第二話 魔王、かく語りき
「いまさらじゃ。ほんとうにいまさらじゃが。勇者の気配がどこにもないことに気づいた。勇者はもう、この世界にはいない……」
魔王様は、がっくりと肩を落とした。
「なんだよ本当に。勇者を倒したいのか、勇者にいてほしいのかどっちなんだ?」
おれが問い詰めると、魔王様は赤い瞳でキッとにらみつけてきた。
「どちらも正しいのじゃ。おまえたちパンピーにはわからんじゃろうがな」
うん。
確かにふるめかしいしゃべり口ではあるけれど、パンピーとか言われると、なんかこう、胸のあたりをひゅっとなにかが通り抜ける気がする。
「なんじゃ、なんか文句あるのか」
「いんや別に」
「……わらわと勇者は、覚えているだけでももう387回も戦った」
「387回!? よくこの世界無事ですねえ!!」
急に魔王様がじぶん語りをはじめたことで、そして出てきた数字が突拍子もなさすぎて、思わず変な口調になってしまった。
「ばかもの。この世界のはなしではないわ。わらわたちは、倒し倒され、殺し殺されしながら、いくどもいくども、場所をかえ時代をかえ世界をかえ、戦ってきたのじゃ」
「はあ……」
「パンピーぐらいに卑小なものなら、生まれ変わってもパンピーか、あるいは動物か虫かミジンコか、まあいずれも大差ないものになるじゃろう」
「それって大差ないんですかねえ……」
思わずツッコんだが、魔王様は完全にじぶんの世界に入っていた。
「じゃが。魔王や勇者、そして王や姫、伝説の賢者など圧倒的な存在ともなると、それは特別。世界よりもおおきな、ことわりに刻まれた存在なのじゃ」
「はあ……」
なんだろう。
おれは今、新作の中二ラノベでも読んでいる気分になってきた。
たしかにここは、そういう世界なのだけれども。
「ことわりに刻まれたものは、死んでも記憶を失わぬ。前の記憶を引き継いだまま転生し、ずっとずっとずっと、新しい世界でも同じ役割を引き受けるのじゃ」
「つまり、魔王様は何百回何千回生まれ変わっても魔王ってことなのか? しかも記憶を引き継いだまま」
「そうじゃ」
赤い瞳の奥に、なにかが揺らめいたような気がした。
「わらわと勇者は正反対じゃが、ゆいいつ、真に理解しあえる者同士でもあった。すなわち、世のむなしさを。つまらなさを。圧倒的な閉塞感を」
「なのに、殺しあってたのか?」
「しかたなかろう。それが仕事じゃ。役割じゃ。なにもしなきゃなにも起きず、もっと退屈なだけ。次はどちらが勝つか、次はどんな世界にいけるか。それだけが、われわれのこころを一時的にでもたのしませてくれる。じゃがもう最近はほんとうに、わらわもあいつも飽いて飽いてしかたがなかったので、勝敗はじゃんけんで決めたり花札で決めたり将棋で決めたりしておったのじゃ」
……なんかずいぶん平和的に、世界の命運って決まってたんだな。
「久しぶりにエクスカリバーなんてしょってやってきたもんだから、ついつい、こちらもその気になってしまったが。なんのことはない、偽者だったわけじゃな……」
偽者、というのはおれのことだろう。
「んで、その本物の勇者様とやらはどうなったんだ?」
「そこなのじゃ。魔物によって殺されたのなら、わらわが探知できぬはずはない。だとすれば、穴にでもおちて死んだか、毒きのこにでもあたって死んだか、タンスをあさったのがバレて町人になぶり殺されたか、ともあれそういう情けない死にざまをさらして、この世を去ったことになる」
「そういう場合は、どうするんだ?」
「勇者がいないのなら、わらわが完全にこの世界を闇で覆って終わらせてしまってもよい。それか、ふたたび勇者が転生してあらわれるのを待ってもよい。ぶっちゃけ、どうでもよいのじゃ」
ぶっちゃけた。
「ずいぶんやる気のない魔王様だな。んで、なんでおれが一度死んだことが気になったんだ? この世界じゃあ、死んだところで、病死でないほやほや死体なら教会で生き返らせてくれるだろ。金さえ積めば」
「それはそうじゃ。しかし、よく考えてみれば、おまえのようなパンピーが、いくらやっぱり弱かったとはいえ、この魔王城までやって来られること自体おかしいことなのじゃ。それはパンピーではない。ネオパンピーぐらいでなければできぬことじゃ。つまり、それができたということは、なんらかのいかさまをしていたということ。それで、わらわは考えたのじゃ。おまえは、記憶を引き継いだまま異世界転生をしたのではないかと。一度死んだ、というのはそのことではないかと」
おお。だてに魔王をやっていないようだ。
察しのよさに、おれはこころのなかで拍手を送った。
しかし、異世界転生という言葉がするすると出てくるあたり、やっぱりこの魔王様は、存在も中二だが中身もしっかり中二病だったようだ。
「おっしゃる通りですよ。どうせおれは、転生して現世の記憶を引き継いでいなければ、偽勇者にもなれないし魔王城に到達すらできないパンピー中のパンピーですよ」
「気持ちのわるい自虐はやめよ。しかし、やはりそうか。それでなのじゃが、おまえの故郷はどんな世界じゃった。端的に言えば、魔王や勇者は存在したのだろうか」
「そんなおもしろいもの、いないっすねー」
魔王様は、目を丸くし、口元に手をあて、いかにも『無防備にとっても驚きました!』的な姿をさらした。
「やはり……やはり、実在したのか! 魔王も、勇者も存在しない世界。偽者よ。われわれはずっとずっと探していたのじゃ。魔王も勇者も存在しない世界。そのゆーとぴあにいけたのなら、われわれもことわりから解放されて、自由な生を謳歌できるのではないかと」
偽者呼ばわりは若干気になったけれども、なんとなく必死な魔王様は年相応(いくつだ?)の少女のようで、ちょっとかわいらしかった。
「記憶をもったまま何回も転生してるんだろ? それでも魔王も勇者もいない世界にいけないのなら、やっぱりそのことわりってやつが邪魔してるんじゃねえの? だとしたら、やっぱり無理なんだと思うけど」
「よく聞け、パンピーよ。そもそもことわりを持ち出すのならば、おまえたちパンピーが記憶を持ったまま異世界転生ができること自体、おかしなことなのじゃ。おまえたちパンピーは、死んだら基本もといた世界でうまれかわる。おまえたちのような有象無象などそこらじゅうにありすぎて、わざわざほかの世界とやりとりをする必要なんてないのじゃ」
とてつもなく失礼なことを言われている気がするが、なんとなく理解できてしまうのが悲しかった。
「でも、実際におまえが異世界転生をして、しかも記憶を保ったままなんてことがあるなら、それがことわりにゆがみがあるというなによりの証拠。だとするなら、わらわが魔王も勇者も存在しない世界に転生できる可能性も……ないわけではない!」
「はあ……」
ざっぱーん、と高波の上に身をおどらせて、高笑いをする魔王様の姿が見えた気がした。
「そこでじゃ。ある可能性が浮上する。勇者じゃ。さきほど、なさけない死にざまをさらして死んだと仮定した勇者じゃ。われわれはずっとずっと、勇者も魔王も存在しない世界の可能性を模索していた。しかしもしかしたら、勇者は見つけたのかもしれない。あやつはいつだっていつだって、涼しい顔をしながら抜け目のないやつだった! それで、ひとりでさっさと、その魔王も勇者も存在しない世界に行って、いまごろ羽をのばしているやもしれぬ! あーくやしい!! その可能性があると考えただけで、はらわたが煮えくりかえりそうじゃ!!」
「まあ、想像でそうカリカリしても仕方ないだろ。落ち着けよ……」
「これが落ち着いていられるか! わらわは決めたぞ。おまえについていく。そして必ずや、おまえの故郷に転生するすべを見つけるのじゃ」
「え……ええええええええ!?」
突然粘着宣言をされて、おれは後ずさった。
しかしさがったぶんだけ、魔王様はにじりよってくる。
「おまえ、名はなんと言う」
「えっと……アキラ、だけど」
「わかった。ではアキラよ。そうと決まればこのまま魔王城にいても仕方ない。さっさと下界におりて、作戦を練るのじゃ」
そう言って魔王様は、黒いマントをばさりと払った。
拒否権はなかった。
そう、なかったのである。
なぜならおれは、このなさけない偽勇者は。
魔王様に、完膚なきまでに敗れたのだから。