第六十五話 このクソヤロウ
“君の手は、それで終わりかね?哲君”
正田は勝ち誇っていた。相変わらず、“正田側”の方々は単純だ。
南も、斉藤も、そして正田も。どいつもこいつも、すぐに勝ったと思い込む。
「・・・・・・・・・あなたに対する手は。これでチェックメイトです」
僕は“あなたに対する”の部分を非常に強めて言った。が、正田はそれに気づかない。
“残念ながら、チェックメイトにはまだ早い!”
「そうですか?まぁ、最後の時間をゆっくりと楽しんでください」
段々とうんざりしてきた僕は、一方的に通信を切った。
振り返ると、一同が怪訝そうにこっちを見ていた。
「・・・・・・・・?」
「あ、忘れてた」
ぽんと手を叩いた詩織が、つかつかと近づいてきて、ほんの半歩ほどの間合いを取って止まる。
「・・・・・・・・何を?」
何の前振りもなく、僕は右の頬をぶん殴られた。一瞬身体が宙に浮くほど強烈に。
「・・・・・・・・!!!」
したたかに背中を打ち、倒れたまましばらく声も出せない。
グイッと胸倉を掴まれ、体を起こされる。
「言ったでしょ?一発ぶん殴るって」
脳震盪を起こしたらしく、視界がぐるぐる回っていた。
「・・・・・・・・・・普通、このタイミングで殴るか・・・・・・・・・・?このクソヤロウ・・・・・・・・・」
「おんなじの喰らいたくなかったら、さっさと全部喋んなさい。なんであんたが今生きてるのか、なんで正田があんなに勝ち誇ってるのか、あんたが何を考えてるのか。全部!」
「それと、今までのこと、一つ一つ説明してもらいましょうか?」
未来が笑顔で怒っていた。正直、それで一気に頭がはっきりしてきた。
「あー・・・・・・・・・最初に・・・・・・・・心配かけたこと、謝っとこうか?」
「死んで償って」
「未来?笑顔で言うと、その台詞、だいぶ強烈だけど?」
詩織が僕の耳元で囁いた。どうやら、妹の逆鱗に触れてしまった僕に、救いの手を差しのべる気になったらしい。
「さっさと話し始めた方が良いよ。未来、怒ると怖いから」
そして、僕の手を引っ張って立たせてくれる。“既に怒ってるんだけど”という言葉を飲み込み、僕と“Odin”の賭けを説明した。成功と失敗の割合が五分五分だったことも。
「・・・・・・・・と、言うわけで、何とか生還したって訳」
僕が話し終わるか終わらないかというタイミングで、未来が冷たく言った。
「じゃあ次。正田が勝ち誇ってる訳」
僕はムッとしたが、詩織が無言で首を振っていて、反論はやめた方がいいと思った。それで、すぐに話し始めることになる。
「・・・・・・・・正田は、盤上に残ってる駒を発見したんだ。チェスで言うところの“クイーン”・・・・・・・・“大統領”って駒を」
そう、正田は彼と組むつもりなのだ。
僕達を止めるのは簡単だ。地球に帰るシャトルを、途中で落とせばいい。
僕がここまで説明すると、翔が不思議そうに口を挟んだ。
「でもさ、それなら、大統領なんかと組まないで、自分らの軍隊に命令すればいいじゃないか。昔みたいに、ミサイルがないわけじゃないんだからさ」
「・・・・・・・・・正田が、恐れた人物が3人いる。一人は“ルナドーム設計者”石井 一」
未来と詩織がぴくりと動いた。が、僕は無視した。
「もう一人は、こちらにいる、日向 政史氏」
日向は押し黙っていた。案の定、知っていたらしい。
「そして、もう一人は、三浦 和輝だ。お前の親父だよ、翔。彼が軍を統制している限り、正田が俺達を落とすことは出来ない」
「親父が!?」
「あれだけ正義感の強いお偉いさんも珍しい。間違ったことだと思ったら梃子でも動かない、なんてな」
“Odin”は興味深げな声だった。僕は思わず、ぼそりと呟いた。
「それを息子も受け継いじゃって、めんどくさいったらありゃしない」
「哲、なんか言ったか?」
翔は実際聞こえなかったらしい。
「・・・・・・・・・なんでもねぇ。とにかく、勝ち誇っているのは、俺達に対する手を見つけたからだ。敵国の軍隊に撃墜させるなんていう、無茶な策ではあるけどな。で?次なんだっけ?」
「哲が何考えてるか」
「・・・・・・・・・そいつは、お国に帰ってから心配しようや」
そんなことを説明しだしたら、僕達は地球に帰れなくなってしまう。
僕は部屋の照明を落とし、壁にシャトルの映像を写し出した。
「こんなんしかないからさ、生きて帰れるかどうか・・・・・・・・・」
僕が映し出したのは、緊急時の救命シャトルだった。本来なら、別のシャトルが救出に来るまで宇宙空間を漂っているためだけのものだが、スペック上では一応、大気圏の突入も可能ということになっている。
「ゲゲッ!そんなんで帰れんの?」
「うるさいなぁ、他にないんだよ!」
皆が心配そうな顔でシャトルの写真を見上げている。
“あらら・・・・・・・・・ま、信用しろとはいえないし・・・・・・・・・”
ふと“Odin”を見ると、彼はいつものように笑った。本当に楽しそうに。彼の目はこう言っていた。
“大丈夫だよ、相棒。今まで俺らは勝ってきただろ?”
だからこそ、心配なんだろうが。人間勝ち続けるのは不可能だ。
僕達の“賭け”は終わってくれない。
ところで、その頃、大統領はシェルターの中にいた。