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第17話 はじめてのお仕事。



 目を開けると磨りガラス越しのように景色が見えた。

 目を擦りながら身体を起こすと、さっきまでの気分の悪さが嘘のよう……なんて事は無く、それでも動く分には問題無いくらいには良くなっていた。



 えっと何するんだっけかな……?



 たたらを踏みつつ立ち上がり、寝惚けた頭を働かせると、ようやくマニエラと薬草取りに行く約束を思い出せた。



 起こされずに自分で起きれたって事は、うたた寝くらいしかしなかったのか――?



 浮かんだ疑問はどっかその辺にうっちゃって、取り敢えず隣の部屋へ。


 布を押し退けると最初に目に入るのは省エネモードの不動のレバニラ。

 ぐるりと首を巡らすと――、


「ぁ」


 小さな声を漏らすマニエラと目が合った。

 彼女は背負子しょいこを担ぎ、今まさに外へ出ようとする所だった。


 これは……役立たず(オレ)がグースカ寝こけて起きない内に、これ幸いと出掛けちまおうって腹積もりだったって事でファイナルアンサー?


「起きても大丈夫です?」


 オレを気遣うような言葉を掛けてくるが、その意味がいまいち解らない。


「その…すごく顔色が悪かったようなので……寝てる時もうなされてるようでしたし」

「だ、いじょうぶだ、問題……無い」


 確かに凶敵《3匹のこぶた》の強襲のせいでかなりのメンタルとバイタルを失ったが、そんなに顔に出てたのか?


「そうですか? 長旅で疲れが溜まったりされてませんか?」

「だ、いじょうぶだ…問題無、い」


 マニエラが重ねて聞いてくる。そんなに酷い顔をしてたのか、それとも余程オレを連れていくのが面倒になったのか……。

 後者だったら軽く引き籠もろうかしら。


「解りました。では一緒に行きましょうか」

「あ、ぁ……」


 軽くため息のような息を一つ漏らしてマニエラがオレの同行を認める。その言葉に肯定の意味で首肯して見せると、外へ出る彼女の後を追うように靴を履いてそれに続いた。


 外へ出ると太陽は既に空高く顔を出しており、村を柔らかい光で照らし出していた。

 オレが外を出歩いていた時は明るくはあったが、森の木々に隠れて太陽自体は見えなかったから、ひょっとしたら結構な時間が経っているのかも知れない。


 もしかして何度も起こしたけど起きなかったなんてオチだろうか?


「そうだ。ナツメさんの篭も用意しないとですね」


 朗らかにそう言うと家の裏手へと歩き出すマニエラ。その後を付き従う。


 もしそうなら悪いのはオレの方だ。役立たず扱いされても仕方ない。汚名を挽回して名誉を返上するチャンスはあるかしら。


 裏手に回るとそこは、何となく庭なんだろうなと思わせる造りの土塊だった平らな地面が広がっていた。

 マニエラはその隅にある四畳半有るか無いかの小屋へと入る。入り口の布を押し退けた際、チラリと覗き見ると、昨日の夕方彼女が手にしていた物と同じ薪だか木切れだかの束や数種類の野菜、何かしらの道具類がキチンと整理され置かれていた。

 どうやらここは物置小屋らしい。


 それにしても家の入り口にしろ、物置にしろ、布切れ一枚って不用心過ぎやしないか? 泥棒に入られるとかそう言う考えは無いんだろうか?


 てな事を考えていると、すぐにマニエラが物置小屋から戻ってきた。その手には自分が背負っているのと変わらない籠付きの背負子が握られている。


「あ、りがと…ぅ」


 それを受け取り礼を返すとマニエラはにっこりと微笑み、「では行きましょう」と前を歩き出した。






 村の周りを囲む柵には、昨日オレが入ってきた場所と、ほぼ真逆の位置にある朝の散歩で訪れた場所との二つが村の出入り口になっているっぽい。今回オレ達は真逆の方から外へ出て行く。


 別にそこから外へ出たからと言って、その先に舗装された道が通っていると言う訳でもなく、人一人が通れる程度の踏み固められただけの獣道が森の奥へと続いてるだけ。

 その獣道をマニエラと二人ずんずんと進んでいくと、5分程歩いた辺りで森の様子が変わる。

 はっきりどう変わったとは言い難いが、何となく鬱蒼とした感じが増した気がする。どうも、この辺りまでは多少なりとも手入れがされていて、ここから先はその範囲外なのかも知れない。



 ひょっとしてこの辺りまでが、う○こポイントだったりして……。



 そんな疑問をエチケット的にも口に出来る訳もなく、どんどん進むマニエラの後を付いていく。


 前を歩くマニエラは手にした切れ味の鈍そうな鉈で邪魔な枝や下草を刈りながらズンズンと進んでいく。

 そういった事はホントだったら男のオレがすべき事なのかも知れないが、何処に向かっているのかも解らないオレがその役を買って出ても迷惑にしかならない事は火を見るより明らかだろう。


 それ以前に、そんな気の効いた台詞をオレの口から垂れ流せる気が全くしない。


 更に5分、むせ返るような木と草と土の匂いに包まれながら左へとゆるく弧を描く獣道を別け進むと、オレ達が出すガサガサとした音とは別の音が耳に入り始めた。

 サラサラともザアザアとも取れる何かが流れるような音。それが進むにつれて徐々に大きさを増す。そして木々が唐突に途切れると音の主が目の前に横たわっていた。


 川だ。


 木々が途切れた直ぐ先の1m程の急な傾斜を降りると、ゴツゴツとした石の川原を両脇に携えた10mを超える幅の川が流れていた。


「えっ?」


 マニエラが何の躊躇もなく川の中へザブリと足を踏み入れた。


「どうかしました?」

「入…るのか……?」

「薬草は川の向こうに生えていますので」


 振り返ったマニエラに問い掛けると、さも当然のように答えが返ってきた。

 そうか……入るのか。


 鉈が濡れないように胸の高さに掲げザブザブと先を進むマニエラに倣い、一呼吸して意を決すると川の中へ足を突っ込む。



 ひぅっ――!?



 水が思った以上に冷たい。その上濡れたズボンが脚にまとわりついてこれまた思った以上に動き難い。


 その感覚に記憶の水底に沈んでいた扉が重く軋んだ音を立てながらゆっくり開く。


 その中にはガキの時分、春先の肌寒い日に家から少し離れた大きな公園の池に突き落とされた思い出がギッチギチに押し込められていた。

 必死になって池から上がったら、今度は自転車を池に投げ棄てられて自分からまた池に飛び込む事になって……あぁ、胸糞悪い。嫌な事思い出しちまった。

 頭の中から必死に記憶を払い除ける。二度と思い出したくも無い。


 と――、

 ヘソまで川に浸かったオレの足下を掠め、通り過ぎて行く影があった。

 揺れる水面に目を凝らして覗き込むと『川』と『川魚』のポップアップウィンドウが川上に向かってユラユラと上って行く。デカイな……尺上はあるぞ。


 悠然と泳ぐそれが岩陰に隠れるまで見送ってから改めて向こう岸を目指す。そこでは既に川原に上がったマニエラが、一枚布で作った貫頭衣のようなワンピースの裾を絞り、毛皮のチョッキの水気を拭っていた。


「ぅ〜ゎ……」


 川から上がると嫌悪感から声が漏れる。ビッチャビチャのシャツの下半分とズボンが肌に吸い付き、浸水した皮の靴が歩く度にグッチョングッチョンと音を立てていた。

 ホントなら全部脱ぎ捨てて雑巾のように絞ってしまいたかったが、人前で全裸マンになる趣味も度胸もな無いオレは、シャツとタンクトップの裾をまとめて絞り、ズボンの水気を掌を使って腰から下へ下へと押し出し、脱いだ靴を逆さに返すだけに留まる。


 ある程度した所でマニエラが「そろそろ行きましょうか」と声を掛けてきた。まだ全然気持ち悪いままなのだが、向こうもざっと水気を絞っただけだったので何も言えず、首肯すると「では行きましょう」と歩き出すマニエラの後に付き従う。



 あぁ、これ風邪引くかも知れない……。



 冷たく肌にまとわり付いて動きを阻害する服の感触に辟易しつつ、川上に向かって前を歩くマニエラを何とはなしに眺める。

 水気が十分に抜けきれてない服が胸下辺りからピタリと肌に吸い付いてそのラインを顕にしている。それは何と言うべきか、実に艶かしい……と言うよりも、実に太ましい。

 アラフォーとかの四角く垂れたセルライトで凸凹でこぼことした象のような尻とは全く違う、十代か二十歳を少し過ぎたくらいの張りのあるツンと上を向いた大きな尻が足場の悪い川原の凹凸おうとつに合わせてプリプリと動いている。


『マニエラ オーク 女 [レバニラの孫]』


 ポップアップウィンドウが無駄に立ち上がる。



 う~~ん、何だろう……デブ専とかならむしゃぶり付きたくなるような光景なんだろうか、これは?



 一欠片もそそられない尻を目で追いながらそんな事をぼんやりと考える。

 そういや前にレンタルビデオ屋の福袋買った時に入ってた、還暦くらいのBBAのエロDVDを試しに観てみたら半日以上気分が悪かったのを思い出した。ストライクゾーンを外れたエロに対する反応として『無』はマシな方かも知れない。

 むしろ、どストライクだった場合の反応を考えるのが恐ろしい。オレは平静を保っていられるだろうか……いや、通常運転で既にポンコツなんだから平静を保つなんて無理な話か。

 自分で自分が嫌になる。


 ネガティブに自己否定的な自己完結をしていると、視界の隅の景色が変わっていた。


 尻から目を離し森を見る。


『竹』 『竹』 『笹』 『竹』


 群生するそれらの幾つかにポップアップウィンドウが立ち上がった。



 竹……竹が有るなら筍も有るだろうか?



 炊き込みご飯の味を夢想する。醤油に味醂、干し椎茸に鶏の出汁が染み込んだ艶々赤茶色の、ホカホカと湯気の立つ米。モッチリと粘り気の強いそれと細かく刻んだ具材、その中でも筍シャキシャキとした食感のコントラストを思い出すと口の中一杯に唾液が溢れ出す。

 しかし、ここに来てからの塩味しかしない味気無い飯に、米が出て来なかった事を思い出して落ち込む。

 もうオレは美味い飯にありつけないかもしれない。


 節の所々から針のように鋭い枝と剃刀のように鋭い笹が生えるそれらは、実に凶悪そうな匂いを醸し出している竹藪を見ながらそんな事を考える。

 あの中に入ったら絶対無傷じゃいられないだろう。


 竹藪の横を通り過ぎてしばし、マニエラが再び森の中を進もうと斜面を登り始める。その先に広がる森はついさっき突っ切って来た村側の森よりなお深い。



 ここを進むのか……。



 獣道すら見当たらず、進行の困難さが容易に想像出来思わず足が止まると、先に斜面を登ったマニエラが手を差し伸べてくる。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……何か、凄い…な」

「こっちへはわたしの他はガリバロ達狩人がたまに分け入るくらいで、他は滅多に人の手は入りませんからね」


 人の手を借りる事に僅かばかり逡巡するが、馬鹿な考えは抑え込み、手を借りて斜面を登ったオレの呟きに、少しの沈黙の後、意味を理解したのか答えが返ってきた。

 しかし、やっぱガリバロは狩人なのか。でもあずさ2号とは関係ないんだろうな。


「後もう少しなので頑張って付いて来てくださいね」

「解っ…た」


 頷いて森を切り開くマニエラの後に続いた。



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