第六十四話 それだけです
完全なる敗北を喫した南には、もはや選択権などなかった。
彼はモニターを起動させ、地球との通信を始める。
程なく、正田の顔が画面に映る。
“・・・・・・・・“Loki”か?”
「はい。石井 哲です」
正田は深々とため息をついた。
“全く、余計なことをしたものだな。大人しくしていれば、気づかないうちに蒸発していたのに・・・・・・・・・”
「・・・・・・・・・残念だが、まだ死ぬときじゃないんでね」
“それで“Loki”、どうするつもりかね?”
正田は皮肉っぽく言う。
“私を殺しても、貴様らが犯罪者となるだけだ。国民は総理大臣が殺されたことを知るだけで、私の計略のことは何も知らない”
「・・・・・・・・・」
正田が笑う。
“貴様らが命を助けた馬鹿どもは、どんな態度を示してくれるだろうな?”
「・・・・・・・・・なめんなよ、正田」
“Odin”だった。
「俺達がヒーロー願望に取り付かれて、あんたらを止めたと思ってるのか??」
“そうでなかったらなんなのだね?ヒーロー気取りであったことぐらい認めたらどうだね?”
「正田サン。俺達はヒーローって柄じゃないですよ」
僕は愛想良く笑った。
「ただ、黙って死ぬ気はなかった。それだけです」
正田と僕の視線が一瞬絡まり、彼からの憎悪がどっと送られてきた。
「それで・・・・・・・・どうするか、でしたよね?」
正田は黙っていた。
「俺達はあなたを殺すことはしません。そんなことに意味はありませんからね」
“それで?”
「これ、なんだか分かりますか?」
僕は黒いメモリーを見せた。
これこそが、正田を破滅させる、僕の切り札だ。
「何だそれは?」
それまで黙っていた日向が、この時ばかりは口を開いた。
「・・・・・・・・・この計略がどんなもので、どんな戦いがあったのかが詳しく書いてあります。書いてないのは、俺達の実名ぐらいです。全てが書かれているといっても大丈夫な資料です」
正田が青ざめる。これは、正田を社会的に抹殺できる代物なのだ。
“・・・・・・・・・それをマスコミに公表するというのか・・・・・・・・!?”
「そうです。これであなたは終わりだ」
正田はどさっと背もたれに寄りかかった。
うつむいた顔に影が入り、表情は全く読めない。
しかし、彼は唐突に笑い始めた。
“クックック・・・・・・・・!!!”
「おい、おっさん!何がおかしい!!」
“Odin”がすごんでも、笑いは止まらない。
“ウワッハッハッハ!!!”
僕らが見つめる中、敗北したはずの男は笑い続けていた。
その様子は、不気味以外の何物でもない。
「狂ったのか・・・・・・・・!?」
隼は心配そうに画面に映った男を見上げている。
違う。
正田は狂ってなどはいない。
彼は切り札を見つけたと思っている。
僕の“メモリー”という切り札を打ち砕く切り札を。
男は笑い続けている。