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第三話 魔王、方針を決める

 さて、ここらで一度、おれたちのスペックなるものについて、簡単に述べておこうかと思う。


 《おれ》

 名前:アキラ(須藤 晶)

 年齢:17歳(たぶん)

 容姿:地毛だが焦げ茶色の髪

    普通の黒い瞳

    身長は高くも低くもない。と思いたい

 装備:エクスカリバー

    重い鎧は着るのをやめて、普通の旅着



 《魔王様》

 名前:しらない

 年齢:しらない(見た目は14歳くらい?)

 容姿:黒く、まっすぐな長い髪

    赤い瞳。つぶらだが、ちょっとつり目気味

    犬歯がある

    全体的にちんまい

 装備:黒マント

    赤いノースリーブのワンピース



 さて、そんなおれたちは魔王様が言うところの下界に下りて、海沿いの港町でのんきにもジュースをすすっていた。


「おまえ、しらぬのか」


 トロピカルマンゴーをすするのをいったんやめて、魔王様が言った。


「ん? なんのことだよ」


「ブルーハワイというのはなんでも、スライムの中身を抽出して作るそうではないか。わらわに届けられた魔物の死亡届けに書かれていたことがままあるぞ。《スライム族のスラ兵衛、ブルーハワイにされて死亡》。こんな風に」


 ブーッ!!!

 おれは思わず口に含んだブルーハワイを吹き出した。


「おい! なんで今になってそんなこと言うんだよ!!」


 魔王様は、なにも言わない。

 目を閉じたままトロピカルマンゴーをすすって、そしてしばらく経ったあと、ぽつりとこう言った。


「冗談じゃ」


「……は?」


 魔王様はすずしい顔をしてトロピカルマンゴーをすすり続けている。


 犠牲になったおれのブルーハワイが無残に飛散しているのが、むなしい。

 おれはぐちぐち言いながら、おしぼりでそれを掃除するしかなかった。


 魔王様は、そんなおれを気にもとめない様子で、背もたれに体をあずけた。


「あー。下界に来ても、冗談言ってもつまらんものはつまらんのう。つまらんつまらんつまらんらん♪じゃ」


 ……なんかその最後の鼻歌は結構楽しそうだぞ?


「とにかく。とっとと異世界転生するしかないようじゃの」


 そうなのだ。

 なにかにつけて飽いたとかつまらんとか連呼する魔王様だが、それなのに、いや、それゆえに、異世界転生するという夢はかたくなに譲らないらしい。


 魔王も勇者もいない世界。

 おれの故郷。

 すなわち、地球の、日本国に、転生ねえ。

 悪いところではないだろう。

 

 ふるさとは、遠くにありて、思うもの。

 そんな呪文めいた一節の意味が、この世界にきてからやけに腑に落ちた。

 それぐらいには、おれも故郷に思い入れも愛着もあるのだろう。


 でも、思い返せばおれはその故郷で、この魔王様じゃないけれど、なんとなく代わりばえのしない毎日に、退屈さとか、つまらなさとか、もろもろを感じていたんじゃなかろうか。


 そして、おれのことだ。

 きっと、仮にもういちどあの世界に帰ったところで、一念発起して、真面目に、努力して、大人物になります!

 みたいな野心を燃やすこともなく、きっと前とおなじような生き方をしてしまうんだろうなあ。


 こっちにいれば、魔王様には敗れたけれど勇者様とそれなりにもてはやされて、実際にできることもあるし。

 そう思うと、おれ自身はあまり帰りたいとは思わないのだった。


「なにをぼんやりしておる」


「あ、いや……」


 確かに少し空想に羽をのばしすぎていたことは事実だったので、おれは曖昧に返事をした。


「パンピーで異世界転生をした者を見たのは、はじめてではない。ただ、魔王も勇者もおらぬ世界から来た者がはじめてだっただけで。そしてだな、さっきも言ったが、基本的にはパンピーというのは、異世界転生できぬものなのじゃ」


「つまり、それもこれもぜんぶ魔王様があったらいいなと期待する、ことわりのゆがみによるもの、ってことか?」


 魔王様は首をふった。


「残念じゃが、それだけではおそらく足りぬ。異世界転生をできぬ一番の理由は、知らぬからじゃ。われわれのような圧倒的な存在は、ことわりによってホイホイ都合よくいろんな世界に送られるが、パンピーというのは基本的には元いた世界から逃れられない。それは基本的には、有象無象の次の行きさきをことわりがいちいち全部きめるのは気が遠くなるから、いわゆるおーとめーしょん化、をしているのだとわらわは考える」


「……つまり?」


「つまり、有象無象がこれが世界だと認識している世界に、自動で次も送るということじゃな。そしてな、いままで異世界転生をしたものはみな、夢見の術などを発現して、べつの世界をかいま見た者たちなのじゃ。だから、ことわりが次の行きさきを決める際、かいま見たその世界のほうを選択してしまった、というわけじゃ。その前提にのっとるならば、アキラ、おまえもそうやってこの世界をかいま見たことがあるはずじゃ」


「うーん」


 おれはあごをかいた。


「おれは、夢見の術なんて発現したこと、ないよ?」


「え……ええええええええええええええええ!!!!」


 名探偵もびっくりの自信満々の推理をあっけなく打ち崩されて、魔王様はたいそうショックを受けた様子だ。

 

 しかし、ここはへんぴな魔王城ではなく、まがりなりにも市井なのだ。

 急に大声を出した少女を人々が怪訝な目でちらちら見る。

 その視線に気づいて、魔王様は恥ずかしそうに背中を丸くした。


「なぜじゃ、なぜ……」


「いや、でも。魔王様の考えが必ずしも否定されたわけじゃないと思うぜ。おれは漫画とか、ゲームとか、ラノベとか、アニメとか、そういうので、こういう感じの世界、見たことあるからさ」


「まんが? げえむ? らのべ? あにめ?」


 さすがに、そういうことまでは知らないよなあ……。


「ここにもさし絵入りの本はあるだろ。それのもっと細かいようなやつだ。異世界の生活や冒険が、ことこまかに書いてあったりするんだよ」


「ほほお、なるほど、そういうものが……」


「勇者や魔王がいる中世風ファンタジーなんて、ありがちな設定だ。つまり、そういうものをよくよく読んでなじんでいたら、魔王様の言うようなことが、起きないとも限らないんじゃないのか?」


 魔王様は、こくりと小さくうなずく。


「そうじゃ。おそらくはそうなのじゃろう……」


「でも、ふつうは死んで生まれ変わるったって、赤子になってやりなおすのが基本だろ? 記憶と年齢をたもったまま異世界転生するってのは、どういうことなんだ?」


「それこそが、おそらくはことわりのゆがみなのじゃろう」


 魔王様は、さらりと言った。

 便利な言葉だなあ。ことわりのゆがみって。


「でも。そんなことわかったって、魔王様たちはおれたちパンピーとは基準が違うんだから、どうしようもないんじゃないのか?」


「そうじゃ。そうなのじゃ。……でも、ここまで来て、魔王も勇者もいない世界があると知った上で、手をこまねいていることなどわらわにはできぬ! できることはなんでもするのじゃ。それでな、わらわは思うのじゃ。おまえたちパンピーがべつの世界を知ることが異世界転生のきっかけになるのならば、わらわにだってその可能性はあるのではないかと」


 うーん。

 でも、魔王様たちのような特別な存在、は言うところのことわりによって、おーとめーしょん化もされず、いちいちわざわざ選ばれて、魔王も勇者もいる世界に転生させられるんだろ?


 だったら、無理だと思うけどなあ……。


 などと言うことは、鼻息荒く、瞳をきらきら輝かせて、こぶしを握る魔王様の前では、とてもとても、おそれおおくて、言えなかったのである。


「そうかもしれないっすねー」


 やる気なくそう言ったが、魔王様は満足したように「うむ」とうなずいた。

 うなずいてしまった。


「そうとなれば方針は決まった。わらわはまず、おまえの故郷のことをより深くしらなければならぬ。どういう服を着て、どういうものを食べて、どういう生活をしていたか、こと細かくしらなければならぬのじゃ。まるで夢見の術でかいま見たかのように、はっきりと、イメージできるようにならねばならぬ」


 ん?

 なんか適当に返事してしまったけれど、これってまずい方にすすんでないか?


「まずはとにかく、見た目が大事じゃとわらわは思う。まずは、服装じゃ。おまえの故郷の服装を再現するところから、はじめるぞ!」


「なんだってえええええええええ!!」


 なんだかずいぶんやる気だとは思ったけれど、服装の再現、だと?

 魔王様の言い出したことが途方もなさすぎて、あたまがくらくらしそうだった。

 だって、おれの故郷の服装の再現って、それしってるのおれだけだろ?

 おれにつくれっていうのか?

 おれの家庭科の成績わかってて言ってるのか?


 しかし、この魔王様のこと。

 きっと、一度言い出したら、納得するまでやめないに決まっている。

 すこしつきあっただけでもわかる。

 この魔王様はとってもとっても、思い込みが激しいのだった。


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