が例えば暗闇でも周囲を見通せる、その……、特殊能力を持っている可能性は?』
『その可能性は無いよ。さっきから猟銃男の声がこちらに届いてるけど、三大寺からは今も何も聞こえない。音消しを発動中なんだよ。それに、発砲直後からしか見てないけど、その時に三大寺の手が猟銃男の肩に乗っていた。手を降ろした後に猟銃男が声をかけてきたんだよ。つまり、三大寺の特殊能力は音消しで、触れた人にも効果を及ぼすんだと思う』
『OK、分かった。そうすると猟銃男の特殊能力がわからないね』
『それこそ暗闇でも目が見える特殊能力かも……』
「よーし、キミたち!」
脳内通信を遮り、猟銃男が話しかけてきた。
「大人しく捕まりなさい。そうすれば地球でも手荒には扱わないよ~?」
「ふん、それはこちらのセリフだ。3人共、大人しく捕まれば尋問も優しくするぞ」
ソフィアが返す。
3人?
あと1人だれ?
まさか……オレ?
「3人?なにを言っているんだい?」
猟銃男も分かっていないようだ。
どういうことだ?
「それより、魔王が人魔凶定を知らないわけじゃあるまい?魔族が我々地球人に危害を加えてタダで済むと思っているのかい?」
「そんなもの、お前たち地球人が一方的に押し付けてきたものだろうが!」
「おや、そんなことを言って良いのかな?勇者の裁きがキミと、キミの国と、住民をすべて焼き払っても構わないと?」
「ふん、例えば今ここでお前たちを塵にしたとして、どうやって勇者がそれを知るのだ?」
「……え?」
「ここにはお前たち2人しかいないのだろう?」
「―――!」
猟銃男と三大寺の顔から余裕の笑みが消えた。
そうか、さっきの発言は伏兵を確認するためのブラフか!
「こ……の……小娘ぇ!」
『コースケ!』
『は、はい!』
何度目かの脳内通信。
『手を猟銃男に向けてかざして!いい感じに睨みつけて!ここを動かないで!』
『わ、わかった!』
簡潔かつアバウト!
指示に従い、左手をかざして睨みつける。
それを確認するとソフィアは雷輪を解いた。
留まっていた弾丸が落ちる。
かざすのは良いが、魔王様みたいなマジカルなことはできないぞ。
「ふん、魔族と同格に堕ちた棄民が!」
猟銃男がオレたちの光景に苛立つ。
「魔族風情が!地球貴族であるこの私たちに!楯突くかぁ!!!」
猟銃男が猟銃を下げ、こちらに左手をかざしてきた。
「ありがたく思え!私の高貴なる特殊能力で!手足を引きちぎって肉インテリアにしてやるわ!」
物騒なことを言ってるけどいいんだよな!?
このままじっとしてていいんだよな!?
「くらえ、隷属する森!!!」
猟銃男が特殊能力の名前(たぶん)を叫ぶ。
暗闇を見通す特殊能力ではないのか!
読みが外れた!
なにが来るか!と身構える。
……が、なにも起こらない。
彼の周囲を警戒するが、なにも変化がない。
いや、彼の肩に、三大寺の手が乗っている!
「しまった、後ろか!」
思わず叫び、振り返る。
「な、なんだこれ……!」
背後に生えていた木々の枝が、意思を持ったように不自然に伸びながら音もなくうねっている。
『大丈夫、動かないで』
ソフィアから脳内通信が入るが、本当に大丈夫なのかコレ!?
信じるぞ?
信じるぞ!?
何本もの枝が触手のように伸び、オレとソフィアに襲いかかる!
……と、思ったらオレたちを飛び越え、猟銃男たちに向かっていった。
「えっ?」
猟銃男と三大寺もそのような顔をしている。
伸びる内の数本が、彼らにムチのように振り下ろされる。
見事にヒットして倒れたようだが、三大寺の特殊能力の影響下か無音だ。
悲鳴すら聞こえない。
残りの枝も次々に襲いかかる。
まるで森の集団(?)リンチだ。
程なくして、連打撃音が聞こえてくる。
三大寺が気絶したのか、音消しの特殊能力が解除されたのだろう。
これが……これが……オレの特殊能力―――。
「森の精霊よ!彼らはこの私が預かる!殺さずに身柄の引き渡してほしい!」
―――ではないようだ。
ソフィアの声に反応したのか、ムチ打ちの動きが止まり、彼らの体に巻き付き、こちらに放り投げてきた。
ドスン!ドスン!と音を立てて着地し転がる2体。
「ソフィア、コレは一体……?」
「この森のルールを破ったからだよ」
「ルール?」
「森を汚すと精霊の罰が下るの、今みたいに。よりにもよって森の木を操る特殊能力だったなんてね~」
なにそれこわい。
あっ、もしかして……。
「ソフィアが気絶してたのって……?」
「!」
ソフィアの体がビクッと震える。
「なにしたの?」
「え~と、その……」
目が泳いでますよ。
「お……おしっこ……」
……なにしてんの。