第13話 食う、寝る、悩む。
2018.05.29 加筆修正。
「ナツメよ。お主は何が出来る?」
オレの右隣に座るレバニラが、クツクツと煮え始めた鍋に視線を落としながら唐突に切り出した。
オレが村の外へ『お花を摘みに』行って戻ってくると飯の準備は終わっており、後は囲炉裏で煮えるのを待つだけ――具材の入った鍋が囲炉裏の中に設えられた4本の石の脚の上に乗せられて、火を入れている所だった。
「直に出来上がるので上で待っててくださいね」
と、木のお玉と人数分の器と匙を手にマニエラ。言われた通り板の間の囲炉裏の前に座ると、前述のレバニラの言葉に至る訳だ。
「?」
だが、何が出来ると聞かれてもどう答えれば良いのかが解らない。
多少パソなら多少弄れるが、電気はおろかガス、水道と言ったライフラインが一つも無い、こんな辺鄙な所ではそんな取り柄なんぞ糞の役にも立ちゃしない。
「お主は狩りは出来るか?」
オレが答えあぐねているのに焦れたのか、レバニラが具体的に聞いてくる。
しかし、とあるゲームの『ひと狩り行こうぜ!』でモンスターをハントするやつや、仲魔を集める仮面のやつ、後は恨み辛みの妄想の中でならば、何万何億と人から恐竜、神や悪魔に果ては地球外生命体と、ありとあらゆる者を虐殺してきた実績はあるが、現実世界じゃ小型犬一匹殺すどころかケツを咬まれて返り討ちに遇いかねないオレに、ガチ狩りなんぞ到底出来るはずがない。
「狩り、出来ない」
マニエラが鍋の底から上がってくる泡が大きくなり始めた頃合いを見計らい、囲炉裏の中の燃える木切れを鍋の下から掻き出して、鍋が煮立ち過ぎないようにパチパチと爆ぜる火を絶妙な位置へと遠ざけた。
「では、お主は皮を鞣し衣服を仕立てる事は出来るか?」
狩りは出来ないと答えたオレに、レバニラが別の選択肢を提示する。
しかし、とあるオンゲーの裁縫ギルドでは、マスターランクの裁縫レベルをエクセルを駆使して手に入れ『格別級』や『伝説級』なんてレア度の装備品をバンバン仕立てた実績はあるが、現実世界じゃ小学生の時の家庭科で、何度も指を刺しながら雑巾モドキくらいしか縫った事のないオレに、皮製品の仕立てなんぞ到底出来るはずがない。あぁ、あのゲームも『伝説級』装備が実装される前にプレイ出来なくなっちまったんだよな……。
「仕立て、出来ない」
マニエラが出来上がった鍋の中の汁を具と一緒にお玉で器へとよそい、レバニラからオレへの順に匙を添えて渡してきた。
「では、お主は木を切り倒し、桶や器を造る事は出来るか?」
仕立ては出来ないと答えたオレに、レバニラがまた別の選択肢を提示する。
しかし、とある戦国シミュレーションアプリで課金アイテムにモノを言わせて大森林を伐採し尽くし、大胆不敵にして精巧緻密なカラクリ城や移動砦を建設しまくって全国制覇を果たした実績はあるが、現実世界じゃ技術の時間に、誰よりも手間暇掛けて仕上げた自信作が、物を乗せると傾く木の棚や座ると必ず潰れる木の椅子と言う失敗作だったオレに、使える木工品を造るなんぞ到底出来るはずがない。
「木工、出来ない」
器に盛られた汁を注視すると、ポップアップウィンドウに『色々煮込んだ汁』と表示される。
更に注視してみると、木の器や匙とか別の物にウィンドウが表示されまくる。
具材は何だとか詳細が知りたいのに全然役に立ちゃしないな。
「なんぢゃお主? 何の取り柄もないのにようもまぁ今まで生きて来れたもんぢゃな」
レバニラが呆れた顔をして身も蓋もない事を言い放ちやがった。
「しかし、どうしたもんぢゃろのぅ……村に多少の蓄えはあるとは言え、穀潰しを養うと言うのは……働かん者が村の中をほっつき歩いておったら、他の者がなんと言うやら……」
ババァが独り言のつもりかブツブツと呟いているが全部聞こえてるっての。
それにしても何でこんな雑魚モンスターの代表みたいなババァに穀潰し呼ばわりされなきゃならないんだ?
こちとら人間様だぞ! …………って、違うな……今のオレも雑魚モンスターの一匹だったんだ……。
『出来ない』と答える度に磨耗してたと言うのに、レバニラの遠慮会釈もない独り言が、追い討ちを掛けるようにオレのガラスのハートをガリガリと削っていく。
「お婆様、そんな言い方をしてはナツメさんに失礼ですよ。ナツメさんも気にせず、冷めない内に食べてくださいな」
そんなオレをおもんばかってかマニエラが優しくレバニラを諫めると、未だ飯に手を付けてなかったオレへとそれを食べるように促してくる。
クリーム色した根菜っぽい野菜――たぶん山芋あたりの芋の類いと、七草粥に入っていそうな草と、干した何かの肉――囲炉裏の上に渡った梁からぶら下がっている、蔓か樹皮辺りの繊維を編んだ網に入っていたであろうそれを煮込んだ汁は、出汁が出ているのかうっすら濁っている。
匙で掬って一口――味がしない。
いや、味がしないってのは語弊があるか。塩味だけの良く言えば素朴、悪く言えば味気無い味付けはされている。
美味くは無いが食べれないって訳じゃない。ただ、メンタルにダメージを受けてる今、美味いの不味いのと言った感覚が半ば麻痺しているような気がする。
「お味はいかがですか?」
マニエラが上目遣いに様子を窺ってくる。
「……問題、ない」
「そう…ですか」
そう答えてもう一口何の動物の物だか解らない干し肉を食べる。
一応空気を読んで言葉を選んだつもりだったが、どうやらお気に召さなかったらしい。
囲炉裏を挟んで向かいに座るマニエラがしゅんとしている。
「朴念仁めが……」
ぼそりと呟くレバニラの言葉は、意味が解らなかったので聞こえなかった振りを装い巧みにスルー。
先ずはお前がオレの気持ちを読みやがれってんだ。
しばらく無言で食事が進む。
贅沢は言わないが、味にもっとバラエティーと言うか、塩味以外の刺激があれば美味しくなるだろうに。
「それにしてもナツメの働く場所はどうしたもんぢゃろのぅ……」
レバニラがモシャモシャと山芋のような具を食べながらさっきの話を蒸し返す。何も解決していないんだから当たり前っちゃ当たり前か。
オレとしては他人と係わり合う仕事なんて一欠片だってしたくはないが、そうは問屋が卸してくれないだろう。
それにしても、猟師に仕立て屋に木工職人か。小さな村じゃ選択の幅も限られてくるって事か。
出来る限り何かしくじったとしてもグチグチと嫌味を言ってきたり、人の居ない所でそいつの陰口で盛り上がったり、然り気無く足を引っ張ってミスを押し付けてくるような糞虫の居ない場所に割り当てて貰いたいものだ。
「それじゃあ、わたしの手伝いをしてもらうと言うのはいかがでしょうか?」
マニエラの提案にレバニラが口に運ぶ匙を止め顔を向ける。
「こやつに薬草の採取と調合をか?」
「調合はともかく、採取の方はお婆様が足腰を弱くされてからは、わたし一人で行ってたので人手は欲しかった所です」
「ふむ……確かに最近の薬草採りはお主一人に任せきりぢゃったしな。しかし、こやつに薬草の見分けが付くもんぢゃろうか? あまり賢くは見えんが……」
話は勝手に進み、ババァが本人を前にして失礼な事を口走る。
なぜにオレはこんなくたばり損いのババァに悪し様に言われなきゃならないん…………あぁ、仕事が出来ないと思われてるからか。
オレは競り上がってくる文句の言葉をグッと飲み込み、匙で掬った汁を啜る。
あぁ、生温かくて味がしない。
「……と、言うわけで明日からわたしと一緒に薬草を採りに行って欲しいのですが、よろしいですか?」
何が『と、言うわけで』なのかは途中から話を聞き流していたので解らなかったが、要は何の取り柄も無い役立たずに任せるのは心許ないが、これと言って他に出来る事は無いのだから、せめて足を引っ張らない程度にマニエラの手伝いの、薬の材料になる葉っぱか何かを採りに行けと言う事なんだろう。
色々言いたい事もあったが、余計な手間を省くためにもそれらは全て飲み込んで、取り敢えず頷くだけ頷いておいた。
「ではナツメさん、明日からよろしくお願いします」
「こ、ちらこそ……」
崩していた足を正して手にした飯を囲炉裏の縁に置くと、オレなんかに深々と頭を下げるマニエラ。
慌ててこっちもペコリと頭だけ下げて返す。
それ以降、これと言った会話の盛り上がりもなく慎ましやかな飯の時間は終わり、後片付けが済んだ頃には日もとっぷりと暮れ、街頭一つ無い村の中は完全に夜の帳が下りていた。
食後、オレは昼下りにマニエラが掃除した隣の部屋に通された。
テレビもゲームもパソも無い、タンスも椅子もちゃぶ台も無い、無い無い尽くしの部屋に唯一、板の間に敷かれたバスタオルくらいの茶色っぽい1枚の毛皮。
これが蒲団代わりなのかと、その上に寝転がってみる。
毛が硬いせいかチクチクと肌に刺さってこそばゆい。
真っ暗な部屋の中。入り口に垂らした布の隙間から隣の部屋の灯りが漏れる。まだ囲炉裏の前にレバニラは座ってるんだろうか。
咳払い一つでも憚られそうなシンと静まり返った中、時折外の虫の音や、何かよく解らない動物の遠吠えが家の外――恐らくは森の奥から聞こえてくる。
怖い程自然が近い。
ふと、ガキの頃の夏休みに、じいちゃん家に泊まった夜を思い出した。
あの頃は何の悩みも無く楽しかった気がする……違うな。あの頃はあの頃で悩み事は確かにあった。アイツもコイツも死ねばいいのになんてずっと考えてた。
ノスタルジックに浸りたくて、一瞬昔を美化しようとしていたみたいだ。
何かヤな事思い出したな――。
寝返りを打つと辺りはホントに真っ暗闇になった。伸ばした自分の手はおろか、鼻を摘ままれたって、どこの誰に摘ままれたのか解りゃしない。
昨日までとはえらい違いだな――。
昨日と今日の有り過ぎる差に、思い返しただけでうんざりした。
まるで夢でも見てる気分だ。無論、夢と言っても悪夢の方だがな。
家に帰りたいが、帰ったって居場所なんかありゃしない。
いっそ死んでしまいたいとも思ったが、自殺なんてしようもんなら今際の際の無限ループなんてデスペナが手薬煉引いて待ち構えているせいで、死ぬ事だって出来やしない。
ここでひっそりと暮らすか――。
無いな。
オレみたいなウォシュレットの恩恵に飼い慣らされた人間が、村の外に穴掘ってしろだなんていつの時代だよ! 的な場所にずっと居られるはずがない。
せめて個室に水洗……いや、トイレットペーパーだけでも使える程度の文化レベルの場所へ行きたい。
出来るだけ早く人の多い街に行く――。
オレが最初に向かう目標が出来た。
って、ダメじゃん。今のオレに行ける訳無いじゃん。
今のオレってばオークよ? 豚のモンスターよ!?
人間の街になんてのこのこ行ったりしたらソッコー退治されちゃうじゃんかっ!
毛皮の上でじたばたもがく。
せっかく目標を作ったってのに、その壁の高さに早速挫折しちまった。
もういいや。疲れた。寝よ。
明日の事は明日になったら考える。
ひょっとしたらここまで全部質の悪い夢で、起きたらいつもの朝が待ってるかも知れないし……。
精神的に疲れ果て、肉体的にも疲れてたオレは淡い期待を込めて目を瞑る。
昼夜逆転の生活を何年も送り、夜こそ我が舞台と嘯いていたオレだったが、意外とストンと眠りに落ちた。
翌朝――。
「やっぱ夢じゃなかったか……」
案の定毛皮の上で目を覚まし、淡い期待は見事なまでに打ち砕かれたオレだった。