ぬいぐるみ
家の近くのゴミ捨て場にクマのぬいぐるみが捨ててあった。
壊れた家電製品と粗大ゴミの山の上に鎮座している。
毛並みはひどく乱れ、プラスチックの両目は黒い塗装がはげてまだらに白い。
左手と右足の先からは綿がはみ出ており、おなかの綿は完全につぶれて固まっている。 右耳もかけており、かなりの年季を感じさせるものだった。
観察していると、ぬいぐるみと目が合った。
無残な姿に反して、その瞳には、誇り高いものが見えた。
なんとなく、興味を持ってしまった。
周りを確認する。
太陽は沈み、あたりは薄暗く、ヒトの気配もない。
私はバッグからソーイングセットを取り出し、
「直しましょうか?」
準備をしながら返事を待つ。
ぬいぐるみはこちらを向くが、返事はなかった。
よく見ると、ぬいぐるみにはクチがない。
これでは話せないはずだ。
手に取り、簡単にだけれども、鼻の真ん中を頂点として『人』の字を縫い付けた。
『小文字のオメガ』のように跳ね返らせてもよかったかな、と糸を切ってから思った。 元の位置にぬいぐるみを戻し、ふたたびたずねてみる。
「どうでしょう?」
ぬいぐるみが、付けられたばかりのくちを何度かパクパクとさせた後、
「すみませんが左側から話しかけてください。右耳が取れてしまっているんです」
ぬいぐるみから見て左側へ回り込み、同じ意味の質問をくり返した。
顔を伏せてぬいぐるみはしばらく考えていた。
そして、抑揚のない小さな声で答える。
「いまの私の姿を哀れに思い、そのようなお言葉をかけてくださったのでしょう。ありがとうございます」
許可が出る、と考えてぬいぐるみへ手を伸ばす――が、綿のこぼれる右腕で私は制されてしまう。
「ですが――」
すこしのためらいのあと、ぬいぐるみはクチを開いた。
「いまの私のこの姿は、ボロボロのこの姿は、私が役目を全うしたという証拠であり、誇ることの出来るすべてなのです」
「役目、ですか?」
もうすこし突っ込んで話を聞いてみたいと思ったが、ぬいぐるみはあまり乗り気ではないらしい。
「お話して差し上げたいのは山々ですがとてもとても長いお話になってしまいます。いまから話を初めても、朝のゴミ回収時間までに終えることが出来ませんよ」
十二時間以上かかるということか。
どうやら立ち話で聞けるようなものではないようだ。
「ひとつだけ、お願いがあります」
ぬいぐるみがこちらへゆっくりと背を向ける。
「私の中に残っているなにかを取り出してくれませんか。どうにもそこがうずくのです」
こちらに向けた背中にはちいさい穴があり、なかには綿にくるまれたキラリと輝くものが見える。
ハサミを突っ込み、中のものをうまくつかんで引き出す。
それは、銀の弾丸だった。
手に取ると、まだほんのりとあたたかい。
「あぁ、すっきりしました。これで心置きなく行くことが出来ます」
『撃たれたばかりなのか』
『なぜこんなものがはいっているのか』
そのことだけでも聞こうと思ったが、
「さぁ、こちらへヒトが来ますよ」
それきり、ぬいぐるみは黙ってしまう。
直後に、こちらへ歩いてくる複数人の話し声が私にも聞こえてきた。
直すことも聞くこともあきらめて、私はその場を後にする。
歩き去ろうとする私の背後で、ぬいぐるみの慇懃なお礼が聞こえた気がした。