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降りしきる雨に鬼  作者: ラノ
透明と赤の出会い
3/35

強奪

 朝食を済ませ、食器を洗うヨキは静かに雨月の言葉を思い出した。


『ヨキの目、綺麗だよ』


 皆から疎まれ、嫌われたこの目をなぜ彼は綺麗だと言ったのか。それがわからなかった。この目がすべてを壊した。この目が大嫌いだった。でも、どうして。

「ヨキ」

 びくりと肩を震わせてヨキは振り返る、雨月がこちらを見て困っていた。食器を拭きながらヨキは雨月を見つめる。

「あの、服…、俺の制服は…」

「あぁ、綺麗にしといたけど。帰る?」

 そう言うと雨月が暗い顔をしたのを見逃さなかった。やっぱりまだ怖いんだ、とヨキが目を細めた。それはそうだろう。いくら朝が来たから安心しろと言われても、いずれ夜は来るのだから。昨日の悪夢のような出来事にまだ体が震えるのだろう。

「時間あれば、どっか遊びに行かない?せっかく休みだしさ、雨月の好きなところでいいし」

「え?」

「気分転換ぐらいにはなるよ、きっと」

 ヨキに笑い掛けられて雨月はなんだか安心してしまう。家に帰っても誰も居ないせいか誰かと居たいと思ってしまったからだろう。

「じゃあ…」

 雨月は遠慮せずに彼は行きたい場所を告げた。


 ***


「頭痛い…くそぉヨキの奴。あんな夜中に起こしやがって、寝不足で頭が痛い」

 頭痛薬の箱を乱暴に開けて薬を取り出す。水を飲み次に薬を飲み込んで、また水を飲んだ。試薬品の薬に体が慣れ始めたのかあまり効かなくなってきた。

「はぁー、やっぱなんかあったのかな…」

 空のコップを机の上に置いてまたベッドに倒れる。フカフカの布団に体が沈み、眠気に襲われた。そういえば、しばらく休みなしだったなと思いながら目を閉じる。

「全く…面倒なことに首突っ込む性格は治らねぇのな。師匠にも俺にも心配させるな。たくっ」

 兄弟子の自分はヨキとかなり歳は離れている。自分は面倒なことが大嫌いで余計なことには口を出さないし、ムカつくことを言われようが相手にしない。が、彼はそれが出来ない。

 特に他人のことになると周りが見えなくなる悪い癖がある。


『なにやってんだ、お前は』

 呆れながら彼に言った。複数人相手に一人で喧嘩していたようで、いくら面倒なことが嫌いな自分でもさすがに止めた。その集団に自分よりも年上が居なかったせいか、彼らはすぐに逃げた。ボロボロになっている彼に手を貸して引き起こすと彼は小さな声で返した。

『だって…』

『師匠が喧嘩するなってあれだけ言ってんのにお前は。「花神」の名を汚す気か』

 きつめに言ってやらないとこいつにはわからないだろうとあの時の自分は思った。すると堰を切ったように彼の目から涙が流れ出し、震える声で説明し始める。

『だって…あいつら。不気味な俺を引き取って面倒見てるから、師匠のこと…頭おかしい……って。あいつら、そう言って、それで…』

 そう言って大声で泣き出してしまった。

 その後、あまりにも泣き止まないので師匠に引き渡した。師匠は泣き終わるまで面倒を見てくれた。師匠から聞いたのだが、かなり酷いことを言われたらしくそれで喧嘩になったらしい。


『ヨキは優しいから。天野、もしヨキが暴れたらまた止めてあげてね』

『勘弁してください。俺は面倒なことが大嫌いなんですよ?今回は見かけたから止めただけで』

『天野…いや、テンはそう言いながらも優しいから。なんだかんだヨキのこと心配なくせに』

 師匠が意地悪く笑い、泣き疲れて寝ているヨキの頭を撫でながら自分の昔の名を呼んだ。

『テンって呼ばないでください、それ昔の名前です、師匠』

『ふふ、テンって名前でも良かったのに』

『…テンは鬼の名です。今の俺は人間ですから』

『そうだね…そうだ!ヨキも人間の世界に行ってみたらどう?』

『はぁ!?何言ってるんですか!!』

 気まぐれな師匠の発言に大声で叫んだ。すぐに息を飲み込んでヨキに視線を移す、ぐっすり眠っていたので起こすことはなかった。

『だって、そしたら友達出来そうじゃない??』

 全くこの人は…と自分は頭を掻きながら返した。

『こいつが暴れて人間を襲ったらどうするんですか?』

『テンが止めればいいんだよ』

『師匠…あの、ですね』

『確かに今のこの子は不安定だから。暴れてしまうけど。もう少ししたら、きっと大丈夫だよ。テン、僕のお願い聞いてくれるでしょ?』

 そうやって優しい目で見てくるんだから師匠のくせにずるいと自分は思う。少し呼吸を置いてから自分はため息交じりに返した。

『はぁ…ずるいですよ。師匠』



「まったく…弟分も師匠も。人使い荒いっての」

 そう言って非番のはずの天野は、のそのそと着替えを始めた。


 ***


 ヨキの家から歩いて数分…陽は高く、寒さはそれほどでもない。外出するには丁度良い気候だった。ただヨキの服を借りたせいか、大きめで歩きにくい。

「お、俺…ゲーセンなんて初めてなんだけど」

 大きなゲームセンターの扉に入る手前でヨキの言葉に雨月が振り返る。

「本屋巡りの方がよかった?」

「本屋は職業病が出るからアウト。いや、大丈夫!初めてなだけだから!雨月の好きなところって言ったのは俺だし」

 ヨキはあたふたしながら返し、そのまま雨月の後を追うようにゲームセンターに入っていた。もしかしてうるさいところとか苦手なのかなと思いながら雨月は心配したが、その心配は不必要だった。

「おぉ!」

 ヨキは子供のような声をあげて雨月を追い抜いて中に入っていく。たくさんのクレーンゲームに目を輝かせていた。騒がしい場所が苦手というわけじゃないようで雨月は少し安心した。

「これ可愛い!」

「え?これでいいの?」

 ヨキが止まったクレーンゲームに雨月も立ち止まる。ガラスの向こう側にあるぬいぐるみを見た。パンダが山積みになっていて、顔の表情の種類は四種類ほど。ゆるゆるの表情は女子ウケが良さそうだ。しかしぬいぐるみは手のひらの大きさで雨月は少し不服そうな顔をする。しばらく辺りを見ていたが丁度良さそうなものが後ろのクレーンゲームにあった。

「あっちとかさ」

「うわぁ、おっきぃ!」

 ヨキは大きなパンダのぬいぐるみのクレーンゲームに飛びついた。大きさは枕ぐらいの大きさでクレーンもかなり大きなものになっている。雨月は財布を取り出してお金を入れる。

「取ってあげるよ」

「え?これ、見るだけのやつじゃないの??」

 ヨキの反応を見て「本当にゲームセンターに来たことがないんだな」と雨月は静かに思った。

「見てて」

 目をキラキラさせてヨキは雨月とぬいぐるみを見つめていた。1回目でクレーンのアームの強さと降下制限を見る。2回目でパンダの状態をずらし、3回目で落とす。これで見事に穴に落ちた。

「おぉ!凄い!!」

「はい、あげる」

 モフモフのパンダのぬいぐるみをヨキに渡すと嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。

「ありがとう!雨月ゲーム上手なんだね。俺、あんまりこういうところ来たことなくてさ」

「ヨキもやってみなよ。教えてあげる」

「えぇ?下手だよ?」

「ゲームなんだから、楽しめばいいんだよ」

 雨月が笑い、ヨキの服の袖を引っ張った。お菓子が山積みになったクレーンゲームに連れてくると百円玉を入れる。

「…どう動かすの?」

 少し緊張した声でヨキは言った、得体の知れないものを目の前にあたふたとしている。雨月は台に付いている二つのボタンを指した。

「数字書いてあるボタンがあるでしょ?まず赤のボタンを押す、押してる分だけ矢印の方向で動くんだ。で、次に緑のボタンを押すでしょ、そしたらこれも押している分だけ矢印の方向に動くから。山が崩れそうなところに動かしてみて」

 ヨキは恐る恐る押してみる。押しが甘かったようでクレーンは少し動いたら止まってしまった。

「あっやべ」

 笑っちゃいけないんだが、やはり不慣れな姿を見てしまうと昔の自分を見ているようでふふと息を漏らしてしまう。

「どうしよ…これ」

「次は縦の動きだから、ずっとボタン押しててみて」

 ヨキは思い通りに動かなかったので少し不安そうだったが、ぐっとボタンを押し込んでクレーンが動き出す。手を放すとクレーンが降りてアームの先の爪でお菓子をひっかけ持ち上げた。そのまま雪崩を起こして穴にたくさん落ちていく。完全に失敗だと思っていたヨキは雪崩に驚きながらもお菓子を取り出した。

「わぁ!」

「面白いでしょ?」

 雨月はすっと景品を入れる袋をヨキに渡す。入れ終えたら、すぐに次のクレーンゲームに向かう。その台の中は小さなマスコットのストラップが山積みになっている。ヨキではなかなか取れないようで雨月が交代して取ってくれた。

「雨月、こういうところ結構来てるの?」

「うん、まぁ…」

 お菓子を入れた袋に取った景品を詰めながらヨキはその顔を見ていた。暗い顔をして言葉を濁すその姿にヨキも少しずつわかり始めていた。きっと彼は好きで、このゲームが上手くなったわけじゃないということ。


「これ、やる??」

 ヨキが指したそれはガンシューティングゲームだった。モニターに映るターゲットを拳銃に似たコントローラーを使い、撃って得点を競うゲームである。ただ…一人でやるようなゲームでもないので雨月は今まで全く見向きもしなかった。

 ヨキは物珍しそうに機械を見ている。

「俺もやったことないよ?」

 雨月は躊躇った、プレイしたことも無ければ触ったこともないのだ。

「大丈夫、俺もやったことないから。一緒にやろう。ゲームなんだし、さ」

 ニヒヒと笑いながらヨキは雨月の手を取って引く、少しやる気はなかったがヨキの誘いを断るわけにはいかなかった。二百円を入れて2人ともコントローラーを持ちながら画面を見た。

「これって…ゾンビ撃てばいいのかな?」

「多分…」

 雨月もヨキも拳銃のコントローラーを画面に向けた、説明画面を見る。簡単に言えば襲い来るゾンビを撃ち、攻撃を食らわないように進んでいくゲームであった。説明画面が消えるとゲームが始める。

 最初は動きが緩いゾンビを撃つだけだが、しばらくするとゾンビの動きが速くなっていく。不慣れ同士でやっていたせいでボスにたどり着く前にライフが攻撃によりゼロにされコンテニュー画面にされた。あまりにも思っていた通りに上手く出来なくて雨月はがっくりと肩を落とした。

「うぅ、強い…」

「強いほうがおもしろいって!!お金入れると続きからできるのかな?」

 そう言ってヨキは百円を入れる、ライフが回復して続きの画面からになった。慣れる速度よりもゾンビに倒されてしまう速度の方が速い。すぐにコンテニュー画面に戻された。二人で悔しがり笑いながらまたゲームを再開する。

「惜しい、あと少しだった」

「うん」

 乗り気ではなかった雨月も気分が乗ってきた。しばらくそれを繰り返して、気が付いたら…ボスを倒し終わっていた。

「やったぁ!」

 こんな大声を出したのはいつ以来だろう。雨月は嬉しそうにヨキに視線を移すとヨキの様子がおかしかった。顔中汗まみれで顔色が悪い。

「ヨキ?」

 拳銃のコントローラーを置いてヨキは座り込んでしまう。

「ヨキ!?」

「あぁ…ごめん。なんか画面酔いしてたみたいで…」

 立つのもやっとの彼の腕を引っ張り、ちょっと歩いたところにあるベンチに座らせた。頭を押さえて気分が悪そうに座っている彼に雨月は背中を摩りながら言う。

「いつから?言ってくれればよかったのに…」

「いや…雨月が楽しそうだったからつい」

「え?」

「嬉しそうに笑ってくれたから、気分転換できたみたいでよかった」

 顔色が悪くひきつった笑顔のヨキに雨月はお礼を言った。

「ありがとう。ヨキ」

 雨月はベンチから立ち上がりヨキに笑顔で言う。

「ちょっと待ってて飲み物買ってくる」


 自販機を見つけると財布から小銭を入れた。ヨキに無理をさせてしまったが、なぜだろう…心がぽかぽかして手まで温かい気がする。ヨキの体調が回復したらお礼にお昼でも、と思いながら自販機の商品に視線を移した。

 水を買おうとしてボタンを押そうとした瞬間に背筋が凍り付いてしまう。

 ぞくりと、冷たい感覚。これは…あの時と同じだった。

「よう、今日は逃がさねぇよ」

 この声…忘れるはずもない、昨日襲ってきた男の声だ。心臓が破裂しそうなぐらい大きな心拍を繰り返しているはずなのに呼吸は止まったままで視界がクラクラしてきた。震えで口が動かず閉じたままである。

「一緒に来てもらおうか」

 男の手が雨月の肩に掛かる瞬間に雨月は振り向くことなく男を突き飛ばした。振り返らないまま階段を下り、人ごみを走り抜けヨキの元へと足が向かう。しかし雨月の足が止まった。

(駄目だ!今のヨキは…っ!!)

 雨月は行き先を変えた。向かうはこのゲームセンターの出口だ。今のヨキに助けを求めるなんて何を考えているんだ俺は、と頭の中で呟く。はぁはぁと息を荒らげて人にぶつかりながらも出口に辿り着いた。

「おぉっと、おいおい。ちょっと元気すぎる家畜だな」

 いきなり出口に大柄の男が立ちふさがる。雨月は足を止めて後ろを振り返るがもう遅い。

「兄貴、こいつは俺が見つけたんだ。手出すなよ」

「お前の者は俺の者だろ、愚弟はこれだから困るぜ」

 二人ともフードを被っていて顔はよく見えない。しかし体格に差はあった、兄貴と呼ばれた男は弟と思われる後ろの男よりも背が大きい。

 二人に逃げ道をふさがれた雨月は荒い息をしたまま動けない。逃げ場がなくなった、抵抗出来る術もない。

「さて、騒がれても困るから。ちっと寝てろ、人間」

 兄貴と呼ばれた大柄の男がいきなり雨月の腹部を殴る。今まで受けたこともない痛みに体が動かなくなった。息が出来なくなって、苦しさを覚えた頃には真っ暗になった視界からは何も見えない。体を持ち上げられた感覚を最後に雨月は意識を失った。


 人の悲鳴が聞こえたヨキはすぐに立ち上がり悲鳴の方向を見た、出入り口付近で女性が叫んだ口元抑えながら二人の男に指を指していた。

「何、この人たち!」

 大柄の男が何かを抱えている。一瞬見ただけでわかった、あれは雨月だ。二人はすぐに外に出て行った、それを追うようにヨキは二階の窓に向かい、窓の外を見る。

「あいつらっ」

 二人組は黒いワゴン車に乗り込んだ、そのまま乱暴に走り出しゲームセンターから離れて行った。

 ヨキはスマートフォンを取り出して電話を掛けた。二回目の呼び出し音が鳴る前に相手が出る。

「天野のおっちゃん、結構まずいことになった」

『だろうと思ったよ、何があった』

「今から言う電話番号のスマホの電波とか追える?」

『は?さすがにそれは…』

 天野は断ろうとした言葉を止めた、携帯番号から察したのだろう。

『…わかった、ちょっと調べてみるから番号教えてくれ』

 ヨキは番号を伝えると天野は「少し時間をくれ」と言って電話を切った。

 ヨキはじっとしていられずゲームセンターを飛び出した。粗方、あいつらが行きそう場所はわかる。天野に頼んだことは勘がはずれた時のためだ。当然、あいつらがしていそうなこともわかっていた。

「だから鬼は嫌いなんだ」

 言葉を吐き捨てヨキは走り出した。


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