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第四話 魔王、仲間を所望す

「ああああああああ、もう!!」


 おれは頭を抱えた。

 宿の一室。机の上には無残な布のきれはしが散らばっている。

 一週間。

 一週間のあいだずっと、おれたちは宿にこもり、針仕事にいそしんでいた。


「なんじゃ、また失敗したのか」


 ベッドの上で寝転んで菓子を食ってる魔王様が、呆れたように言った。

 一度、しびれをきらして「わらわがやる!」と意気込んだものの、早々に指先に針ぶっさして敵前逃亡さらしたくせに。

 

 おれは、布に埋もれたスケッチを取りだして見て、もうひとつため息をついた。

 涙が出そうだ。

 なぜおれは、なにが悲しくて、異世界に転生し、まがりなりにも勇者と呼ばれる身分になりながら、宿の一室でさみしく、じぶんの故郷の、しかも女子のセーラー服のデザインなんかを描き下ろし、しかもそれを元にセーラー服をこしらえようなどと、腐心しているのだろうか。


 一応型紙なるものを作ってもみたが、やはりどうしてもうまくいかない。

 とくに胴体と腕をくっつけるところとか、あの特徴的なえりの部分とか、プリーツスカートがどうなっているかとか。

 この世界の服も、いわゆる洋服だ。だから、参考にしながらやればなんとかなるかと思ったのが甘かった。

 そんなに簡単に、服など作れるはずがないのだった。


 この港町でも、おれはそれなりに名を売っている。

 だから布がほしいと店屋をたずねたとき、おれがまだ魔王を倒す旅の途中だと思っていた店主は、勇者さまのためならばと多くの布地を無償で提供してくれた。

 それがセーラー服の材料になるなどとは、露もしらぬまま。


 しかし、もらっただけではとても足らず、申し訳なさもあいまって、おれは金を払って布地を買い足した。

 ふたり分の宿代と、布代と、魔王様の菓子代でこつこつとためた金が急速に消えていく。

 いや、溶けていくといったほうが正しいかもしれない。

 それぐらいの、おそるべき速度だった。


「なあ、おまえ金持ってないのかよ。ほんとうに、ただの一ピッケも持ってないのか?」


「持ってるわけなかろう。わらわは魔王じゃぞ」


 まったく悪びれる様子もなく、ベッドの上で、マントも脱ぎ去り足をぶらぶらさせながら、魔王様は言った。


「でも魔物たおすと金落とすだろ。落としただろ! おれはそれで、金を貯めたんだから」


「そりゃ魔物たちは持ってるだろうよ。あやつらにも家族がある。じゃが、わらわは持ってない。持ってないと言ったら持ってない。魔王とはそういうものじゃ」


 家族がある……って、魔物たちも貨幣経済生きてるのか?

 案外世知辛いんだなあ……。


 そして、いやたしかに、道中の敵は金を落とすが、ラスボスたる魔王は金を落とさないのだった。

 なぜなら、たおせばエンディングになるので、金は必要ないからである。


 ——とまあ、こんなメタな理論でじぶんを慰め納得させるしか、おれに道はないのだった。


 しかし精神的にも、金銭的にも、限界はひたひたと近づいていたのである。

 

「——無理だ」


 おれは言った。

 おれはじぶんで思っているより、案外負けず嫌いらしかった。

 ほんとうはもっともっと早く、こう言っていればよかったのかもしれない。


「なんじゃと?」

 

 魔王様が、怪訝な目を向ける。


「がんばってやってみようかと思ったが、やっぱりだめだ。このままじゃ、どれだけやっても完成なんかしない」


 怒るだろうな、と思った。

 この一週間でだいぶ魔王様の性格はわかった。

 とにかく思い込んだら絶対譲らず、ときに膨大な魔力をひけらかし、ときにおともの魔獣どもをけしかけて、絶対になにごともじぶんの思う通りにしようとするようなお人なのだ。


 しかし。


「……あきらめるのか?」


 今日ばかりは、違った。

 なんというか、捨てられた子犬のような目だった。

 

「やはり……。無理じゃったのだろうか。まあそうだ。そう簡単にうまくいくはずもない……」


 魔王様はそう言って、自嘲気味に笑った。


「もうよい。……一週間。久しぶりにちょっと楽しかったぞ。もうわらわのことは構わぬ。おまえは好きにするがよい」


 そう言って、ベッドにごろりと横になって、おれに背を向けた。

 ああ。飽いたモード。投げやりモード。いじけモード。厭世モードにスイッチ入っちまった。


 おれは頭をかいた。

 もとより、そういうつもりではなかったのだ。


「ちがう。そういうことじゃねえよ。おれじゃ、いくらやっても無理だって言ってるんだ。魔王様だって、はやく転生したいだろ。無駄は省いた方がいいってことだ。おれも案外頑固で、気づくのが遅かった」


 そろそろと、魔王様がこちらに向き直る。

 枕で隠しているが、その瞳が、少しだけ潤んでいた。


「仲間を探そう。とびっきり裁縫がうまいやつだ。そんで、そいつに頼んでつくってもらう。そうすりゃ、魔王様の望みはかなうし、おれも無駄な出費で財布がこれ以上いたむのを防げる。違うか?」


 魔王様の目がみるみる見開かれる。

 勢いよく、上体を起こした。


「それじゃ! わらわもいままさに、それを言おうと思っていたのじゃ!」


 本当かよ。


「仲間といったら酒場じゃな! そうじゃアキラ! そうと決まれば早速出発じゃ!」


 嬉々としてベッドを飛び降りマントを羽織り、赤い瞳をきらめかせて、魔王様は言った。


 そしておれも慣れたもので、「はいはい」と口では呆れたように言いながらも、それに続く。


 なんだかほんとうに一週間たらずで、だいぶこの魔王様に慣れてしまった感がある。

 それがいいことなのか、悪いことなのか。


 それにしても、仲間か。

 今まで意地をはっていたわけでもないが、こちらの世界でただの一度も持たなかった仲間。

 それが、魔法使いでも僧侶でも戦士でも武闘家でもなく、よりにもよって、裁縫スキルのスペシャリスト、とは。


 いや、それとも。

 はじめての仲間、なんて言っているけど、魔王様も案外、仲間とよんでしまっていい存在だったり、するのだろうか。


 きっと、そんなことを言ったら本人は怒るだろうけど。


 そんなことを考えながら、おれは「はやくはやく」と催促する魔王様の後を追った。


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