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第八話 魔王、エルフに逢う 其ノ参

「わたしがあの爆晶石を手に入れたのはね、じつは――王都なの」


「王都?」


 おれが反復すると、おねえさんはうなずいた。

 

 すごく今更になるのだが――。

 おれたちが今いるのは、ラシェンドラという大陸で、その大陸全土をラシェンドラ王国が統治している。

 ラシェンドラ大陸を統治しているからラシェンドラ王国なのか、ラシェンドラ王国が統治しているからラシェンドラ大陸なのかさだかではないのだが、ともあれ大陸の中心よりすこし北東のあたりに、王都はある。

 一方おれたちが今いるのは、そこよりもだいぶ南、海沿いの港町トリースカ。そこから東に4フォートぐらいいったところにある死霊の森。


「ちょっと用事があったから王都までいったんだけど……そこでたまたま、あれがこっそりしかけられてるの、見つけちゃったんだ。遠隔発動用のマジックアイテムにつながれてたの」


「ようするにだれかが、あれを使って、離れたところから王都を爆破しようとしてた……ってことか?」


 おねえさんはうなずく。


「まだ動いてなかったからはずせたけど、頃合いを見はからってどこからか発動するつもりだったんだろうね」


「だ、だったら、それって持って帰っちゃまずかったんじゃ。届け出ないと」


「それができたらよかったんだけど、できなかったんだよね」


 おねえさんはすこし自嘲気味に笑った。


「おまえはしらないのか? エルフをよく思わない人間は多いのじゃ。届け出たところで、この娘自体が設置したと疑われたじゃろうな」


「それにね。そもそも爆晶石をつくれるのって、エルフだけなんだよ。エルフでも限られたひとだけ。すごく珍しいものなの。ますますあやしいでしょ?」


「そんな……」


 だからおねえさんは、それをこっそり持ち帰ることしかできなかったのだ。

 おれは言葉を失った。


 たしかにおれ自体、この世界に来てからそれなりにいろいろなところに行ったけれど、エルフに会うのはこのおねえさんが初めてなのだった。

 それってつまり、人間とうまくいかないから、エルフたちはできるだけ表にでないようにしてるってことなのだろうか。

 こんな風に、死霊の森の奥深くでひっそり暮らしたりして。


 そんな状態で、何百年も生きる。

 それって――それって、どんな感じなんだろう。


 しかしおれは、はたと気づく。


「つーかそれって、大事な証拠品だったんじゃねーか! 台無しじゃねーか!」


「まあ、そうじゃな。その点は、わらわもまことに遺憾じゃと思っておる」


「しれっと政治家の答弁みたいな言い方しやがって!」


「ま、まあまあ。しょうがないよ。わたしがこっそり持って帰っちゃったのが、そもそもの原因だし。いまから思えば、こっそり手紙でも書いてしらせてあげたほうがよかったかな、とも思うんだけど……正直、爆晶石を見つけて、わたしもショックだったんだ。実際に爆発してたらすごい被害になってたのはもちろんだし、表沙汰になったら、エルフの立場も今以上になくなっちゃう。爆発してたとしても、爆晶石のかけらはその場に残るはずだから。こんなこと言っていいのかわからないけど……最悪、関係のないエルフが襲撃される可能性もあるって思ったら……」


 そこまで、エルフって心証が悪いのか。


 でもたしかに、犯人ってだれだったのだろう。

 そんなに人間とエルフの関係がよろしくないのなら、爆晶石をつくれるのはエルフだけっていう事情もあいまって、エルフが疑われるのはもはや必然だよな。

 でも、なんらかの手段で爆晶石を手に入れた人間をはじめとしたエルフ以外のだれか、って考えることもできるし。

 

 ……いや。

 おれの考えだと、エルフではないだれかが犯人っていうほうがしっくりくるんだよなあ。

 だって、おねえさんが爆晶石を持ち帰ったのがいつのことかはしらないけれど、王都が爆破なんてされたらこっちにだってすぐ噂は来るはずだ。

 でも、そういうことはない。つまり、王都は今もって無事なのだ。

 犯人は、そのマジックアイテムでもって遠隔発動してもなにも起きなかったってことで、爆晶石が持ち去られたことに気づいただろう。

 そして、もし犯人が爆晶石をつくれるエルフなのだったら、すぐにかわりのものを用意したと思うんだよな。

 いや、もしかしたらそんなに簡単につくれるものじゃないのかもしれないけれど、それでも、予備ぐらい用意しておきそうなものだ。

 でもそれができなかったってことは――なんらかの手段で、苦心して、やっとのことで、爆晶石を手に入れた人物。

 って考えたほうがしっくりする気がするんだけど……。


 でもまあ、とうの爆晶石はなくなってしまったし、王都へ行く予定もさしあたりないし、こんなところでおれが一人で名探偵ごっこしてても仕方ないよな。

 

「でも、ごめんね。それはこっちのはなしだから……。きみたちの用件とは関係なかったね。それでだけど、その変わったお洋服、おもしろそうだからぜひつくらせてもらおうかなって思うんだけど」


「え、ほんとに?」


 考え事にどっぷりひたっていたのもあって、一瞬聞き間違えたかと思ったおれは、思わず聞き返した。

 しかしおねえさんは、うなずいた。


「お金も特にはいらないかな。でも、もしできればなんだけど……」


 そこまで言って、おねえさんは少し口ごもった。


 真っ白な頬が、少しだけ赤らんでいる。

 どうしてか、恥じらっているようだった。


 花びらのような薄紅色のくちびるが、すこし震えながら、開いた。


「わたしも、一緒に行っちゃ……だめかな? もちろん、人里に出るときはできるだけエルフってわからないようにして、迷惑かけないようにするから……」


 その上目遣いに、おれのこころは完全にわしづかみにされた。

 おれは思わず、身を乗り出す。


「いいですよいいですよもちろん結構ですともむしろ大歓迎です! ……でも、なんで?」

 

 鼻息荒くまくしたてた後に急に正気に戻って、おれはたずねた。


「……それは、楽しそうだから、だよ。それだけじゃ、だめかな。ここでひきこもっておみくじスライムを作り続けるのも悪くはないけど、だれかと関わりながらもっと楽しいことできたら、って。ずっと、思ってたから……」


 一部始終を黙って聞いていた魔王様が、急にずいと身を乗り出してくる。


「わらわはべつに構わぬぞ。じゃが、こころしてもらおう。これは、遊びではない!」

 

 胸を張って言い切る魔王様に、どう考えても遊びだろ! とおれはこころの中でツッコんだが、おねえさんは瞳をうるうると輝かせて、こくこくとうなずいている。


「ありがとう、魔王さん! ……そうだ、わたしはサティっていうの。これから、よろしくね」


 けれど、そう言って笑った顔はほんとうに嬉しそうで、ほんとうに魅力的だったから――これでいいか、と結局はおれも思ってしまったのだった。

 

*   *   *


「ところで、おね……サティさんは、どういうきっかけでおみくじスライムを作ってたんですか?」

 

 いまは、三人で――いや、主におれとサティさんの二人で、後片付けをしている。

 とりあえずは一度、三人で町に戻ることにしたのだ。

 デザイン画は持ってきたが、その他の布や型紙なんかは町の倉庫に預けっぱなしだからだ。

 役に立たないような気もするが、一応サティさんは見ておきたいらしい。


「サティでいいよ。うーんとね。まあもともとは最近することもなくて、なんのけなしに趣味で作りはじめたら作りすぎちゃって、姿を隠して町に売りに行ったら思いのほか売れちゃったっていうだけのことなんだよね。もとはただのぬいぐるみだったのだけど、チャックをつけて、おみくじを入れたのも、最初はたまたまだったかな。そのほうが喜んでくれたから、その形になっていったってだけで」


 空になったティーカップを盆の上にのせながら、サティさん――サティは、言った。


「あとはね、個人的な事情もあるかなあ。ちょっと、布をもらってあげないといけない子がいて」


「布をもらってあげないといけない子?」


 なんか、あんまり普通には聞かない言葉だなと思った。

 つまり、布が困るほどあってあって仕方がない人がいるってことか?

 そんなにあるんだったら、普通に、売ればいいだけの気もするが……。

 まあ、いいか。


「とりあえず、外のガラスの破片は全部集めたと思うけど」


「ありがとう! 助かったよ。どうせでかけるし、とりあえず窓は板だけ打ちつけとけばいいかな」


「それも、おれやるよ」


「ほんとう? なんか、なにからなにまで悪いね」


 まあ、だって、もとはといえば魔王様が勝手なことしたからこんなことになったんだし……。

 そして、とうの魔王様はサティが仲間になってくれたことですっかり気安くなって、完全にやる気なしモードにおちいっている。

 

 おれはソファでゆるりとくつろぐ魔王様を見やった。


 さっきは、ちょっとしおらしくしてたくせに。

 とんだ面の皮である。

 おれはひとつ、ため息をついた。


 

 

 そして、そうこうしているうちに準備は整い――。


 おれたちは新たな仲間を得て、とうとう出発したのである。

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