第六十二話 またお会いしましたね
ここ最近は、かなり面白いことが多かった。
それでも、今の南の顔は一、二を争う面白さだ。
彼はよろよろと後ずさる。
「・・・・・・・・・!?石井 哲・・・・・・・・・!?」
「またお会いしましたね、南サン」
幽霊を見たかのような顔の南に、僕は穏やかに言った。
「ちなみに、俺は幻ではありませんよ」
「何故だ!?お前は“Panikhida”の中に・・・・・・・・・」
「あのガスにも、弱点があるってだけですよ。そして、俺と“Odin”の運も良かった」
「・・・・・・・・・・・・・」
南は有能な人物だ。この短い間に、落ち着きを取り戻しつつある。“Odin”も生き残ったことを知らされても、余計なことを言わないように自分を押しとどめている。
「あれの弱点は二つ。空気中では一時間しか持たないことと、 死 ん だ 人 間 に は 何 の 作 用 も な い っ て こ と で す 」
彼がじりじりと動き出したのには最初から気づいていた。でも、僕は話し続けた。
「この二つを結びつければ、どうすればいいのかは見えてきます。俺達は、 ガ ス が 存 在 す る 一 時 間 の 間 だ け 、 死 ね ば 良 か っ た ん で す」
何かを狙っている南も、この言葉には関心を持ったようだ。
「なんだと?」
「この薬を使いました」
僕は胸ポケットから、黒と白のカプセルを取り出した。これは、人を仮死状態に陥らせる薬。いや、その表現は間違っているかもしれない。
人を限りなく死に近付ける薬だ。
“Tarsier”は“戻ってこれない可能性”を危惧していた。
実際、俺も“Odin”も“逝き”かけた。
「・・・・・・・・・・一時間半、呼吸、鼓動、思考を停止させ、生き残れた、というわけですよ」
「必殺の、死んだ振り作戦、というわけだな」
南は急に皮肉っぽい調子を取り戻した。僕は再び笑いをこらえなくてはならなかった。あまりにも見え見えだ。
「そう、ですね。ところで、俺が言った“安心しろ”って意味、分かりました?」
「いや、全然だ。哲君」
今や彼は勝った気でいた。思い切りこちらを見下している。
「あんたらの計画は完全に潰れたんですよ。今回、人間に向けて発射されたミサイルは一発もありません」
「・・・・・・・・・・なるほど」
悪い癖だと思う。南はいつも、“チェック”と“チェックメイト”が別であることを忘れるのだ。
その上、盤面に自分の駒が多く見えたというだけで、自分が優位だと思っている。
彼がかけた“チェック”は、自分の部下を呼び出すことだった。
僕にとって見れば、それは予想通りの手だった。
どうでも良いかもしれないが、この長々しい化かしあいの勝負も、そろそろ“詰み”だ。
僕は笑顔を見せた。
「この勝負、俺の勝ちです。南サン」
南はそれを嘲笑った。
「どうかな?」
その瞬間、この部屋のドアが蹴破られ、武装した男どもが乱入してきたのだった。