宵祭り
雪祭りって言うと、どうしても北海道の方の有名なのを思い浮かべる人が多いみたいだ。冬休みに入る前の大学では、雪像だのなんだのと余計な話題ばかり振られてしまった。このあたりでは、そこまでの雪は積もらないと言うのに。
と、そんな話をしていると――。
「よくあることだよ。私の短大でだってそうなんだから」
幼馴染に、微笑でばっさりと話題を切り捨てられてしまう。
くそう、察しの悪い女め。
理系の大学なんていう男の園に住む俺にとっては、久方ぶりの故郷の祭りで女の子との共同作業にドキドキワクワクしているって言うのに。俺のロマンを返せ。
正月は過ぎ、成人式――は、祭りの都合で少しずらしているけど、もう少し後。そんな中途半端な時期の祭りだ。クリスマスから続くイベントラッシュの最後、と言えなくも無いけど、所詮地方の田舎町じゃ、大した知名度はない。
ぶっちゃけ、最近越してきた人とかには、正月の祝いと勘違いされてたりもすると思う。
まあ、越してくる人自体がかなりレアなんだけどさ。
神前で着膨れするわけにも行かず――、とはいえ寒いものは寒いので、ストーブで暖を取りつつ、宵祭りの準備を進める。
旧家の若い男が俺以外にも四人。女の子は、バイトの巫女さん込みで十五人。
バイトの子は、ちょっと面識がない。知っているのは、同い年で、さっき俺の話をぶった切った智美だけ。
中途半端に会話が途切れたので、誰もが黙々とナンテンの実のついた小枝に飾りと小さな電球を三つ付ける作業を行う。
「そういえば、ナンテンの花って見たことないよね」
「あ、そういえば~」
JKの良い感じの振りに、いそいそと割り込もうとすると……。
「白い小さな花が咲くんだ」
再び、智美に出端を挫かれた。
しかも、へえ、とか、もう会話終わる気満々な雰囲気になってるし。
恨みがましい視線を智美に向ける。すると――。
「にやり」
「口で言うな」
勝ち誇った笑みを浮かべる智美の額を、軽くペシンと叩く。
にゃはは、と、軽く笑った智美は、猫みたいな目で俺の目を覗きこんできた。
「悟ってさ、まだモテないの」
「おい、俺がずっとモテないみたいに言うな」
智美が、間の抜けた顔で一拍の間を空けた。
ぐうの音も出ないのか? と、ちょっと威張ってみるが、智美はどこか哀れむような視線で――。
「事実じゃない」
「断じて、事実じゃない」
あっさりと言われてしまったので、俺もすぐさま言い返すが――。
「肯定した?」
「俺のは間違いなく否定だろ」
からかわれて、それ以上言い返しにくくなってしまった。
いや、俺もそういうい話が皆無ってわけじゃないんだ。お付き合い出来そうになったことも、一度や二度……まあ、そのぐらいはある。
ただ――。
「仲良いですね。いいじゃないですか、ひとりにだけモテれば」
バイトの巫女さんJKが、俺達をからかう様に言って――その隣の友達らしき巫女さんに肘で脇腹を疲れてなにか耳打ちされていた。
空気を重くするのもアレだったので、軽く頭を傾けて、ナナメに智美を見下ろす。
智美は、しれっとした顔で話を流した。
そう、数年前の秋。
高校最後の年に俺は智美に告白し――、見事に玉砕していた。それはもう、いっそ清々しいくらいに。
しかし、智美だってそれ以降は浮いた話の一つも出ないんだし……。
まあ、俺以上に趣味の悪い男もいないからだろう、うん。
智美って、ぼけーっとした後、突拍子も無いことを言ったり行ったりする奇行癖があるし。
「悟」
「なんだ?」
「今のわたしには、凶器が」
「鋏を人に向けるんじゃない」
どうにも、変なところだけは鋭くて困る幼馴染だ。
「ちゃっちゃと終わらせなよ。あと少しなんだから」
「分かってるっての」
大きな木のテーブルの上に乗ったナンテンの枝は、もう両手で数えられるだけしかない。コレが終われば、後は夜が更けるのを待つだけになる……。
準備が終わると、ダンボールに入れた飾りをオッサンが外へ運んでいった。俺達も、そのまま外へと出る。日は暮れているが、もう少し、か。
雪は――暖冬のせいか、かなり少ない。ここ数日も晴れていたので、日陰に少し残っている程度だ。
神社の入り口側に焚き火があって、そこに人が一番集まっている。
それ以外は、鳥居や手水舎の側なんかに、小さな集団として集まっていた。
どうしようかな、と、悩んだところで、俺が話しかけられる相手は一人しかいなくて……。
「不満だったら、どっか別の場所に行く」
仏頂面って程じゃないと思うけど、さっきまでのたくさん人がいる中で一緒というのよりは大分ハードルの高い二人きりの状況に、やや緊張して声も顔も強張ってしまった。
「別に良いよ。隣にいなよ」
智美は、少し可笑しそうにそう答えたけど――特に話題を振ってきてはくれなかった。神社の、お守りなんかを売る場所の側で、二人並んで空を見上げる。
空は晴れていて、月は細い。
これなら、宵祭りには充分だろう。
「ねえ」
「ん?」
「なんで、わたしが、告白をOKしなかったか、分かる?」
お互いの顔も見ずに喋る、中身のない軽い世間話のつもりだったので、思わず噴出しかけた。
コイツ、なんて質問ぶつけてきあがる。
智美の顔を見れば、智美も俺の顔を正面から見た。
二重なのに、なぜかそんなに大きくもない目。セミロングの髪は、特になにも弄っていない。目鼻立ちは――、まあ、でも、普通の部類なんじゃないかなって思う。智美が凄くモテたって話を俺は聞かない。
……うん、俺にとっては好みの顔なんだけどさ。
「どういうことだよ」
「うん」
「いや、『うん』じゃなくてな」
「そういうこと」
「だから、どういうこと!?」
訊き返す俺に、智美は建物に預けていた背を起こし、軽く翻り――。
「ほら、集まろう。はじまるみたい」
鳥居から神社へと続く参道に人が集まり始めていた。
俺も急いで人が集まっているほうへと向かって、ナンテンの飾りを受け取り、列に並ぶ。正面には智美。
目が合った。
――瞬間、松明が消えたのか、周囲が一気に暗くなった。神社の灯りも消える。周囲の鎮守の森のおかげで、人家の明かりもここまでは届かない。ナンテンの星飾りに灯りを点ける。
空へ翳すんじゃない。
地面に向け、頭も下げる。
神主さんが参道を通り過ぎた。
神社の方で、祝詞を上げる声がしばらく続き――。
再び神主さんが参道を下ったのを見届け、顔を上げる。
空へと視線を向ける。
星が流れた――。
しぶんぎ座流星群。
昔の人が、どういった理由でこの祭りを始めたのかよく分からない。けど、空を流れる星を雪になぞらえ、年神様は家を七日に出られるので、それを送るための儀式という話で最近まとまりつつある。
宵祭りは、これだけだ。
これで終わり。
派手さはない。
厳かに、ひそやかに。
そんな田舎の雪祭りの宵祭りなんだから。
明日は、このナンテン飾りを使った神楽もあるけど、そのぐらい。有名な観光地とは比べ物にならない。
人が、動き出した。
流れ星が見られたので、宵祭りは成功。
明日の祭りで、今年は吉の年だと祝う。
智美が、俺の方へと歩み寄り――、そのまま通り過ぎたので背中を追う。参道から少し外れ、人の集団からも距離が開く。
「流れ星にお願いした?」
「今日のは――、いや、しかも、神社じゃ、そういうのじゃないと思うぞ」
クスクスと智美は笑い、少しだけセンチな表情で続けた。
「恋を終わらせるのは距離だって思ってたんだ」
うん? と、首を傾げる。
「悟なんて、すぐに忘れちゃうと思ってた。大学で離れ離れになったらね」
「どういうこと?」
期待で声が上ずる。
「願いが空に届くまで、わたしたちが、この祭りで選ばれるまで、少し時間は掛かったけど、ね」
試すような、気紛れ猫の目が俺を捕らえた。
「決めてたんだ、今日まで好きだったら、きっとこれからもそうなんだろうなって」
悟はどう? と、智美の目が訊ねている。
思いもしない事態に息が詰まりそうになる。けど、……答えは、いや、そう気持ちは、まだ変わっていなかった。
「俺は――」