第六話 やな奴だな
泥棒と、所持者との戦いは、いたちごっこに他ならない。
ハッカーとセキュリティの戦いも同じだ。
まず、無防備な場所から盗られ、壁が築かれる。それを乗り越えて盗る。
さらに壁を強固にする。それも乗り越える。
今度は完全に覆う。しかし、その頃には壁を通り抜ける方法が見つかってしまっている。
そこでようやく防ぐのが困難だと気付く。ようやく、ね。ここからはサイバーポリス(SP)が動く。
簡単に言えば指紋で特定するのと同じだ。それで犯人までたどり着ける。
ただ、指紋は拭けば残らない。ネット上でも、自分の指紋を消すことが出来る奴が続々登場した。
さぁ、大変だ。SPはさらに知恵を絞り、今度は“誰かが触った瞬間に警報が鳴り、指紋を採取できる”セキュリティシステムを作った。
あくまでイメージだけど。
そのセキュリティシステムが導入されてから、国家機密がハッキングされるって事はなくなった。
「俺さ、SPは面白い奴らの集まりだって思うよ」
コンピュータへの指令が完了するのを待ちながら、葵に話しかけた。鍵のかかった部屋にいる限り、何やってても安全だから。“プライバシー”がどうたらこうたら言う連中のおかげだ。
「・・・・何で?あんまり仲良さそうじゃないけど?さっきの行動を見てると」
「だってさ、ハッカーと渡り合おうなんて、不可能に決まってるじゃん。それを仕事にしてるなんて、面白い奴らだよ」
「そういうけどさ、ちょっと前にコンピュータのセキュリティシステムが切り替わってから、ハッキングはなくなったってお父さんが言ってたよ」
「壁をすり抜けられるなら、触らずにして物を盗ることが出来る・・・・・」
葵は首をかしげた。コンピュータが完了したことを知らせた。
「さ、行くぞ」
「・・・・・まさか、また上?」
「まさか、俺ももう懲り懲りだよ」
「じゃあ?」
「堂々と歩く」
「・・・・・は?」
通路ですれ違った乗務員がお辞儀してきた。笑顔でお辞儀を返す。何回目かで葵が口を尖らせた。
「・・・・・最初っからこうすればいいんじゃないの!?」
「違う。俺たちがここにいるから、あいつらは警戒してないんだ」
「・・・・・?」
「ここまで入るのに、何重にもなったセキュリティシステムが動いてる。それを突破するのはまず不可能」
「へぇ」
「もし突破できたとしても、必ず何らかの騒ぎになっているはず」
「まぁ、ねぇ」
「そうなってないってことは、このガキどもは許可を得ている相当なVIP!って考える。だから何も言ってこないんだ」
「ナルホド。でもさ、さすがに操縦席までは入れないよね?」
「さぁね」
「まさか・・・・」
何の変哲もない扉が通路の突き当たりにあった。扉は特別ではないが、そのセキュリティの複雑さと、その中の重要性は群を抜いている。
「こういうのだったら、勝機はあるぜ?」
僕にいわせれば、こんな物、ただの砂山だ。
「ホントにぃ?」
まだ疑うか、この女は!
「・・・・・」
僕は親父から送られてきた設計図を見せてやった。
「へぇ・・・・・この、扉のところに書かれてるのは何?」
「おぉ。目ざといな!・・・・・これこそが我らを部屋に招き入れる、魔法の言葉ですぞ!」
葵が僕を冷たい目で見て言った。
「・・・・・パスワード?」
「おい、雰囲気ってもんがあるだろ!」
「どうでもいいけど早く入ろうよ。外にいたってしょうがないし」
「・・・・・やな奴だな、お前」
「なんか言った?」
「気のせいだろ」
僕が扉の前に立つと、しばらくして目の高さの部分がタッチパネルに切り替わった。
「おぉ!」
葵が歓声を上げた。内心苦笑しつつも、パスワ・・・・じゃなくて、“魔法の言葉”を打ち込んだ。
このシャトルでもっとも強固な守りに固められているであろう扉は、音もなく、そして、いとも簡単に開いた。