第七話 “South-Pore”・・・・
このシャトル、セキュリティは欠陥だらけだということが明らかになった。操縦席に直接つながる扉が開いたというのに、パイロット達が気付いていない。
銀行だって職員用の入り口が開けば警報が鳴るのに、だ。
どうなってる?まるで・・・・誰かが来ることを知って・・・・・
僕は頭を振って、余計な考えを追い出した。もう、機長のすぐ後ろにいるんだ。例え罠でももう遅い。
「機長」
なるべく穏やかな声で、と思っていたら、作ったような声になった。葵が変な顔をした。
二人のパイロットがはじかれたように立ち上がった。年老いたほうの―――つまり機長っぽいほうのパイロットは、動揺をまるで隠せていない。
「な、な、何だ、貴様らは!?」
もう一方の若い―――20代後半といったところか―――パイロットはきわめて冷静だった。
「動くな」
すでに拳銃をこちらに向けている彼の目が、微妙な光を宿している。
先ほどの警備員とは違い、明 ら か に こ ち ら を 消 そ う と し て い る ように感じた。
葵は僕の腕にしがみついてくる。僕は、喉から何とか言葉を絞り出した。
「何もしませんよ。ただ、機長にお伺いしたいことが・・・・・」
「ここに入った時点で犯罪なのだ。両手を上げて、壁に向かって・・・・・」
僕の声に言葉をかぶせた、若いパイロットの声に負けないよう、精一杯大きな声を出した。
「P・Pについてお聞きしたいんですが!」
全ての時が止まった。ただ、計器が点滅していること以外、全てが動きを止め、息を殺した。
パイロットは機長を睨みつけたが、機長は気付かず、囁くような声を出す。
「・・・・・P・P・・・・?」
「Purge Planのことです」
機長はようやく“彼”を見た。
「斎藤君、銃を下ろしたまえ。彼とはじっくり話す必要がある」
斎藤は僕を憎々しげに見つめ、ゆっくりと銃を下ろした。すぐ傍の葵が安堵の溜息をつく。
機長は計器に向かい、何やら打ち込んだ。
“自動操縦”
モニターにそう表示されるのを確認してから、機長は僕らについてくるよう合図し、操縦席から出て行った。
彼について廊下を歩くとき、僕と葵は後ろを振り返れなかった。斎藤が、ものすごい形相で睨みつけているのが分かったから・・・・
“小会議室”。そんな名前がしっくりくる部屋で、機長はコーヒーを出してくれた。そして、僕と葵の向かいに座り、切り出した。
「で、君は何処まで知っている?」
「・・・・・名前、最高級の国家機密であること、ルナ・ドームが関係してること。そのくらいですかね?」
「・・・・あら、ホントに知らなかったの?」
「・・・・・そうだよ!」
「・・・・・君、名前は?」
「・・・・・石井 哲」
「・・・・・!」
斎藤がわずかに反応したように思えた。気のせいかもしれない。
「石井君。嘘を言ったところで何にもならん。本当は知っているのだろう?」
「・・・・・機長サン。お名前は?」
「南 孝だ。」
「南さん、俺、本当に知りませんよ?教えていただけませんか?いったい、何をたくらんでるんですか?」
「・・・・・・ダメですよ、機長」
斎藤が横槍を入れた。
「こんなガキに国家機密を漏らす必要はありません」
カチンと来たのでやり返してしまった。
「失礼な奴だな。法律の中でしか動けない若造は引っ込んでろ」
彼は低い、囁くような調子で言った。
「法律さえも守れない、自制のないお子様はママの所に帰りな」
「ふん、腰抜けの分際で知ったような口聞くじゃねぇか」
「なにぃ!?」
「ほら、二人ともやめなさい。斎藤、みっともないぞ」
南さんの言葉で、舌戦はとまったが、いまだに睨みあいは続いていた。
「・・・・・石井君、すまないが、斎藤の言うとおりだ」
「え・・・・・?」
「君のような少年が知るべきことではない」
「ちょ・・・・・」
「ここに忍び込んだことは不問にしてあげよう。おとなしく帰ってくれ」
斎藤の勝ち誇った顔より、さっきの言葉より、機長に目を逸らされたことに腹が立った。僕はいつの間にか立ち上がっていた。
「・・・・・テメェ・・・・・」
「待って」
僕は腕をつかまれた。葵が何かを決心したときの、不安そうな、でも確信に満ちた笑顔を浮かべていた。
「お願いです、彼に話してやってください。南さん、いや・・・・・」
葵が立ち上がった。
「“South-pore”・・・・・・」
彼女の切り札は絶大な効果を発揮した。
南さんは口をあんぐりあけたまま、葵をずっと見つめた。斎藤はさっきよりもさらに鋭い目をしていた。その目が僕と葵を交互に見る。
どうやら、葵をつれてきたのは間違いではなかった。