第16話 続・凶敵 ~3匹のこぶた~ 現る。
『子オーク 大 幼児』
『子オーク 中 幼女』
『子オーク 小 幼女』
ポップアップウィンドウが貼り付いた笑う凶敵《3匹のこぶた》達――。
皆が一様にオレを見て笑っている。
甲高い笑い声にエコーが掛かって鼓膜に突き刺さる。
脳が揺れる。
皆が一様にオレを見て笑っている。
景色がぶれる。現実の景色と記憶の中の景色が重なり、捻れ、融ける。
子オークがぶちぶち分裂して行き、十重二十重にオレを取り囲む。
皆が一様にオレを見て笑っている。
鼓動が早鐘を打ち鳴らすかのように脈打つ。
胸が苦しい。
皆が一様にオレを見て笑っている。
呼吸が浅くなる。
酸素が。酸素が全然足りない。
皆が一様にオレを見て笑っている。
末端の血管が収縮する。手足が震える。
寒い、寒い寒い寒い寒い寒い熱い。
皆が一様にオレを見て嗤っている。
色が消える。音が消える。匂いが消える。感覚が消える。
モノクロの景色の中で目と口が三日月の形に割れた顔だけが。無音の中でうずくまるオレの事を嘲り嗤う声だけが。
くっきりと見え、はっきりと聞こえる。
「ぁ……ぁ、ぁ…………」
「大丈夫?」
嗤い声と嗤う顔がぐるぐると周りを回りオレを追い詰める。逃げ場を一つ一つ潰していく。
やめろ…………
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめてくれっっ!!
「ねえ大丈夫っ!」
唐突に意識が現実に引き戻された。
目の前には覗き込むように身体を折り曲げてこちらを見上げる、恐らく不安気な表情の子オークの顔。
うずくまったまま視線だけ上に上げると、一番大きな子オークはおろおろと周囲を見回して、一番小さな子オークは半べそかきそうになっていた。
何か喋ろうとするが巧く声にならない。しゃっくりのような息ばかりが出る。
ぎゅっと強く目を瞑る。
大丈夫、大丈夫、もう大丈夫。何でもない、何でもない、何にもない、何にもない。平気、平気、平気。安心しろ、安心しろ、安心しろ、安心する…………。
心の中で何度も呪文のように反芻しながら、呪いに掛かった心と身体の強張りを少しずつ解いていく。
無理矢理にでも大きく深呼吸を何度もしてゆっくりと目を開ける。
「だ…い、じょぶだ、問…題無、い……」
目の前で立ちすくむ中くらいの子オークを視界に収めながら途切れ途切れに言葉を返す。
ちゃんと相手の目を見て応えるのがベストなんだろうが、そこまではいくら頑張っても今のオレには出来そうになかった。
腰から砕け落ちそうになりながらも震える足の腿を強く握り締めながら立ち上がる。
「ふっといの、ホントに大丈夫か~?」
「ふいっぐ…らいじょっプ……」
大と小の子オークがおっかなびっくり近付いてくると、オレの近くに居た中の子オークが、トトトトと大の後ろへ逃げていった。
そんなに怯えなくてもいいと思う。
よくよく見れば、昨日ガリバロと一緒に居た時に寄ってきた子オーク達だったか。
「オ、レにな…な、にか、用、か?」
「ガリバロ探してんだけど、ふっといの知らないか~?」
「ガリバロ探してるの。知らない?」
「ぐずっ…バォ~さがしゅ~、ふっとーしゃない?」
「ふっといの、じゃな、くて…オレ…夏目、な」
先ずは名前の訂正をしておく。
いつまでもふっといのふっといの呼ばわりされると、地味にメンタルを削られる。それはもうふくよかなのにガリガリと。
「ガ、リバロの事…知ら、ない……」
そう言やあいつとは、昨日レバニラの家で狩りに出るって別れたきりだったな。一晩跨いでリアルひと狩りやってるのだろうか? 上手に焼いてるのだろうか?
「た…ぶん、狩り……」
情報を一つ付け加える。
「そっかー、じゃあいいや。またなー、ふっといのー」
「またね。ふっといの」
「たねー、ふっとー」
だから、ふっといのじゃねぇっての――。
テテテテ、トトトト、ポテポテポテと走り去る3匹のこぶたの背を恨みがましく睨みながら、声を大にして言いたかった。
はぁ、マジで疲れた……。
まさか、ちょっと驚かされたくらいであんな発作が起こるとは夢にも思わなかった。それもこれも長い事、他人とろくすっぽコミュニケーションを取ってこなかったからなのか?
それにしても、ほんのちょっとの散策のつもりだったのに、一月分くらい遭難した気分だ。バイタルとメンタルが一気に無くなった。
二の腕を撫でるとヒヤリと冷たく、額からはジットリと汗が流れ出ていた。そして、指先で触れた皮膚の質感や形の変化に言い様の無い喪失感のようなものが再びのし掛かり悲しくなった。
こんな事でこの先やっていけるんだろうか?
いや、やっていかなきゃいけないんだ。じゃないと何も変わらない。変わらないどころか、この先多分生きてはいけない。
今はこの村の好意にすがれちゃいるが、ただただ穀を潰すヤツなんてレッテル貼られた日にゃ、放逐されるのがオチだ。それまでに何かしらの成果を出すか、自分から出て行けるくらいの生活力を身に付けておかないと。
そんな事を考えなきゃいけない現状に気分が重くなる。
ため息一つ、オレはふらつく足取りで帰路に就いた。
「お帰りなさい」
玄関を潜ると、板間の雑巾掛けをしていたマニエラが声を掛けて出迎えてくれる。不動のレバニラは相変わらず囲炉裏の前で地蔵状態だ。
「た、だい…ま……」
言葉短くそれだけ返すと靴を脱ぎ板間へ上がる。
「何かありました?」
オレの顔を見て状態異常に気付いたのか、心配そうに手を止めてこちらへ来ようとするマニエラを軽く手を上げて止める。
「ちょっと、疲れた…だけ。少し…横、になる、から…薬草、行くと、き起…こして……」
細切れ気味だが、オレにしては結構な長文を喋って隣の部屋へと避難する。
視線だけオレに向けて沈黙を貫いていたレバニラは付き合いきれないので敢えてスルー。
良かった。まだ敷いてあった――。
部屋の真ん中に敷かれた毛皮の上へ崩れるように寝転がった。
異世界に飛ばされてトントン拍子で事が進むなんてのは、三流ラノベの中の世界だけなんだな……。