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第一話 転生したら魔王に即負けした件

 おれは膝をついた。

 黒い風がびゅうびゅう吹いて、目もまともに開けちゃいられない。

 キマイラ、ケルベロス、ファーブニル、ヒュドラ……。

 魔王によって召喚されたありとある伝説級の魔獣たちが、おれに向かって、一斉に牙をむく。


 仲間?

 そんなものいやしない。

 おれは某有名RPGの縛りプレイよろしく、たったひとりで魔王に挑んだのだ。

 それでも、大丈夫なはずだった。

 だって——いまのおれは、勇者なのだから。


「はーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 魔王の哄笑が響く。

 事実、これは笑っていい場面だった。

 なぜならおれは、勇者たるおれは、もう戦う力も、気力も失っていた。

 完全なる敗北。

 魔王にとって、これほど愉快で、ちゃんちゃらおかしいことがあるはずない。

 

 しかし、その笑い声はどこか間が抜けていた。

 いや、そうではない。

 聞いているおれのほうが、こんなピンチにあって、しかし力が抜けそうだったのだ。


 ——魔王は、少女だった。

 黒い長い髪で、赤い瞳で、そしていろんなところの発育がちょっとばかり残念な、少女だったのである。

 その少女の哄笑というのは、なんというか、威圧感というものに乏しかった。 

 うん。でも、見てくれは悪くない。


 というかこの魔王の間に入ったとき、おれははからずもノスタルジィというものを感じたのである。

 景色うんぬんではない。

 あ、元の世界でこういうラノベ読んだわ。

 というノスタルジィ。

 おれが勇者で、魔王が少女。


 そう。今日日、こんなことはきっと珍しいことでもなんでもないのだろう。

 おれはテンプレ通り、お約束通り、転生というものをしてこの世界にやってきたのだった。

 そのいきさつについては、また機会を改めて述べることにしよう。


「弱い! はっきり言って弱い! 弱い弱い弱い!! おまえ、本当に勇者か?」


 黒い風がやんだ。

 それでもおれは動けなかった。

 戦意喪失を見てとったのか、だだっぴろい赤絨毯の上をつかつかと歩いて、魔王様はおれの前までやってきた。


「いやあ。そのはず、ですよ? ほら、エクスカリバーも持ってるし……」


 おれはたたき落とされて床に落ちた聖剣エクスカリバーを見やって、愛想笑いを浮かべた。


「ふん。そんなものなんの証拠にもならぬわ」


 そう言って、魔王様はおれの顔をゆっくりとのぞきこむ。

 ——と。

 魔王様の顔が、みるみるゆがんでいく。


「あ……あ、あ、ああああああああああああああああ!!!!!」


「は、な、なんだよ!?」


「おまえ、おまえ……! 勇者ではないな! よくも……よくもわらわをたばかりおって!」


「は!?」


 勇者ではない……ってなんだよ!?

 っていうか、魔王を倒しに来たらそれすなわち勇者なんじゃないの!?

 いや、たしかに負けたけど。


 でも、この魔王様は『魔王に負けたものは勇者にあらず』みたいな哲学的(?)なことを言っているわけでもなさそうだった。


「あ……ああ。あいつめあいつめあいつめええええええええ!! 逃げおったな! どういう方法か知らんが、ひとりでさっさと! わらわを置いて! 逃げおったなああああああああああ!!!」


 ん、いま、わらわを置いてって言った?

 おれが勇者ではないっていうなら、このあいつというのが、この魔王様の指すほんとうの勇者なのだろうか。

 で、なになに? この魔王様、もしかして(おれではないどこかの)勇者様と、禁断の、そういう関係なのか?

 ちょっと待て。

 魔王も含め美少女というのはすべからく転生した勇者——すなわちおれに、お熱になるもんじゃないのかい?

 ……うん。じぶんで思って悲しくなってきた。

 なにせ、普通の転生者たるものは、たとえそれがチートであろうが主人公補正であろうが、とりあえずは主人公たる活躍をみせるのだ。

 よって、モテるのだ。

 開幕早々、少女魔王にひざを折るおれが、同じ展開を期待してはいけないのかもしれなかった。


「……勇者がこの魔王城に向かっているというもんじゃから、てっきり、わらわは、そうなんじゃと思っていたのに。それがまさか、こんな卑小な、名もない村人Aも同然の魂に気づかなかったなんて……」


 しゅんとした姿は絵に描いたような美少女だったが、だいぶひどい言いようだった。


「なんなんだよ、さっきから黙って聞いてりゃ。おまえ、魔王だろ? 勇者倒したいんだろ?」


 一度はおもねって敬語を使ったことも忘れて、おれは言った。


「もちろん、そうじゃ。しかし、勇者でもなんでもないおまえを倒したところで、なんの意味もない。いや、もともと意味なんてないのじゃが……」


 魔王様は、急にしおらしくなった。


「もう、よい。帰れ。帰るがよい。それとも、そのエクスカリバーでわらわの喉元を一突きするか? それもよかろう。わらわはもう……飽いた」


 そう言って、どっさりと金で縁取った玉座に腰を落とした。


 そういえば、とおれは思い返す。

 お約束通り不幸な交通事故で命を落としたおれは、気づけばこの世界にいた。

 魔物の被害にあえぐ村人を現代の知識でもって救ってやったところから、おれのサクセスストーリー(の予定だった)は始まったのだ。

 

 いつからかおれは、勇者様ともてはやされるようになった。

 しかし、人々は口々にこう言ったのだ。


 ——あなたこそ『本物の』勇者様だ、と。


 今までなんとも思ってなかったが、それってつまり、『偽物の』勇者様がいたってことになるのか?

 んで、この魔王様はその偽勇者こそが本物だと言っている……?


「おい。いつまでそこにいる。目障りじゃ。帰るか殺すかはっきりせい」


 帰るか殺すかって……。

 魔王様はご機嫌ななめのようだった。


 ただ、どちらもしたくない、というのが正直なおれの気持ちだった。


 帰るのは、おれに期待してくれた世界中の民草に申し訳がたたない。

 というか恰好悪い。

 殺すのも、こんな思わせぶりなことを言われた上に、まがりなりにも美少女の首にエクスカリバーを突き立てるというのは、すっきりしない。


 そもそもおれは、形の上ではこの魔王様に負けたのだ。

 お情けで勝利をもぎ取って、まあそれも勝利と言えば勝利かもしれないけれど、すっきりしない幕切れを迎えるんじゃあ、わざわざ転生した意味なんてない、というものだろう。


「……説明しろよ」


「なに?」


 魔王様は眉を上げた。


「説明しろよ。いったい、どういうことなのか。そしたら、帰るなり殺すなりしてやるよ」


「ははっ。じぶんの立場がわかっておらぬやつ。いまここでわらわがおぬしを殺したってかまわぬのじゃぞ。それすらも面倒だから、そうしなかっただけで」


「しろよ。このまま帰ったって、だれにあわせる顔もねえよ。殺すのも、こっちが負けたはずなのに情けをかけられたみたいでしゃくだ。だったらいっそ、殺されたほうがましだ。……もともと、一度死んだ命だし」

 

「ふん、村人Aにしてはふてぶてしいな」


 つまらなそうにそう言った魔王様の目が、しかしみるみる見開かれる。

 

「ま、待て! おまえ今、なんと言った」


「は!? どこについてだよ」


「一度死んだ、と言ったじゃろう!」


「あ、ああ、そのこと……」


 どうして、そんなところに食いついたのか見当もつかなかった。


 中二な存在だが中二病かはさだかではない魔王様が、果たして転生のことなど理解できるのだろうか。


 そう思ったが、まがりなりにも正義の勇者たるもの、いや、もと男子高校生たるもの、外面だけでも美少女の姿をしたものをむげにすることは、悲しいかな、できないのだった。


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